第16話
「半分、人間?」
目を丸くしてオウム返しをしたエマに、ルカは伏し目がちにうなずいた。
「私の父は魔族だが、母は人間だ。私には、人間の血が半分流れている」
「……変身魔法とかではなく」
「そんな変身魔法があれば、今ごろ人間側には魔族の間者が大勢いるだろうな」
「それもそうね」
エマはうなずきつつ、内心はかなり驚いていた。初めて対峙したときのルカは、相当人間を警戒しているように感じたからだ。
純粋に人間と敵対してきた魔族だから、人間というものを信用できないのかと思っていた。しかし人間の血が流れているのなら、人間を警戒するのにはまた違った理由があるのかもしれない。
ルカは日常会話と同じように、淡々と話を続ける。
「私の母親は、魔族に生贄に捧げられた女性だったそうだ」
「生贄?」
「ああ。昔は珍しくもない風習だったんだが、魔族に若い女性を献上する代わりに、魔族は人間の村を襲わず、人も魔族を襲わないという契約が交わされていたらしい」
エマもおとぎ話程度に聞いたことはあるが、現実の話だとは知らなかった。ルカが生まれたころということは300年ほど前のはずだが、それだけ前なら現実とおとぎ話の区別がついていなくてもおかしくはないかもしれない。
「その契約って、魔族に利点はあるの?」
「魔族も人間に襲われないというのは大きかったかもしれないな。人間は一人一人の力は大したことはないが、束になると人数以上の力を発揮することがある」
そう言って、ルカは切断された腕をさすった。傷口の痛々しさを思い出し、エマは表情を歪める。
無意識の行動だったのだろう。ルカはエマの表情を見て、さすっていた手を下ろした。
「通常、生贄はすぐに魔族に食われていたらしいが、父は母を殺さなかった。後から理由を知ったが、当時魔族の中で、“混血種は純血種よりも強い”と噂になっていたらしい」
「お互いの強みを受け継ぐからってこと?」
「そうだ。魔族の強い肉体と強い魔力、そして人間の高い知能を合わせ持った個体が生まれてくることを期待した。魔族が知的能力を有すると言っても、人間ほどの創意工夫はできないからな」
研究に携わるエマにとって、異なる種を交配させるというのは珍しくもないことだ。動物で行ったことはないが、植物では何度か実験を行ったことがある。
両種の強みを持つ一方、弱点も受け継いでしまう。それに思うような効果が発現しないこともある。
「今はあまり魔族と人の交配は見られないわよね。期待通りにはいかなかったから?」
「いや、期待通りではあった。混血種は魔族と同じく丈夫な体と高い魔力を持ち、人間のように深く物事を考えることに長けた。私は他の魔族より多くの魔法が使えるが、それは人間と同じように、新たな魔法を習得する努力ができたからだと思う。見た目を人間同様に変える力もあり、結果は期待以上だったと言ってもいい」
そういえば前に、魔族は新しい魔法の研究は行わないと言っていた。人間であるエマには実感しにくいが、探求というのは人間特有の行動なのかもしれない。
しかし、期待以上の個体が生まれたなら、どうして交配が行われなくなったのか。エマにはなんとなく見当がついていた。
「期待以上の成果は得られたけど、無視できない弱点もあった?」
ルカは淡々とした態度のままうなずいた。
「多くの混血種が、繁殖能力を持たなかったんだ。強い個体が生まれたところで、引き継げなければ意味がない。魔族は力が全てだからな」
「なるほどね……」
エマも祖母から聞いたことがあった。異なる種から生まれた者は子を残せないと。
理由は明らかではないが、魔族と人間の混血に限った話ではなかった。
「他にも、これは肉体的な問題ではないが……。弱点が明らかになってから、多くの魔族は混血種から興味を失い、混血種は魔族として扱われなくなった。人の姿で人里で生活していた者もいたが、半分魔族であることがばれて殺された。今や混血種は、片手の指で数えられる程度しか生きていない。私の出生については、こんなところだな」
終始、ルカは淡々と、感情の起伏なく話した。少し他人行儀なくらいに。
内心ではどんな気持ちなのだろうとエマは思った。きっとルカも混血であるが故の苦労をしてきたに違いない。
積極的に話したいことではなかったと思う。それにエマは、気の利いた言葉を何一つ返せなかった。話してくれたルカに、不快な思いをさせてしまったかもしれない。
どちらかというと、エマは実験をする側の人間だ。実験の目的や結果の方に興味を持ってしまう。
それによって作られたもののことを、今まであまり考えてはこなかった。
エマがかける言葉に迷っていると、ルカは申し訳なさそうに眉を下げた。
「こんな話をされても困ってしまうな。すまない」
「あ、いや、そうじゃないんだけど……。ごめんなさい。気の利いた事なにも言えなくて」
エマの落ち込んだ様子に、ルカはゆっくりと首を左右に振った。
「急にこんな話をされて、戸惑うのは当たり前だ。それに私の中ではもうかたが付いた問題だ。気を遣わなくてもいい。今では混血も悪くないと思っているしな。見た目を人間に変える能力も、それなりに重宝している」
「そうなの?まあ確かに助かったけど」
「そうだろう?」
ルカは少し自慢げに笑った。
「この姿で人間の街に出入りしていたこともあるんだぞ。魔力探知が開発されてからは出入りできなくなってしまったが」
「そっか、人間にばれずに敵情視察が……。魔力探知ってなに?」
「魔力の波長から個人を特定する技術だ。姿だけ変えても、波長で魔族だとばれてしまう。これもカトリーヌが開発したものだが、全く忌々しい……」
ルカが拗ねた子供のようにむくれる。その表情が珍しくて、エマは思わず笑いだしてしまった。
ルカは少し驚いたが、すぐにその顔は微笑みに変わった。
「良かった。笑ってくれて」
「あ……」
エマは気の利いたことを言えなかったことを引きずっていたのだが、それがどうやら、ルカに気を遣わせてしまったらしい。
祖母に似て人間性が乏しいと言われてきたエマには、こういうとき、何と言葉を返すべきかわからなかった。
気を遣わせたことを謝るべきか、感謝するべきか。
そんなことを考えていると、不意にルカがエマに向かって手を伸ばした。
その手はエマの頬に触れ、宝物のように優しく撫でられる。
驚いたエマがルカと目を合わせると、ルカは少し頬を紅く染めて目を細めた。
「……エマは笑った顔が一番可愛いな」
「かわっ……はぁ!?」
褒められ慣れていないエマは、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
その上顔に関しては、どちらかというと悪口を言われた記憶の方が多い。目つきが悪い、鼻が小さい、眼鏡が古臭い……。眼鏡は顔の一部ではないのだが。
ルカは満足したように笑い、エマから手を離した。
「そういえば食事ができていたな。温め直してくる」
そう言ってルカは立ち上がり、台所へ向かっていった。
エマは、先ほどまでルカが触れていた頬を触る。そこは風邪でも引いたかのように熱を持っていた。
いつもより早い鼓動の音を聞きながら、エマは気を落ち着かせる薬草を取りに薬棚に向かった。




