第14話
エマの祖母、カトリーヌは“変わり者”で有名な人だった。
決していい意味ではない。「薬師の腕は確かだが、人間性は母親の腹の中に忘れてきた」というのがもっぱらの評価だった。
カトリーヌは「女性は家庭で夫を支えるもの」というのが当たり前の時代に、一人都会へ働きに出ていた。
実家に戻り、結婚したのが三十過ぎ。その後子供が生まれたが、育児は夫に任せきりで、自分は薬師の仕事と研究に明け暮れた。
娘が冒険者になると言って家を出た時、村人たちが集まって見送りをする中に、カトリーヌの姿はなかった。
その娘が遺体で帰ってきたときも、涙一つ流さなかった。
夫を事故で亡くしたときもそうだった。心が枯れているんだと村人たちは批判した。
自分が危篤になったときですら、孫に「看取る暇があったら仕事しな」と言ったくらいだ。カトリーヌにとって、情緒や礼儀というものはさほど重要ではなかったのかもしれない。
そんな祖母に、エマはとても懐いていた。祖母は薬のことになると饒舌になり、何でも教えてくれる人だった。エマは祖母が心無い人だと思ったことはなかった。
エマにとって祖母は、なんでも教えてくれるおばあちゃんだった。
エマが薬に興味を持ったとき、祖母はその利便性と危険性を、幼いエマにもわかりやすく伝えてくれた。決して優しい物言いではなかったが、ちゃんと幼い子供が理解しやすい言葉を選んでいたと思う。
祖母はやりたいことをさせてくれる人だった。エマが薬師になりたいといったとき、祖母は厳しさを説きつつ助手にしてくれた。
エマの母が冒険者になると決めたときも、母が幼いエマを残して家を出ることに反対しなかった。母の代わりにエマを育てることも了承した。
祖母は、祖父には頭が上がらない人だった。村人と口論になっても、祖父が間に入ると大人しくなった。食事のときには、祖父に「いつもありがとう」と言っていた。
母が遺体で帰ってきたとき、確かに祖母は泣かなかった。けれど村人が去った後、少し寂しい笑顔で「おかえり。お疲れ様」と声を掛けていたのを、エマはよく覚えている。
村人に対しても態度こそ友好的でなかったが、処方する薬は的確で、皆すぐに回復した。だからこそ憎まれ口を叩かれながらも、この村でやっていくことができたのだろう。
祖母の態度の悪さについて、祖父の意見を尋ねたことがある。祖父は「優しい人だよ。少し不器用なだけさ。それに、ご近所付き合いは僕の役目だ」と言っていた。祖父は祖母をとても愛していた。
祖父が亡くなったとき、エマの目から見て祖母は落ち込んでいた。考えないように、あえて研究に没頭していたように思う。
祖母は亡くなる数日前、珍しくエマを枕元に呼んだ。
「研究してる薬がね、まだ完成してないんだよ」
エマは祖母が長い間、同じ薬について研究していることを知っていた。きっとその薬のことだろうと思った。
「引き継げってこと?」
「いいや。研究資料を燃やしてほしい」
エマは驚いて祖母を見た。祖母はまっすぐに天井を見上げていた。
「あれは世の理を壊す薬だ。完成しない方がいいんだよ」
「じゃあなんで作ろうとしたの?」
祖母は眉間にしわを寄せた。
「こんなあたしにもね、後悔があるんだよ。贖罪の気持ちだってね」
エマは、祖母は「割り切る」ことが得意だと思っていた。その祖母が後悔するなど、よほどのことだと思う。
エマはそれ以上のことは聞かずうなずいた。
「わかった。どの資料?」
「今あたしの机に乗ってるやつ全部だ。中身を見るんじゃないよ。あんたが見たら完成させそうだ」
「…………わかった」
「なんだいその間は。あたしが死んだ後でも、見たら化けて出るからね」
「わかった、わかったから」
エマは言いつけ通り、中身を見ずに全て暖炉に放り込んだ。本音では見たくてたまらなかったが、師と仰ぐ人の言いつけには素直に従った方がいい。
人を即死させるほどの危険な薬を平気で調合するような祖母が、「世の理を壊す」とまで言う薬とは一体何だったのか。祖母が研究していた机を見ても、使用したと思われる材料はありふれたものばかりだった。
祖母が亡くなり、エマは研究の正体を知る術を失った。エマは忘れようと思いながらも、頭の片隅でその薬のことが気になっていた。
そして今、その薬が何だったのか、エマには想像がついている。
祖母の机に残された研究材料と、投薬されたネズミの死骸から読み取れる結果。
祖母が長い時をかけて研究し、完成することなく葬ったその薬の正体は……。
死した肉体を再生させる薬だった。




