表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。  作者: わしお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/36

第13話

「……エマは本当に何も知らないのだな」


午後になり、エマは早速ルカから魔族や魔法について教わることになった。

その前にどこまで知識があるのか確認したいと、エマが知っていることを話した。魔族は知的能力を持つ魔物であること、人間と魔族は150年近く争っていること、そして魔法は「なんか色々できるすごいもの」。


それを聞いてルカが放ったのが、冒頭の言葉だ。


エマは返す言葉もなく、テーブルの上に項垂れた。


「本当にそれくらい情報が入ってこないんだって……。冒険者になるって村を出た人も、大半は戦いを知らずに「なんかかっこいいから」くらいの理由で冒険に出てるから」

「都会への憧れか」

「そんな感じ」


この平和な辺境の村に住んでいると、本当に争いが続いているのかさえ疑いたくなる。

戦争を実感する時といえば、冒険に出た人が遺体で帰ってくるときだけだった。


少しむくれているエマの様子に、ルカは小さく笑った。


「平和なのは、悪いことではないがな」


エマはなんだか馬鹿にされている気がして、ふてくされるように口をすぼめた。


「順を追って説明しよう」


そう言ってルカが手を振ると、空中に光る糸のようなものが現れた。

その糸は形を変え、角が生えた棒人間と普通の棒人間が、何もないところに描かれた。


エマはその不思議な光景に目を輝かせた。


「何これ、すごい!」

「これも魔法だ。多少は魔力が回復したから、この程度のことはできる」


この程度、ということは簡単な魔法なのだろう。それでもエマには驚きの光景で、エマは子供のようにはしゃいだ。

エマは声を弾ませながらルカを見る。


「これ、どうやって光ってるの?触っても大丈夫?」


そう言って、エマは光る絵に手を伸ばした。


塵芥(ちりあくた)に光が反射しているだけだ。触っても問題ないが、汚いぞ」

「……やめとく」


エマはそっと手を下ろした。まさかこんなにきれいなものがゴミからできているとは。

あからさまに落ち込んだエマの様子に、ルカは顔を覆って笑いを堪えた。


気を取り直して、ルカは光る埃の絵を動かして説明を始めた。


「まずは戦争前の魔族と人との関わりについてだな。魔族の成り立ちについては不明点が多いが、記録によると2000年以上昔から存在し、人間とは小さな小競り合いを続けていたそうだ。ちなみに魔物は一万年前から存在している」

「そんな前からいるんだ」

「ああ。その魔物の一部が進化したものが魔族、姿をほとんど変えずに今に至るものが魔物だと、魔族界では考えられている」

「へぇ……」


ルカは当たり前のように魔族の成り立ちを説明しているが、エマは人の成り立ちなど知らない。エマが田舎者だから知らないだけで、都会に生まれたら教わるのだろうか。


この村では字の読み書きもできない者が多い。エマは祖母から習ったが、それはとても特殊なことだ。

ルカが魔族の中で高位の存在なのか、もしくは魔族の方が教育が行き届いているのか。気にはなるが、それはまたの機会に聞くことにした。


ルカは話を続ける。


「人間と魔族の関係が巨大な戦争にまで発展したのは150年ほど前。人間にとっては結構な年数だと思うが、数百年の時を生きる魔族にとってはつい最近の話だ」

「そんなに長生きするんだ。ルカは何歳なの?」

「300くらいか……?正確に数えたことはない」


300歳というのは、エマにとってはあまり想像ができない年数だった。長生きしたと言われた祖母ですら70歳で亡くなったのだ。少し数字が大きすぎる。

正直なところ、エマはルカが魔族であるという認識が薄かった。今ようやく種族の違いを実感した気がする。


「続けていいか?」


ルカが少し不満そうに眉根を寄せた。脱線してばかりで全然話が進んでいない。エマは申し訳ない気持ちでうなずいた。

ルカはまた光る絵を動かし始める。


「戦争のきっかけは、後に魔王と呼ばれる魔族が人間の集落を壊滅させたことだった。当時は魔道具の材料となることから、有角種の角が乱獲されていた。魔力を溜める性質が魔道具に向いていたんだろう」


有角種というのはルカが属する種だ。エマの視線がルカの頭に移る。


「ルカの角は……?」

「私は取られていない。取られていたら、魔国からここに転移できるほどの魔力は溜まらなかっただろうな」

「そっか」


エマは少しほっとした。が、また話を反らしてしまったことに気付き、恐る恐るルカの顔を見る。

エマの予想に反し、ルカは微笑んでいた。


「心配してくれたのか?」

「そりゃ、まあ……」


ルカの柔らかい視線がくすぐったく、エマはルカから目を逸らした。ルカも視線を光る絵に戻す。


「乱獲に怒った魔王は、狩人の拠点となっていた集落を壊滅させた。それだけでは怒りは収まらず、魔王は人間全員に牙を剥いた。……もしかしたら乱獲はきっかけにすぎず、それまでにも鬱憤が溜まっていたのかもしれないな」


そう言ったルカの横顔は、どこか遠くを見ているようだった。まるで当時の記憶を思い出しているかのように。


実際に見ていてもおかしくはない。ルカは有角種で、当時既に生まれているのだから。

けれど、なんだかそれだけではない気がした。


「ルカは魔王と知り合いなの?」


エマの問いに、ルカのこめかみがぴくりと動いた。その目は少し焦っているようにも見える。


「……知ってはいる」


少し間をおいて、ルカから帰ってきたのは微妙な返事だった。

はっきりと知り合いと言わなかったということは、それほど親しくはないのだろうか。しかしそれにしては不思議な間だった気もして、エマは首を傾げた。


けれどルカの表情を見る限り、あまり触れない方がいいような気がして、エマはそれ以上詮索しなかった。

ルカは誤魔化すように話を続ける。


「最初、戦況は魔族が圧倒的有利だった。人間には魔法が使えるものが少なかったからだ。しかし人間は魔法、武器、防具、あらゆるものの研究を重ね、魔族に対抗する術を身に着けていった。決定的に戦況が変わったのは約40年前、治癒魔法が開発されたときだった」

「魔族だけを殺す魔法の研究中に、偶然発見されたんだっけ?」


エマの問いに、ルカがゆっくりうなずいた。


「治癒魔法が一般化したことで、人間側の致死率が圧倒的に下がった。何せ致命傷でも一瞬で癒してしまう。誇張ではなく、即死以外はかすり傷になったのだ」

「すご……」


エマにとって治癒魔法とは、薬に取って代わった治療法という認識でしかなかった。まさか致命傷を一瞬で治せるほどの力だとは。


「魔族の勢いは一気に衰え、戦況は覆った。それから徐々に魔族は数を減らし、今では人間が優位に立っている」

「そうなの?」


エマはてっきり、戦況は拮抗していると思っていた。辺境の村だから、情報が遅れて届いているのだろう。

ルカは「ああ」とうなずいた。


「治癒魔法がなければ、今でも魔族が優位だったかもしれない」

「一つの魔法がそんなに戦況に影響するなんて……」

「しかも治癒魔法は、天才研究者が一人で開発したものだ。カトリーヌさえいなければ……」

「カトリーヌ?」


エマは思わず素っ頓狂な声を上げた。ルカが驚いたようにエマを見る。


「知っているのか?」

「おばあちゃ……祖母と同じ名前」


エマの祖母は都会で暮らしていたことがある。40年前ならまだ都会にいたはずだ。

都会で何をしていたのかは教えないまま亡くなったが、魔族を殺す魔法を研究していたのなら、魔族と対峙したことがあってもおかしくはない。


ルカはその「カトリーヌ」にいい思い出がないのだろう。眉間に深いしわを寄せた。


「エマのご祖母様が……?」

「わかんない。たまたま同じ名前なだけかも。カトリーヌって結構一般的な名前だし。治癒魔法が使えるなら、こんな田舎で薬師をする理由はない気がする」


祖母の経歴については、エマにもわからないことが多い。つい最近祖母の研究資料を漁ったが、魔法に関するものは何もなかった。


祖母が治癒魔法の開発者なのか、偶然名前が同じだけなのか。


考えても仕方がないと思いながらも、エマの心に小さな棘のような違和感が残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ