表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。  作者: わしお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/36

第12話

朝の日差しが、部屋にやわらかく差し込む。久しぶりのベッドは心地よく、身体が布に沈んでいくようだった。が、このままでは昼になってしまうと自分に言い聞かせ、エマは重い瞼を無理やり開けた。


少し離れたところにある、かつて祖母が使っていたベッドに目を向けると、既に起床したルカが髪を整えていた。


ルカが階段の上り下りができるまでに回復したため、二階で寝起きしてもらうことになったのだ。一階のベッドは治療のためのもので、寝起きするには少々硬い。

エマもいつまでも床で眠っていてはいずれ体を壊してしまうので、二階に来れるのはエマにとっても喜ばしいことだった。


エマは半分寝ている頭で、ルカの様子を目で追った。もう起きてからしばらく経っているのだろうか。眠そうな様子はなく、てきぱきと体を動かしている。

エマは魔族といえば夜に動くものだと、なんとなく思い込んでいた。しかしルカが夜に就寝するところを見る限り、勘違いなのかもしれない。もしくは種族によるのかもしれない。


エマの視線に気づいたのか、ルカはエマの方を振り返った。


「おはよう。起こしてしまったか?」

「……おはよ。もう起きなきゃいけないから、大丈夫」


視力の悪いエマには、ルカの表情が全くわからない。表情どころか顔のパーツがどこにあるかすらわからないが、ルカの声音からすると、微笑んでいるように感じた。


魔族と人は争っているはずなのに、ルカはエマに随分と優しい気がする。最初は警戒心を剥き出しにしていたというのに、どういう心境の変化だろうか。


エマはベッドから起き上がり、ベッド横のテーブルから眼鏡を手に取る。良好な視界でルカを見ると、やはり穏やかに微笑んでいた。


「……朝強いのね」

「人間より短い睡眠で回復できるだけだ。夜の方が強い」

「魔族って夜行性?」

「基本的にはな」


どうやら勘違いではなく夜行性らしい。しかし“基本的には”ということは、ルカは違うのかもしれない。


エマは眠気が冷めないまま、ベッドから立ち上がった。

そのまま歩き出そうとしたとき、踏み出そうとした足が反対の足に引っかかってしまった。


「うわっ!」


身体が前のめりに傾く。倒れると思い目をつぶった。


しかし床にぶつかることは無く、エマは腰をしっかりと支えられた。

触れたところから伝わる温もりに、エマは一瞬息をのむ。顔を上げると、ルカが心配そうにエマを見ていた。


「大丈夫か?」

「あ、ありがと。ごめん、大丈夫」


エマがしっかりと床を踏んだのを確認して、ルカはそっと身を離した。

ルカの腕は思いのほか逞しかった。一見細く見えるが、魔族は人より力が強いのだろうか。


二人で一階に降り、朝食をとる。決して質の良くない乾いたパンと、薬草のスープを飲みながら、エマは今後のことを考えていた。


もしかしたらルカは、既に治療がいらない段階まで回復しているのかもしれない。完治はしていないが、残っている傷はそもそも完治しないかもしれないのだ。少なくとも、失った腕は戻らない。


けれど、エマは諦めたくないと思っていた。


エマは今まで、自分の好奇心のままに研究をしてきた。誰かのために新しい薬を開発しようと思ったことなど、一度もなかった。

村人から寄せられる相談の多くは、祖母から習った薬で対応できた。さらに効くようにできないかと改良を加えたことはあるが、それも村人のためではなく、自分が気になったからだ。


今エマは、ルカの傷を元通りに治したいと思っている。腕も視力も、角も魔力も元通りになったルカを見てみたい。

それはエマにとって未知の感覚だった。なぜこんなにもルカのことが気になるのか。


「エマ、大丈夫か?」

「え?」


ルカの声で、エマは我に返った。手元を見ると、食事が全然減っていない。どうやら考え事に夢中になりすぎたようだ。


「ごめん、考え事してた」


そう言って、エマは誤魔化すようにスープを口にする。温かかったはずのスープはすっかり冷めていた。


「……私に解決できることはあるか?」


ルカが真剣なまなざしでエマを見た。


「エマは仕事で私を癒したのだろう?だが、私には返せるものがない」

「あー……」


言われてみれば確かに、治療に対価を払うのは当然のことである。

エマは打算でルカを拾ったわけではないし、見返りを求めてもいないが、本来は対価を求めてしかるべきだろう。ルカが言ったように、エマは仕事で薬師をしている。

困ったときはお互い様だとは思うが、返したいというルカの思いを断る理由もない。


いつもは現物がないなら労働で返してもらうのだが、残念ながら今すぐルカに頼みたいことは特にない。先ほど考えていた薬のことも、ルカを必要とするのは実際に使うときだけだ。


試作品ができるまで頼めることがないというのも、ルカを落ち込ませてしまうかもしれない。本当はエマが苦手な家事を頼みたいが、片腕では難しいだろう。

他にルカに頼めることと言えば……。


「じゃあ……魔族と魔法について教えて」


エマは己の好奇心を満たすことにした。ルカに出会ってから、魔族と魔法のことが知りたくて仕方がない。

それに魔族のことを知れば、ルカの傷を完治させる方法を思いつくかもしれない。


エマの頼みに、ルカはすぐにうなずいた。


「それくらいならいつでも話そう」

「ありがと。それと……」


エマは少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「薬の実験台になってくれない?まだ試作品すらできてないんだけど、作りたい薬があるの」


エマの笑顔のせいか、または実験台という言葉のせいか、ルカは少し驚いたような顔をした。


エマが作りたい薬というのは、つい先ほど考えていた、ルカを完治させるための薬だ。意地の悪い笑みを作ったのは、ルカに「ルカのため」と思わせないためだった。


目的を伝えてしまうと、ルカは治療と捉えてまた対価を払おうとするかもしれない。ルカを完治させたいというのはエマのわがままだ。ルカに何かを支払わせるつもりはない。


ルカは少し間をおいて、つぶやくように言った。


「それは、もうしばらくここにいても良いということか?」

「え?うん」


エマは当然のようにうなずいた。ルカの頬が、ほんの少し赤く染まる。

ルカの考えがわからず、エマは首をかしげる。ルカは柔らかい笑みを浮かべてエマを見た。


「わかった。待っている」


その笑顔があまりにもきれいで、美醜に興味がないと思っていたエマも思わず見とれた。

この顔を何度も見ると思うと、少しだけ胸がくすぐったい。だがそれも悪くないと、エマは思えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ