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さよならアルペジオ

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/14





疲れた……。


地下の駐車場に停めた車に乗り込んで、重いドアを閉めると目を閉じた。

ここのところ毎日これを繰り返している気がする。


しばらくここで眠ろうか……。


これも毎日考えるが、「やっぱり帰ろう」という選択をしてエンジンをかける。

そして明日も同じように疲れた身体を引き摺ったまま、またここにやって来る。


上着を脱いで助手席に置くとサイドブレーキを外し、ギアをドライブに入れる。

ゆっくりと車は滑り出す。


カーナビに表示された時間は既にテッペンを回っていた。


大統領の様に働き、王様の様に遊ぶ。

なんて言葉が流行った事があったが、アレは嘘だ。

大統領の様に働く……。

大統領なんかより俺の方がずっと忙しい。

大統領が一体どれだけの仕事をしてるって言うんだよ……。

俺くらい働いていると、王様の様に遊ぶ時間も無い。


おかげでこのメルセデスも今年の頭に乗り換えた。


何でも金で手に入る。

人より少し稼いでいる奴はみんなそう思ってしまう。

高級マンションに住み、外車に乗って、仕事の出来る男と称され、美味い飯と酒、それにいい女……。


「いるの……。いい女……」


突然、後部座席からそんな声がした。

俺はルームミラーで後部座席を見た。

ヘッドレストに手を掛けて、下着姿の櫻井未空が身を乗り出していた。


「な、なんだ……」


俺は驚いてブレーキを踏んだ。


「何やってんだお前……」


急ブレーキでシートに深く沈んだ未空は打ち付けた頭を摩りながら、


「危ないわね……」


と、文句を言った。


「とりあえず走りながら話するから……」


そう言われて俺は、納得のいかないまま駐車場を出た。


櫻井未空。

二年程前まで付き合っていた女だった。

俺に飽きたのか、突然、荷物をまとめて出て行った。

そのまま連絡も取らずにいた。

出て行った女に、俺から連絡するのも格好の悪い話だ。

そんな事は俺の美学に反する……。


「何が美学よ……」


未空はそう言うと後部座席でクスクスと笑った。


「うるさいよ……。って、何でお前は俺の車に乗ってるんだよ。しかもそんな恰好で……」


俺はルームミラー越しの未空を見た。


「うん……。それなんだけどね……」


未空はまたヘッドレストに手を掛けて身を乗り出して来た。

俺は未空の胸が視界に入るのが気になり、胸と顔を交互に見た。


未空は助手席に脱ぎ捨てた俺のジャケットを後部座席に投げて、後部座席から助手席へと移って来た。

俺の顔の横を未空の尻が通り過ぎる。


「そんな格好の女、車に乗せてたら怪しまれるだろうが……」


信号で止まった俺は、後部座席からジャケットを取り、未空に渡した。


「ああ、心配しないで……」


未空は俺のジャケットを受取り膝に掛けた。


「多分、私が見えてるの駿二だけだから」


俺は未空を二度見した。


「何言ってるんだ……」


「信号、青よ……」


俺はそう言われてアクセルを踏んだ。


「ちゃんと説明しろよ」


未空は頬杖を突いて、窓の外を見ていた。


「どうも、私……、死んじゃったみたいなのよね……」


未空は呟く様にそう言った。






どうやら未空は自宅で死んでしまったらしい。

気が付くと俺の車の中にいて、俺が出て来るのをずっと待っていたと言う。

下着姿の理由は、死んだ時に下着姿だったかららしい。

車から出て歩いているところを何人かに見られたが、誰も未空には気付かなかったそうだ。


「今、駿二のジャケット着るとさ、ジャケットが浮いてる様に見えるかもしれないじゃん……。そっちの方がホラーでしょ……」


俺にしてみると、どっちもホラーなのだが……。


受け入れがたい目の前の事実を、俺は何とか飲み込んだ。


「大体の話はわかった……」


俺は高速道路を走りながら解せない話に頷く。


「とりあえずお前の部屋に行けばいいのか……」


未空は窓の外を流れる風景を見たまま、


「ああ、止めといた方が良いよ……」


と言う。


「どうして……」


「まだ、私、死んじゃったばかりで発見されてないしさ」


「それならまだ助かるかもしれないんじゃ……」


未空は首を強く振った。


「それは無い……」


俺はチラチラと横に座る未空を見ながら、


「そう……なのか……」


と訊いた。


未空はゆっくりと頷いた。


「多分、末期だったんだよね……」


俺は未空が重い病気だって事は知らなかった。


「そうだったのか……」


「うん」


未空は短く答えると、また窓の外を見た。


そんなに重い病気ならば、付き合っていた時にも症状は出ていたんじゃないかと考えた。

そして気付かなかった事に俺は後悔した。


「止められなくなっちゃってさ……。なんて言うの、過剰摂取。今は簡単に買えちゃうからさ……つい……」


俺は眉を寄せて未空を見た。


「過剰摂取……」


「うん。クスリね……。ハマっちゃってさ……。それで死んじゃったんだと思うんだよね……」


俺は呆れて深く息を吐いた。


「お前は馬鹿か……」


「テヘ」


未空は自分の頭を拳で叩く。


「もう一回死ね……」


俺はアクセルを踏み込んだ。






俺は仕方なく幽霊の未空を連れて自分のマンションへと戻った。

地下の駐車場から部屋まで深夜だったせいもあり誰にも会わずに帰る事が出来た。


「そんな心配しなくても誰にも見えないのに……」


未空はそう言うが、中には霊感の強いヤツもいるかもしれない。

俺はどっと疲れてソファに座り込んだ。


未空は下着姿のまま冷蔵庫を開けて中を覗き込んでいた。


「何か食べる」


未空はそう言う。

以前、一緒に住んでいる頃と同じ光景だった。

俺は未空を見てそれを思い出した。


「作れるのか……」


俺はゆっくりと身体を起こした。


「わかんないけど……」


未空はそう言ってニヤリと笑った。


俺は溜息を吐いて立ち上がり、未空を押し退けて冷蔵庫の中を見た。


「腹減ってるか……」


「うん」


「死んでるのに……」


「うん」


俺は苦笑しながら未空を見た。


「パスタでいいか……。山盛り作ってやるから、たらこパスタ。向こう行ってろ……」


俺は未空の背中を押してソファに座らせた。

そして俺は恐ろしい量のたらこパスタを作り、大皿に盛ってダイニングテーブルの上に置いた。


「皿、出せ……」


未空に言うと食器の場所を覚えているのか、手際よく、昔使っていた食器を並べた。

俺はそれを見て微笑みながら、冷蔵庫で冷えた赤ワインを手にしたがやめた。

幽霊が酒を飲むとどうなるのかわからなかったからだ。

ペットボトルの烏龍茶を出してグラスに注いだ。


「いただきまーす」


未空は自分の皿にパスタを取ると大口を開けてすする。


「パスタは音を立てて食べちゃいけないって言うけど、アレは嘘なんだよね。元々イタリア人って麺をすすれないのよ。だから音が出ないだけ。イタリア人に聞いたら、音立てちゃいけないなんてルールは無いって言ってたよ」


昔、そんな話を未空に聞いた。

俺はその話を黙って聞いていた気がする。


「うん。駿二のパスタは茹で加減が抜群だね……完璧なアルペジオ」


俺は顔を上げて未空を見た。


「それを言うならアルデンテだろ……」


「あ、そうだっけ……」


失敗した時に舌を出す仕草は昔と変わらなかった。


気が付くと六人前のパスタが綺麗に無くなっていた。


「お前……。そんなに腹減ってたのか……」


未空は皿に残った最後のパスタを口に入れながら微笑んだ。


「何日か食べてなかったからさ……」


俺はポケットからタバコを出して咥えた。

それを見て未空は立ち上がって、洗って伏せてあった灰皿を持って来た。

これも昔、未空と暮らしていた時に何度も見た光景だった。


「そんな事するから死んじまうんだぞ……」


俺はタバコに火をつけながら言った。


「駿二もタバコは身体に悪いよ……。そろそろやめた方が良いよ」


未空は烏龍茶を飲みながら言う。


「お前が言うな……」


未空は一瞬考えたが、ニヤリと笑った。


「それもそうね……」


俺もつられて笑ってしまった。







「もうおなかいっぱい……」


そう言いながら未空はソファに倒れ込む。

俺は冷たいコーヒーをグラスに注ぎながらそれを見て微笑んだ。


「いい女いるって言ってなかった……」


未空は部屋を見渡しながらそう言う。


「ああ、いっぱいいるよ。今日はたまたま……いないだけだ」


俺は未空の前にグラスを置いて向かいに座った。


未空は飛び起きる様にソファに座ってコーヒーを飲む。


「いっぱいね……。うそ臭い……」


俺は飲んでいたコーヒーを拭き出す。


「もう汚いな……」


未空はテーブルの上のティッシュを数枚取って、俺の吹いたコーヒーを拭った。


「まあ、でも、これだけ良い生活してれば女に苦労はしないわね……」


丸めたティッシュをゴミ箱に投げ込んだ。


「当たり前だろうが……。お前が出て行った後、どれだけの女が俺に言い寄って来たか……」


俺は指を適当に折って見せた。


「付き合ってみないとわからない事、沢山あるもんね……。パンツにウンチ付けてるとか、エッチの時、赤ちゃん言葉使うとか……」


俺は未空を睨む様に見た。


「あ、それに包茎じゃんか……。でもそれは気にしなくていいよ。日本人は七人に一人が包茎なんだって。その内、包茎は選ばれし者みたいな時代が来るよ」


俺に構わず喋る未空にティッシュの箱を投げつけた。


ティッシュの箱の角が頭に当たったと騒ぎ始めるが、痛みは感じないらしい。

二人で声を上げて笑った。

俺は昔を思い出し、心から未空との空間を楽しんでいた。

多分、未空も同じだろう。


「お前、なんでクスリなんてやったんだよ……」


俺は足を組み替えて座り直した。


「うーん。ストレスかな……」


ストレス。

便利な言葉なのかもしれない。

何か過ちを犯しても「ストレス」って言葉で仕方ないと考えてしまう思考になってしまっている。

病気もストレスから、犯罪もストレスから……。


俺は小さく頷くと組んだ足を解いて身を乗り出した。


「まあ、死んでしまったモノは仕方ない……。けど、どうして俺の車に乗ってたんだ……」


未空はじっと汗をかいているアイスコーヒーのグラスを見つめて考えていた。

そしてふと顔を上げた。


「アレじゃないかな……。死んだら化けて出てやるっていうヤツ……」


俺は天井を見上げて考える。


「じゃあ、俺はお前に恨まれているって事か……」


今度は未空が考える。


「あんまり意識してなかったけど、そうなのかな」


俺は深い息を吐いてソファに沈む。


「そうなのかな……じゃないよ……」


勝手に出て行ったのは未空の方だ。

俺が恨まれる理由なんて何処にもない。

俺は未空を見て鼻で笑った。


「で、どうするんだよ。この先……」


「わかんないけど……。死んじゃったら成仏しないといけないんじゃないかな……」


もっともな意見だった。


「成仏ねぇ……」


俺はタバコを咥えて、ダイニングテーブルに置いたままの灰皿を取りに立つ。

未空の口から「成仏」という言葉を聞いても実感がなく、目の前に座る下着姿の未空は、昔と変わらない記憶の中の彼女そのものだった。


「成仏するには駿二を呪い殺さなきゃいけないのか……」


ソファに座った俺に未空は言い、顔を上げると鋭い目つきで俺を見た。

俺は両手を挙げて、


「おいおい……。お前、それはちょっと……」


そう言うと咥えていたタバコが床に落ちた。

火をつける前で良かった……。

そう思った瞬間、テーブルを挟んだ向かいのソファから未空が俺に飛びかかって来た。


「駿二……お願い、私の成仏のために死んで……」


「言ってる事が滅茶苦茶だぞ……」


俺の首を絞めようとする未空の腕を力で制しようするが、幽霊の力ってのは半端じゃない事を知った。

そのまま二人で床に転がった。


未空は俺の胸に顔を付けて、力を抜いた。


懐かしかった。

一日中、こうやっていた事もあった。

そして感じる筈の無い未空の体温も、あの頃と同じだった。


「何か懐かしいね……」


未空も同じ事を考えていたのだろう。

そう口にした。


「うん……」


俺は未空の髪を撫で、その髪に唇を付けた。

未空が呼吸する度に膨らむ胸を感じた。

本当は死んでいないのかもしれないとさえ思う程だった。


「このまま「成仏」出来なかったら、どうなるんだろう……」


未空がこのままの姿でこの部屋にいるというのならば、それはそれで構わないのかもしれない。

俺は一生、未空の幽霊と暮らす事になるが……。


「いっぱいいる、いい女が来た時に困るよね……」


未空が呟く。

その声の振動が胸に伝わる。


「ああ、それは嘘だ……心配するな……」


俺は未空の髪を撫でながら言う。


「うん。知ってる……」


未空は俺を見て微笑んだ。

俺はそんな未空が可愛く見えて、胸に抱いた。


こんなに細かったかな……。


未空の背中に手を回した時にそれを感じた。

二年、たった二年離れただけだったが、そんな違和感があった。


未空は床に転がった俺のタバコを手探りで取ると、俺に咥えさせた。

俺はそのひしゃげたタバコに火をつけて煙を吐いた。


昔もこうやってタバコを吸った。

未空は髪にタバコの臭いが付くからと嫌がったが、こうして彼女の重みを感じながらタバコを吸うのが好きだった。


こうしていると二人で暮らしていた時の事が蘇ってくる。

それは楽しい思い出であり、幸せな時間だった。

そう思うと胸が熱くなる。


「なあ、未空……」


俺は未空を抱いたままゆっくりと身体を起こし、タバコを灰皿に置いた。


「なあに……」


未空は膝を抱えて座り直した。


「お前、セックス……出来るのか……」


素朴な疑問だった。

未空を抱きたくなった事もあったが、それ以前に幽霊とセックスなんて出来るのか知りたかった。


「駿二のエッチ……。幽霊抱こうとするなんて……」


未空はそう言いながら下着を横にずらし、その部分を確認するかの様に見ていた。


「一応、付いてるみたいだから……、出来る……の、かな……」


未空は俺に抱き着き、キスをした。






未空を抱いたのはいつだっただろうか……。


俺は彼女の白い肌に手を這わせながら記憶を辿った。


二人の体温と息遣いが徐々に上り詰めて行くのがわかった。

そしてそうしてここで二人が暮らしていた事を昨日の事の様に鮮明に思い出していた。


未空が死んだなんて嘘だ……。


俺は白いシーツの海に浮かぶ彼女を愛していた。

いや、違う……。

愛しているんだ……。


俺は二人がこのまま溶けて一つの液体になってしまう気がした。


そうなんだ……。

俺は未空を愛していた。


俺はそのまま大きな白の中に飲み込まれて行った。







「うん。完璧なアルペジオ……」


未空は俺の作ったたらこパスタを口いっぱいに頬張って言った。


そうだ。

あの日も彼女はそう言ってたんだったな。


俺は未空に、


「それを言うならアルデンテだろ」


そう言った。


「テヘ」


彼女はわざと間違えているんだ。

俺はそう感じていた。


「ねぇ、見て見て……」


俺がテーブルに広げた仕事の資料の上に、彼女は雑誌を置いた。


「あの俳優、クスリやってたんだって……。なんか目がおかしいって思ってたんだよね……。この俳優がやってるって事はさ、付き合ってるあの女優もやってるよね……。やってるよー絶対」


彼女のどうでもいい話に俺は癒されていた。


「今、仕事してるんだよ……。わかったから、邪魔しないでくれよ」


そう言う俺に、彼女は決まって、


「私と仕事、どっちが大事なのよー」


と膨れっ面で訊いて来た。

それに「もちろん未空だ」とは言えなかった俺がいた。


「ねえ、どうして和葉の結婚式、出てくれないの……。私の親友なのにさ。駿二が欠席したら私、一人で出ないといけないじゃんか……」


そうそう。

そんな事を言ってた事もあったな。


「ごめんよ……。どうしても外せない仕事があるんだ」


そう言った俺にまた膨れっ面で、


「わかったわよ。二次会で浮気してやるから」


って二日程、口聞いてもらえなかったな。


「どう、この服。可愛いでしょ」


そう言って俺の前でクルクル回る彼女。


「ああ、可愛い可愛い……」


適当に答えてキーボードを叩いていると、手書きで「請求書」って書かれた紙を叩きつけられた事もあったな。


「何で俺が払うんだよ……」


って訊くと、


「ちゃんと可愛いって言ってくれなかったから、その罰」


って言われたな。


「女はね。可愛いって言ってもらう瞬間のためにオシャレするんだよ」


そう言ったね。

あの服代、俺、払ったかな。






俺の横で微睡む未空を俺はじっと見つめていた。

それに気付いたのか、未空は俺の胸を肘で突いて来た。


「じっと見ないでよ……。何よ、惚れ直したの……」


俺は答えずに微笑んだ。


「もう遅いわよ、死んじゃってるしね……」


そうだ。

未空は死んでしまったのだった。


夜は明けて、都会の空をラベンダー色に染めていた。

そう言えば聞こえは良いが、都会の汚れた空が、独特の重さをその色に染めているだけだった。


「何か俺に出来る事は無いか……」


俺は未空の髪を撫でた。

未空のサラサラした髪を撫でるのが俺は好きだった。


「昨日パスタ作ってもらったし……」


「アルペジオのパスタな……」


「もう……。駿二の馬鹿……」


未空は俺の胸に顔を埋めた。


未空……。

俺はお前が好きだ……。

このまま二人で暮らせるのならば、お前が幽霊だろうと何だろうと構わない。


俺は彼女を抱く腕に力を入れた。


「そう言えば、あの日……」


俺が発した言葉にピクリと彼女は反応した。

俺はそれに気付かない振りをした。

そして、


「何故出て行ったんだ……。俺の事が嫌になったか……」


未空は俺の胸に手を突き、ゆっくりと俺から身体を離した。


「嫌になったら、幽霊になってまでセックスなんてしないわよ……」


「それもそうだな……」


俺は彼女と顔を見合わせて笑った。


そんな姿も昔の記憶の中の彼女と同じだった。


今、一緒にいる未空のすべてが昔と同じで、俺は二年の歳月を巻き戻したかの様だった。






未空は裸のまま窓際に立った。

朝の光が彼女の綺麗な身体を浮かび上がらせている。


「駿二……」


未空は短く揃えたサラサラの髪を振った。


「私、わかったの……」


俺は眩しい光の中に立つ未空を見た。


「わかったって……何が……」


未空は裸の自分を確認するように見た。


「何故、駿二のところに来たのか……」


俺は一度、視線を外して再び未空を見た。


「呪い殺しに来たんだろ」


そう言う自分がおかしくて微笑んだ。


未空もそんな俺に笑いかけ目を伏せた。

そして首を横に振った。


「心残り……」


「心残り」


「うん」


未空は爪先で立ち両手を広げた。


「心残りがずっとあったのよ……」


俺はゆっくりと身体を起こして座った。


未空は真っ直ぐに俺を見ている。


「あの日……。私がここを出て行った日。駿二に何も言わずに出て行ってしまって……」


未空は広げた腕で、自分の身体を抱え込む様に肩を掴んだ。


「私は、本当はここで駿二と暮らしたかった……。ううん、ここで駿二と生きたかった。けど……無理だったから……」


未空の頬に涙が伝った。


「未空……」


俺は動けずにその美しい記憶の中の未空をじっと見つめていた。


「駿二に会うと泣いてしまいそうで……、泣き言……言ってしまいそうで……。だからさよならも言わずに……出て行ったの……」


未空がクスリの過剰摂取なんかで死んだんじゃない事は感じていた。


「病気だったのか……」


未空は何も答えずに微笑んだ。


「死ぬ前にね、お願いしたの……。あの頃の私に戻って、もう一度駿二に会いたいって……」


俺は涙を堪えて頷く。


「そしたら、駿二の車の中にいたのよ……」


未空は目を閉じたまま笑みを浮かべていた。


「未空」


俺の声に未空は目を開けた。

そして振り返り、窓から見える街の風景を見た。


「今日はさよなら日和だから……」


その言葉に涙が溢れ出す。


「未空……」


俺は立ち上がり未空を掴もうと手を伸ばした。

しかしその手は宙を泳ぐだけだった。


「駿二……」


未空は俺を真っ直ぐに見たまま笑っていた。


「未空……、行くな……」


未空の身体は幾億もの光の粒になって行く。


「ありがとう……」


「未空」


「そして、ごめんね……」


そう言った未空の身体は光の粒となって消えて行った。

俺はその光を掴もう必死になったが、未空の欠片を一粒も掴む事は出来なかった。






何年も眠っていた気がする程、清々しかった。


俺はベッドを抜けるとカーテンを開けて窓から街を見た。


「ほらほら、朝ですよ。美味しい朝ご飯、出来てるわよ」


未空の幻影が俺の背中にそう言う。


俺はその未空に微笑んだ。


「おう。今、行くよ……」








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― 新着の感想 ―
 うーん、ありがちなストーリーなのかな、と思っていたら、ラストが良かった。  爽やかに締めくくられてしまいましたね。
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