第6話
放課後になり、校門へ行くと先輩が待っていた。
僕は先輩の前に無言で立って、先輩が何か言い出すのを待つ。
先輩が曇っている表情を見せながら、「この前の公園で話そう」と振り絞ったかのような声を出した。
先輩の後ろをついていき、公園に着いた。今日は誰も公園にいない。先輩と二人だけだ。この前の小学生がいてくれたほうが良かったのに。
この前座ったベンチに腰掛け、先輩を見ると、僕のほうに膝を向け、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「ごめんなさい」と言って先輩が勢いよく頭を下げ、話し続ける。
「見たくもないものを見せて、ごめんなさい。ああするしかなかったの。話すだけじゃ信じてくれないと思ったから……」
先輩が少し顔を上げて、僕の顔色を窺うように見る。
「たしかに、話すだけじゃ信じないですね。でも、あれを見せて何がしたかったんですか?」
先輩は顔を上げ、前に向き直り、遠くのほうを見始めた。
「あれを見せて何がしたいか……。真絃はさ、あれを見てどう思った?」
質問に質問で返された。まぁいいけど。
先輩は遠くを見たままだ。
「どう思ったって……。吐き気がしたし、裏切られた気持ちになりました。お母さんのことを信じているお父さんが可哀想……」
先輩が鋭い目つきをして、遠くを見ている。
「私もそうだよ。吐き気がした。大好きなパパが、ママを裏切っているなんて。ママが可哀想って思った。真絃はあれを見て、自分は何ができるか考えたりした?」
僕は地面を見つめ考える。自分に何ができる? 何かしないといけないのか?
「……何も考えてないというか、何もできない。黙っておくことしかできないです」
先輩に目を向けると、勢いよく先輩が僕を見た。力強い目で、僕を惹きつけようとする。
「黙るだけじゃ何も変わらないよ。私達にもできることはあるよ」
「できること? 何もないですよ。できることなんて」
先輩が僕の目をしばらく見つめて言った。
「私達で二人を別れさせようよ。不倫を終わらせよう」
「えっ? 無理ですよそんなの」と僕は即答して、先輩から目を逸らした。そんなの無理だ。僕達はまだ子供で、大人がしていることをただ見ているだけしかできないんだ。
「無理じゃないよ。方法はいくらでもある。だからお願い。協力してほしい」
「えっ……でも……」
「あの二人が別れてくれたら、お互いの家族のためになると思わない? 不倫相手じゃなくて、ちゃんと家族のことだけを考えてって思わない? この偽りの家族を私は終わらせたい。本当の家族を取り戻したい」
「偽りの家族……」
今まで普通だと思っていた家族は偽りだったのか。
お父さん、お母さん、そして、お婆ちゃんと四人で平凡に暮らしていた、普通の幸せな家庭だと思っていた。
「もし、真絃が協力できないって言っても、私は一人であの二人を別れさせるから……。迷惑はかけない」
一人なんて無理だ。あの見たくもない光景を一人で見て先輩は絶対辛いはずだ。最初は大丈夫かもしれない。でも、段々と心が破壊されて、粉々になって、誰かに助けを求めようとしても誰もいない。このまま先輩に一人でさせたとしても、気になって落ち着かない。先輩が心配でたまらない。先輩だって、鋭い目だったり、力強い目をしていたりするけれど、本当は心の中で泣いているのかもしれない。僕だって今、心が傷つきまくっているんだ。同じ立場の僕がいれば、少しは安心するだろうし、正直、僕も親の不倫のことを話せるのは先輩しかいないから、僕も助かる。
「協力します」
「えっ?」
拍子抜けしたような顔で先輩が固まった。僕は背筋を伸ばして、大きく息を吸って同じことを言った。
「だから、協力します」
「本当に?」
先輩の目が潤んでいる。
「本当です」
「ありがとう……」
先輩が表情を和らげて、安心したように微笑んだ。先輩が初めて笑った。いつも鋭い目をしていたり、力強い目だったり、強気な雰囲気なのに、こんなにも優しい目をするんだ。
「いえ。先輩一人でなんて無理ですよ。僕も本当の家族を取り戻すために頑張ります」
「ありがとう。じゃあ、別れさせる方法考えてきて、明日また放課後ここに集合ね」
先輩が立ち上がって帰ろうとする。いつも、待って、と言っても待ってくれないから、悪いけど腕を掴ませてもらう。
「凛華先輩! 待ってください!」
先輩が目を見開いて僕を見た。
「何?」
「何? じゃないです。先輩、言わせてもらいますけど、先輩いつも強引だし、いつも自分の話が終わったらすぐ帰ろうとしないでください。僕が待ってと言っても待ってくれないので、すみません、腕掴みました」
先輩が目をしばたかせ、少し黙ってまたベンチに腰掛けた。
「ごめん。もう手離してもらえる? ちょっと痛い」
「あっ! すみません。強く握り過ぎました」
先輩を引き止めようと、必死になりすぎた。
先輩が少し腕をさすりながら、「ごめんね。こんなだから友達いないのかな……」と呟いた。
「え……友達いないんですか?」
「いない。もうこの話はいいよ。で? 話したいことあるの?」
話したいことというか、訊きたいことが沢山ある。お母さんの息子が僕だということをどうやって突き止めたのかとか、どうやって不倫を知ったのかとか。でも、それはまた今度でいいや。今はもう頭の中の容量がいっぱいだから。
とりあえず連絡先を聞かないと。それともう一つ、先輩にこんなこと言うの図々しいだろうか。後輩の僕から言われるのは嫌だろうか。
「先輩……。僕と友達になりますか? 僕達の関係って特殊だけど、友達になりましょうよ。もし、別れさせることができてもできなくても友達でいましょう。なんとなく先輩とは仲良くなれそうな気がします」
先輩は目を泳がせながら、照れたように笑って、「親同士が不倫してるのに?」と言った。
そうだよな。変だよな。親同士が不倫して、その子供は友達だなんて、本当特殊すぎる。僕も、ふっ、と笑えてきた。
「はい。滅多にいない、特殊な友達ですよ」
「まぁいいけど……」
先輩が僕をチラッと見る。
「じゃあ特殊な友達ということで、連絡先を教えてもらいたいです」
「あ、そうだね」と先輩がポケットからスマホを取り出した。
僕達は、連絡先を交換したあと、初めてちゃんとバイバイをした。先輩が少し口角を上げて、控えめに手を振る姿が頭から離れなかった。今までは強気に見えたのに、普通の女の子に見えた。守りたくなるような女の子に。
これから先、僕達はどうなるんだろう。僕達次第で変わっていくのだろうか。先輩ならこう言うのかな、いや変えるんだよ私達で、と。
僕達で変えるんだ。
あの二人を別れさせる方法を考えるんだ。




