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僕達は愛を信じられない、でも、  作者: 七瀬乃
僕の秘密の計画

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第29話

 表札には、"中本"と書いている。前に来た時と変わらない表札だ。一か八かで来てみたが、凛華先輩のお父さんはずっとここに住んでいるみたいだ。またここに来ることになるとは思わなかった。


 あれから色々と考えて、もう先輩のお父さんにしか頼めないと思った。

 凛華先輩には姉弟かもしれないなんて知られたくないし、お父さんには絶対言えない。お父さんの髪の毛や爪で親子鑑定をしようと一瞬思ったけれど、確実な結果が出ないし、髪の毛や爪を採取するのが無理だった。それに、親子鑑定の郵便物を見られたら終わりだ、と思ったので、ここに来るしかなかった。


 駐車場には見覚えのある車がとまっていた。この車の中でお母さん達は不倫をしていた。このことを思い出してももう何の感情も湧き出てこない。

 庭を覗くと、前は雑草なんて生えていないように見えたが、今は庭一面に雑草が生えている。家全体あまり手入れされていない感じで、覇気がないように見える。


 僕は目を瞑り、深呼吸をして、インターホンを押した。


「はい」

「突然すみません。倉橋優子の息子の真絃です」

「えっ? ちょっと待ってて」

 

 すぐに玄関のドアが開いた。僕は会釈をする。先輩のお父さんはペタンペタンとスリッパの音を立て、気だるそうな顔をして僕に近づく。髪が乱れ、無精髭が目立つ。


「どうした? まさかまた君がここに来るなんて……。凛華のことか?」

「いえ。僕とあなたのことです」

「君と俺?」

 お父さんが腕を組み、首を傾げている。

「はい。僕とあなたが親子かどうか調べたいんです」

「……は? ちょっと言ってる意味が分からない」

 先輩のお父さんは視線があちこちに飛び、頭をかいている。

「心当たりがあるはずです」

 お父さんが周りを見渡して、「家の中で話そう」と言った。

 たぶん近所の人に聞かれたくないのだろう。


 家に入るとリビングに通され、先輩のお父さんは床に散らばった服を拾っている。

 

「散らかっててごめん」

「いえ、僕が突然来たのですみません」

 きっと僕のお父さんも一人暮らしだったらこんな感じなんだろうな。一人で大変だろうな。


「どうぞソファーに座って」

「あ、はい」

 ソファーに腰掛け周りを見渡す。あのグレーの毛並みの猫はいないみたいだ。この人は本当に一人なんだな。

 テレビ台の端のほうに目を向けると、家族写真が飾ってあった。高校の入学式の時の写真だろうか。桜の木の下で、先輩が高校の制服を着て、両親と写っている。この幸せそうな家族が壊れてしまったんだ。

 そういえばウチは家族写真を飾っていない。たぶん昔から家族写真をあまり撮っていなかった。


「こんなのしかなかった。良かったらどうぞ」と先輩のお父さんが缶コーヒーをくれた。

「ありがとうございます」

 

 僕は簡潔に今回ここを尋ねた理由を話した。

 先輩のお父さんは、あの時はちゃんと避妊したとか、一回だけだぞとか、言っていた。何も知らずにすまなかったとも言っていた。

「検査に協力する。費用も出す」とお父さんは言っていたが、費用を出してもらうのは断固として拒否した。借りを作りたくなかった。検査の結果がどうであれ、検査結果が出たらこの家には二度と来ないつもりだから。


 この家に親子鑑定のキットが届くようにして、届いたら連絡してください、と伝えて僕は帰った。


 帰り道、空を見上げると、眩しくて目を瞑ってしまうほど快晴だった。僕の額から汗を出そうと日差しが照りつけてくる。

 もらった缶コーヒーのフタを開けて一口飲む。冷たくもなく、暖かくもないおそらく常温で置かれていた缶コーヒーだろう。常温で置かれていたのと、たぶん僕がずっと握りしめていたので、少し温まったのかもしれない。

 でも、僕の冷え切った心には、この日差しとぬるいコーヒーがちょうどいい。あの時みたいに雨が降っていなくて良かった。

 


 数日後、届いたと連絡が来て、また先輩のお父さんの元へ足を運んだ。

 また家に入り、リビングに通された。今日はこの前よりも片付いていた。

 

 届いた封筒はすでに開けられていて、テーブルの上に資料が二、三枚と、透明の筒が二本置かれていた。


 先輩のお父さんがソファーに腰掛け、「これで口腔粘膜をこするみたいだ」と言って筒を手に取った。

 僕もソファーに腰掛け、筒を手に取った。筒の中に入っていた綿棒を取り出し、粘膜を採取した。


 部屋は静まり返って、掛け時計の針が進む音だけがする。時計の針よりも早いリズムで心臓が鼓動している気がする。

 何も話さないでいいんだろうけれど、この静かさに耐えられない。何か話さないと、と思ってしまう。僕はふと、この人にも訊いてみたいと思った。


「あの……何で不倫したんですか?」

「え?」

 先輩のお父さんの横顔を初めてまじまじと見た。凛華先輩と似ていた。高い鼻に、力強い目が特に似ている。

 

 僕と先輩は似ていない。


「あ、大丈夫です。正直に話してもらって。ただ単に何で不倫をするんだろうって疑問で。お母さんは中本さんが助けてくれた、とか言ってました。あなたもそうなんですか?」


「俺も……君のお母さんに助けられた部分もあるし、好きだった……」

「そうだったんですね……。不倫じゃなくて、普通に恋愛できたら良かったですね。そしたら、誰も傷つかなかったのに」

「……そうだね」

「……僕のお母さんには会っているんですか?」

「いや。会ってはいけないんだ。そういう約束をしている。君のお父さんと」


 そうだったのか。でも、お父さんの気持ちは分かる。こっちは離婚して、お前達だけ幸せになるなんて許せないって思うよな。


「そうだったんですね……。凛華さんとは?」

「会ってない。会う資格がない」

「そうですか……。すみません。余計な話をして」

「いや、大丈夫」

「……じゃあ、そろそろ帰ります。また結果が届いたら連絡お願いします」

「分かった」

 不倫をしたという悪い印象があるけれど、凛華先輩のお父さんはそんなに悪い人ではない気がした。

 そうか、お母さんも不倫をしなければ良いお母さんだった。


 親子鑑定の結果は約二週間ほどで届く。結果がどうであれ、何も変わらない。

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