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僕達は愛を信じられない、でも、  作者: 七瀬乃
僕の秘密の計画

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第21話

「本当に凛華先輩に声かけないで良かったのか?」

 交流会が終わり、駅に向かっている時に湊から言われた。

「いいんだ。僕と関わりたくないでしょ。きっと不倫のこと思い出したくないんだよ。僕は先輩の元気な姿を見れただけで満足だよ。元気で良かったよ本当……」

「でも、話したいことあるだろ?」

「うーん……」

「もし話せるとしたら何話したい?」

「ただ……元気でしたか? って、それだけ」

 いつか話すことができるのなら、不倫のことには触れずに、ただ元気に過ごしていたか、今幸せなのか、それだけ訊くことができたら充分だ。

「そっか」

 湊が僕に向かってウインクをした。

「何そのウインク」

「何でもねぇよ」

 またウインクをする。たまに湊はよく分からない行動をする。



***



 スマホのアラームが鳴っている。もう六時半か。アラームを止めて、すぐに起き上がり、洗面所へ向かう。

 洗顔を済ませ、昨日の夜、大量に作っておいた豚の生姜焼きを冷蔵庫から取り出し、レンジで温める。温めている間に白ごはんを茶碗によそう。温め終了の音がなり、レンジの扉を開けると生姜焼きの良い香りが顔を包む。生姜焼きを食べ、白ごはんを口の中にかきこむ。十分ほどで食べ終わって、急いで歯磨きをする。

 朝から豚の生姜焼きはなかなか胃がもたれそうだ。でも、食べないよりはマシか。

 弁当はもう少しこの生活に慣れてから作ろう。それもまた晩御飯を大量に作って、それを適当に弁当箱に詰めれば簡単だな。

 もう少しでお父さんが起きてくる頃だ。僕はもう出発しないと。

 ホワイトボードに、『しょうが焼き食べていいよ』と書く。

 僕とお父さんのやりとりは大体ホワイトボードで済ませる。

 お父さんとの二人暮らしはなかなか快適だった。一人暮らしも考えたけれど、お父さんは家事ができない人だったから心配だったので、実家から学校に通うことにした。家事は大変だけれど、お父さんは僕に干渉しないし、好き勝手させてくれる。きっとお母さんがいたらこうもいかなかっただろうな。

 

 家を出て早歩きで駅へ向かい電車に乗る。約一時間電車に揺られ、おまけに分厚い教科書を鞄に入れているから通学だけでけっこう疲れる。今日から教科書はロッカーに置いて帰ろう。


 今日から本格的な授業が始まる。

 家事に勉強に大変だけれど、バイトもできたらしたいんだよな。

 こんな平凡な日常を、先輩と関わることがない日常を繰り返していくんだ。



 学校に着いて教室に入り、すでに来ているクラスメイトに、「おはよー」と言う。誰かの眠そうな声で、「おはよー」と返ってくる。


 荷物を置いて一息つくと、教室に湊が、「真絃ー!!」と叫びながら入ってきた。

「何?」

「ちょっと来て来て来て来て!」

 湊から腕を引っ張られて教室を出た。

「ちょっとどこに行くんだよ」

 廊下をまっすぐ歩いて、一番奥にある教室の前に着いた。ここってたしか二年の教室だよな。

「じゃあ凛華先輩と頑張って話してこい」

 湊が教室のドアを開けて、僕の背中を思いっきり押してきた。

「うおっ!」

 教室の中に入ってしまった。顔を上げると二年の先輩達が僕を見ている。

 後ろを振り返って、湊に文句を言おうと思ったがもういない。くそ。ここまで来たら引き返せない。

「一年生じゃん。どうした?」と男の先輩が言った。

「えっと……」

 周りを見渡すと、凛華先輩が窓際の真ん中あたりの席に座っていた。

「失礼します」

 何人か二年の先輩の前を通り過ぎて、僕は凛華先輩の前に立った。

 先輩と一瞬目が合ったが、すぐに先輩は窓の外を見始める。

 僕は着ていたパーカーのポケットに両手を突っ込み、「凛華さんですよね?」と言う。

 先輩はこっちを見ない。

 もう一度。

「凛華さんですよね? ……今日、最後の授業が終わり次第、正面玄関に集合で」

 僕は先輩の返事を待たずに教室を出た。ちょっと待って、と先輩の声が聞こえた気がしたが、急いで一年の教室に戻った。


 教室に入ると湊がいた。湊が僕に向かってウインクをしている。

「湊。僕は怒ってる。いつか湊にも同じことしてやるからな」

「怖い怖い! だって俺が背中を押さないと真絃は絶対先輩と話さないだろ?」

 湊が怯えたような顔をしている。

「うん。自分からは話さないつもりだった」

「で、話せたの?」

「まだ。授業終了後に正面玄関集合って伝えた」

「お、頑張ったじゃん」

「頑張ったけどさ、先輩は僕なんかと話したくないんだよ。先輩が話したくないのに一方的にさ……」

「先輩のことは今考えなくていい。先輩はきっと大丈夫だから。ちゃんと笑ってたから。真絃はずっと心から笑ってない。前に進めてるつもりなんだろうけど、全然進めてないよ。ずっと先輩のことが気になって、あの頃から時間が止まってる。目の前に先輩がいるんだぞ? 話せよ! ちゃんと元気だったか、幸せか直接聞けよ!」

 湊が真剣な顔をしている。僕は目を瞑りたくなった。前に進んだ気でいたんだ。お母さんのことも、先輩のことも考えないようにしていたけれど、いつだって思い出してしまう。湊はそれをずっと感じていたんだ。

「うん。そうだね。湊の言う通りだよ。僕はあの時で止まってるんだろうね。今日話して止まってた時間が動き出せばいいけど……」

「まぁ普通にさ、元気ー? って楽しく会話したらいいじゃん。友達として」

「うん。そうだね……」



 今日の授業が全て終わった。本格的な授業が始まったけれど、聞いたことのない専門用語ばかりで頭がパンク寸前だ。

 でも、切り替えて、今から先輩と話すんだ。


 とりあえず正面玄関を出て、人の邪魔にならない所で待つ。

 授業を終えた生徒達が続々と出てくる足音と話し声が聞こえる。もし先輩がこの中にいて、僕のことを素通りしていたら、と考えると怖いので、出てくる人を見ないように生徒達に背を向ける。


 空を見上げると、先輩に会えなかったあの大雨の日と違って青空が広がり、所々気持ちよさそうに雲が浮いている。今日先輩と話せなくても大丈夫、とこの空が応援してくれているように感じる。


「真絃」

 後ろから凛華先輩の声が聞こえた。久しぶりに先輩から名前を呼ばれた。前は自信に満ち溢れているような声だったけれど、今は自信がないような弱々しい声だ。

 心臓の鼓動が早くなる。なるべく気まずくならないように明るく。何も気にしていないように明るく。久々に会った友達のように明るく。


 僕はゆっくりと振り向いた。少し視線を下げると、先輩と目が合った。前よりも先輩が小さく見える。


「凛華先輩、背、縮みました?」

「え?」と言って先輩の動きが止まった。

 僕も、「え?」と言う。

 先輩が、「ふふふ」と下を向いて笑い出した。

 

「私が縮んだんじゃなくて、真絃の背が伸びたんでしょ? 真絃、変わってないね……」

 先輩がそう言って、微笑んだ。僕に笑いかけてくれる。先輩が目の前で笑っている。


 僕の緊張した心が、体が、ほぐれていく。

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