第1話
「ねぇ。倉橋真絃だよね?」
昼休み、席に座って湊と話していると、突然、女の先輩から話しかけられた。
教室の中が一瞬、静かになった。僕はその先輩から目を逸らすことができない。
僕を見下ろしているその女の先輩は、たしか二年の先輩だった気がする。
高校に入学して初めての全校集会の時、先輩を見かけた。なぜか先輩だけ目にとまった。黒々とした髪で、前髪がやたら綺麗に真っ直ぐ揃っている人がいるな、とその時思った。先輩は、高級なブランドの服を身にまとっているモデルのようで、高級という言葉が似合う人だ。
ところで、何で僕の名前を知っているのだろう。全く関わったことがないし、僕はこの先輩の名前すら知らない。見たことのある先輩だなという程度だ。
「ねぇ。聞いてる? 倉橋真絃だよね?」
先輩はブレザーのポケットに両手を突っ込んで、眉間に皺を寄せ、僕を見下ろしている。
「あ、はい。そうですけど……」
「母親の名前は、倉橋優子?」
何でお母さんの名前まで知っているんだ。この人はいったい何者なんだ。
「そうですけど……。何で知ってるんですか?」
先輩は、僕から目を逸らして、教室の前にある時計を見た。
「……それは今度話す。今日の放課後、校門で待ってるから一人で来て。じゃあ」
「えっ? 待ってください……」
先輩は、僕の呼び止める声を無視して、髪をなびかせながら教室を出て行った。
教室の中は、いつもの騒がしさを取り戻していた。
でも僕は、手の平に汗が滲んで、心臓はドクンドクンと強く脈打っていた。
「真絃、先輩に何したの? あの先輩怒ってたよな?」と湊が目を見開きながら言う。
「僕、何もしてないよ……。あの先輩と関わったこと一切ないんだよ……」
「無意識に何かしたんじゃないか? 真絃が気づいてないだけなんじゃない?」
「ちょっと怖いこと言わないでくれよ……」
僕は頭を抱えた。あの先輩を怒らせるようなことをしてしまったのか。いや、記憶を辿っても先輩に何かした覚えはない。一切関わりはなかったはずだ。
僕が顔を上げると、「それとも……。告白とか?」と湊が言った。にんまりと笑みを浮かべながら、冷やかすような視線を僕に送ってくる。
「それはないだろ」
僕はきっぱりと答える。喋ったこともないやつを好きになるはずないだろ。
まず高級なオーラをまとっている先輩には、僕みたいな低級なやつは眼中にないだろ。
もしも僕に告白するとしても母親は関係ないはずだ。
「まぁそうだろうな。じゃあ思いっきり怒られてこい! あっ……先輩一人だけとは限らないよな。強面の男の先輩がいたらどうする?」
「やめてくれよ……。そんなこと言われたら行きたくないんだけど……。僕、行かないとダメかな?」
「うーん。校門をチラッと覗いて、さっきの先輩一人だけだったら頑張って行ってこい! 明日報告待ってるからな」
「あぁ……。憂鬱だ……」
放課後になるまで、再び考えていた。あの先輩と接点があったかとか、先輩に対して粗相はなかったかとか、考えたけれど、やっぱり記憶にない。
一つだけ言えるとしたら、前髪が綺麗に揃っているな、と思って見ていたくらいだ。僕があの時先輩を見つめすぎたのか? いや、それだけで呼び出されるわけがない。もしそうなら謝れば済む問題だ。
それと、お母さんの名前を知っていたんだ。先輩とお母さんは何か接点があるのか? 接点があるとするなら、僕が先輩のことを知っているはずなんだが。




