第8話 完璧な青年
⑧
アリアがセスと旅路を共にするようになって半月が過ぎた。以前とは異なり、二人だけでの旅ではあるが、苦になるようなことはまだない。セスは自然な範囲で十分に気を遣ってくれるし、下心のある視線も感じない。むしろ兄が妹に向けるような目をされることも多く、アリアとしては首を傾げるばかりだ。
日銭を稼ぐ手段の一つである傭兵稼業についてもセスが邪魔になることはない。それどころか、前衛としてすこぶる優秀だ。おかげで稼ぎも増え、売却目的で薬草類の採取をする機会が減った。
ここ最近で採取したものといえば、アリアが今摘み取っているものも含めて、どれも料理に使う香草の類いばかり。少し前には考えられなかったと、横目に周囲を警戒してくれているセスへ視線を向ける。
「それは何の薬になるんだい?」
その彼が側にやって来た。彼は記憶力が良いらしく、こうして質問した薬草については時折、自力で発見して教えてくれる。
「これはお腹の薬にもなるけど、主には魚の臭み抜きに使うものね。ここみたいな明るい森によく生えてるの」
「へぇ。これは使ったことがなかったなぁ。今度試してみるよ」
料理での用途を説明した。つまりはその為に採取したのだと、セスにはしっかりと伝わる。アリアとしては非情に楽であった。
「アリアってかなり薬草に詳しいよね。知り合いに専門の人がいるけど、負けてないかもしれないよ」
「……昔、母に教わったの」
王妃であった母は常に暗殺を警戒する必要があった。そのために学んだ薬草、特に毒草やその解毒に使えるものの知識を、アリアにも伝えてくれていた。そこまで勉強する王妃は珍しい部類ではあったが、そこはアリアの母だ。頭の良さもあって、必須の教養以上のことも容易に身につける余裕があった。
併せて婆やからは医術も少しだけ教わっているが、こちらは囓った程度に等しい。
「もしかしてだけど、魔術もそのお母さんから?」
「ええ、そうね」
アリアも無詠唱による魔術行使など、宮廷魔術師が使うような高等技術を操るが、それもまた、母親譲りの才だった。母、ウルハはその卓越した魔術の腕を魔女である根拠とされて追放され、アリアはその魔術のおかげで捨てられた後も生き延びることができたのだから、皮肉な話ではある。
――捨てられた時にあった魔物避けも、たぶんお母さんがかけてくれたものなのよね……。
祖父母と同様に見ていた二人が、母を促した二人が、アリアのことをどう思っているかは分からない。ただ、ウルハが自分を捨てることを望んでいなかったことは、彼女も理解していた。
そうでなければ魔物避けなんてわざわざしないだろうし、あの夜、抱きしめてくれることもなかったはずだ。
それに、今のアリアなら、どうして自分が捨てられたのかも分かる。
災いを招く魔女、敬愛するウルハが追放される原因となった魔女、そんな存在があの追放者達の村にいたならばどうなるか。例えウルハの娘であろうと、どんな目に遭わされるか分からないし、村がバラバラになってしまう危険がある。
だからウルハは、母ではなく為政者の顔をしたのだ。
アリアはその聡明さ故に、家族のことを恨みきれずにいた。と同時に、よりいっそう、人を信じられないようになっていた。
――例えセスでも、私が魔女と分かったら、その必要があれば、裏切る。だから、いつかは離れないといけない。
それなのに、だ。
――私、彼といたらダメになってしまうかも……。
セスは、あまりに家事のスキルが高かった。料理が上手いのは知っていたが、それだけではなかった。洗濯を頼めばアリアの諦めた染みも綺麗に落とし、道具類も新品同様に手入れしてくれる。お茶を淹れるのも手慣れており、当たり前のように元王族であるアリアの満足するほどのものを用意するのだ。
さすがに下着の類いは自分で洗っていたが、それ以外は完全に彼に甘えきる形になっていた。
しかも、大抵はアリアから頼んだわけではなく、彼が察して先回りするのだから、尚更自分が駄目になっていくのを感じる。
セスとの旅で不満があるとすれば、これくらいだろう。
――元々は高位貴族の使用人あたりなのかしら……?
それならばその所作も含めて納得がいく。アリアが言うのもなんだが、平民出身のようには見えなかった。
「さて、この後なんだけど、もう少し行くと道が二つに分かれてる。左へ行けばエステーリア王国で、右に行けばまた帝国の別の街がある。どっちへ行きたい?」
――エステーリア王国……。
それはアリアの祖国の名だ。追放者の村は別の国にあったから、育った場所という意味では異なるが、それでも四歳まで過ごした場所ではある。
魔女が迫害されない町を探すというアリアの目的上、エステーリア王国に行く意味は、殆ど無いに等しい。
「右で。あの国には用はないわ」
「じゃあ次は、花の街だね」
花の街という呼称は聞いたことがあった。街のいたるところで花を育て、様々な形で売っているらしい。アリアがまだ王族だったころ、魔術で保存されたこの街の花を受け取ったことがあった。
――あれは、どんな人からだったかしら?
たしか何事もなければ、婚約者になっていた相手だったはずだ。少し年上の、隣国の王族だったか、皇族だったか。
少しうんうんと唸ってはみたものの、思い出せない。とはいえ、これ以上森で考え事をするのは危険であるし、今考えても仕方のないことだ。諦めて、周囲の警戒に意識を戻す。
――そういえば、セスの旅の目的ってなんなのかしら?
傭兵としての仕事を求めて、というならありきたりだが、なんとなくそうではない気がしていた。また機会があれば聞いてみてもいいかもしれないと、アリアはその疑問を頭の片隅に置いておくことにした。




