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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第6話 遠き日の温もり

◆◇◆


 茜色の日の光が差し込むそこは、森の中にある小さな村だ。小さな、しかし村人全員で使うにも十分な水量の川が流れるその村は、都会の喧噪とは無縁の長閑な空気に満ちている。

 村人の誰もが笑顔を浮かべ、手伝いを終えて遊ぶ子供達の明るい声が響くような、ごく普通の村。強いて特徴的なところをあげるなら、素朴な村人のわりには着ている服の質が妙に良いことだろうか。何にせよ、刺激は少ないが、平和で、良い村だった。


 そんな村のあぜ道を十歳の程の少女が歩いていた。村人らしくはない美しい銀髪に、深い空色の瞳の少女だ。


「お母さんただいま!」


 村の中でも特に大きな家の扉を開いた彼女は、その先にいるはずの大事な人に無邪気な笑顔を向ける。


「あらアリア。おかえりなさい」


 アリアに柔らかな笑みを返すのは、彼女と同じ銀髪に空色の瞳の女性。瞳はアリアよりも少し色が薄いだろうか。歳は二十代の後半。美しく、村人としては不自然なほどに品のある人だ。彼女、ウルハは炊事場に立ち、夕飯の用意をしているようだった。


「おじいちゃんね、今日の晩ご飯は村長さんのおうちで食べてくるって」

「あらそう。それじゃあ、私たちは私たちで食べちゃいましょうか。おばあちゃん達を呼んできてくれる? 奥の部屋にいるはずだから」

「わかった!」


 ウルハが夕食を作っていたということは、今日は野菜と鶏肉のスープだ。料理はあまりできないウルハの唯一の得意料理で、アリアはこれが大好きだった。だから、もう二人の家族を急いで呼びに向かう。そんなアリアをウルハは微笑ましげに見送った。


 夕食とその片付けを済ませたアリア達は、魔術の灯に照らされる中、食後の茶に舌鼓をうつ。アリアの妹であるエレナが生まれた三年前からの習慣だ。その頃から、この村でも多少の茶葉を栽培するようになっていた。


「もうすぐ六年、ですか」

「ええ。皆には苦労をかけたわ」


 大人だけで会話するときの空気だ、と察して、アリアは妹の相手をすることにした。ただ、耳だけは傾けていた。


「エレナ様をご懐妊なさった状態で城を追放されたときはどうなることかと思いましたが、肩の荷が下りた気分でございます」

「あなたがお腹の子の成長を止める魔術を見つけてくれたお陰よ」


 当時のことは、アリアもぼんやりと覚えていた。あの頃は今よりもずっと大きな家で、ずっと綺麗な洋服を着て暮らしていた。もう顔も思い出せないが、お父様、と呼んでいた人もいた。彼は、王や陛下と呼ばれていた。


「いいえ、ウルハ様。この婆がもっとしっかりしてさえいれば、あなた様が魔女だなどと罵られ、石を投げられることなど許しはしませんでした。不甲斐ないばかりでございます」

「仕方ないわ。こればかりは、相手が上手だった。それだけだもの」


 これはアリアもはっきりと覚えていた。ただ、どうして母が民衆から罵声を浴びせられているのか、石を投げられているのか、当時は理解できなかった。だからいっそう、胸が張り裂けそうだった。

 今暮らすこの村はそのとき、母を信じ、付いてきてくれた使用人や民たちで作った村だ。それだけの人望があったにも拘わらず母は城を追われることになったのだから、本当に、相手が上手だったのだと幼い身でも考えてしまう、


「それより、魔女として追放された私たちが、何事もなく六年も生きてこられたことを喜びましょう。ねえ、アリア、あなたは六年のお祝いに何がしたい?」

「んー」


 今の暮らしは城にいた頃よりも楽しくて、不満はない。特別に何かしたいことがあるかと聞かれても、中々思いつかない。皆元気でいてくれたら十分、と答えるのは、たぶん違うのだろう。そうやって考えていると、妹であるエレナのきょとんとした顔が目に入った。


「エレナにお話を話してあげたい! 前の家でお母さんが話してくれてたやつ!」


 大人二人が顔を見合わせくすりと笑う。その理由が分からず、アリアはぷくっと頬を膨らませた。


 その夜、アリアはエレナを連れ、二人だけで先に寝床に入った。ウルハ達は寝る前の最後の一仕事を片付けていていない。

 いつもならすぐに眠くなるのだが、今日はどうしてか、眠気がこない。エレナもまだ眠くならないようで、もぞもぞと動いている。

 エレナだけでも寝かせた方が良いだろうか、とアリアは温かなベッドの中、母のするように妹の胸に手を置いてみる。代わりにセレナのサファイアのように青い瞳が彼女に向けられた。


「そうだ。エレナ、お姉ちゃんがお話聞かせてあげる」


 実を言えば、以前からいつか話してあげたいと思っていたのだ。夕食後に話したせいで、六年のお祝いまで待てなくなってしまった。母もおらずちょうど良いし、話している内にエレナも寝るだろうと考えると、名案に思える。


 アリアは深く息を吸い、できる限り心を込めて、未だにハッキリと覚えているその寝物語を語り始めた。可愛い可愛い妹が、喜んでくれるように願って。

 それが、いけなかった。


 『雨の日の夜』、と語ると、途端に屋根を水滴の打つ音が聞こえ始めた。

 『動物達は寒さに震え子が親を呼ぶ』、そう語ると、息が白くなって、どこからともなく甲高い動物達の鳴き声が聞こえてきた。

 凄い偶然もあるものだと、アリアは幼心に考えながら語りを続ける。続けるほどに()()は重なって、十年ばかりしか生きていない少女の内にも疑念が浮かんだ。

 

 どうしたことだろうと不思議に思いながらも語りは止めない。もしここで、語るのを止めていたならば、彼女の未来も別のものになっていたかもしれない。

 

 寝物語が終幕の時を迎え、語り部である彼女も重たい瞼を支えきれなくなってきたころに彼女の愛する家族は入ってきた。帰ってきたばかりらしい爺やもいる。少女が張り切る理由としては、十分すぎた。


 最後の一幕、『陽の光に照らされて』、と語れば寝静まっていた村に明るい陽の光が差し混み、『花々は咲き乱れる中』、と語ると建物の内外を問わず草木が芽吹いて花を咲かせ、『動物達は楽しく踊りました』、と語ったままにどこからか現れた動物達が踊る。

 物語のような、夢のような光景が、そこにあった。


 目を輝かせて大好きな家族を見た少女は、次の瞬間、自分がまずいことをしてしまったのだと悟った。


「ウルハ様……」

「……分かっているわ」


 沈痛な面持ちで爺やが母の名を呼んだ理由も、母が城で時折していたような厳しい顔をしている理由も、アリアには分からない。いつの間にか婆やの姿が見えなくなっている理由も幼いアリアでは思い至れない。


「アリア、こっちにいらっしゃい」


 怒られるのだろうか、とビクビクしていた彼女の予想に反し、母の声は優しい。ほっと息を吐いて、知らぬ間に寝ていたエレナを起こさないようにベッドから抜け出す。

 母はそっとアリアを抱きしめた。心の安らぐ温もりに、頬が緩む。大好きな母の匂いに包まれる感触が心地よい。


「アリア、愛してる。……本当に、ごめんなさい」


 どうして謝られたのかを考える前に、【スリープ】という声が聞こえて、意識が途切れる。

 目を覚ましたとき、彼女を包んでいたのは母の匂いではなく、温かな布団でもない、湿った木と土の香りだった。



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