第4話 忘れかけていた温もり
④
「――それで、どうしてまだこんな所にいるのよ」
こめかみを抑えたくなる気持ちを堪えつつ、暢気に手を振る二人を睨む。冷ややかな空色の目の見つめる先にいるのは、金髪紫眼の美青年と、まだ十歳ほどに見える少女だ。
「君が中々来ないからさ。何かあったんじゃないかって思って、探しに戻るか相談してたところだよ」
悪意は見えない。そもそも、青年はともかくとして、幼い少女が彼女を害する理由を持つはずがない。仮に魔女に恨みを持っていたとしても、二人はアリアが魔女と知らないのだから、尚更だ。
今からでも一度街に戻るべきか、途中でまくか、真剣に考える。
――いえ、街に戻るのは無しね。
「あなたたちは、これからどうするつもり?」
「この子を次の街に連れて行くつもりだよ。旅に連れていくわけにはいかないから、知り合いに預かってもらえないか訪ねようと思ってね」
次の街、と呟いて、アリアは口元に手を当てる。それくらいなら、我慢しても良いかもしれないと思える。それに、少女のことが気になっていた。本当に自分と同じ魔女であるかどうかは関係ない。彼女は、魔女として迫害され、独りになってしまった子だ。ここで放っておいて知らないフリをするのは心苦しかった。
――次の街ってなると、子供を連れてのペースだと三日くらいかしら。
うんうんと唸るアリア。ふと気がつくと、楽しげに見つめてくる紫の瞳と純粋な幼子の不安げな瞳があった。
――こうして見ると、本当に普通の子ね……。
茶色い髪に、茶色い瞳。今いるベアテス帝国では一般的な組み合わせだ。そんな少女が、今日、孤独になってしまった少女が、縋るような視線を向けてくる。アリアが諦めるには十分な理由だった。
「はぁ……。次の街までは、一緒に行きましょう」
「うん、よろしく頼むよ」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
抱きついてきた少女の頭をつい撫でてしまう。頬が緩んでいるのも自覚していた。
それはそれとして、青年がにんまりとしているのには腹が立つ。じろりと目だけを向け、睨み付ける。上目遣いに近い形になっているのは、気がついていない。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺のことは、セスと呼んでほしい」
「私はルネ!」
青年の浮かべるのは害意の欠片も感じられない、柔らかな笑みだ。
「アリアよ。……よろしく」
いつぶりか分からない自己紹介に、気恥ずかしさを覚える。向けられているだろう視線から逃れるために下を見れば、ルネの無邪気な笑みがあった。その笑顔を見ていると、閉ざしたはずの心が少しばかり、開かれてしまう気がする。
「アリア……」
ぼそりと呟かれた意味はアリアには分からない。ただ、どうせ三日程度の関係だ。気にする必要はないだろうと、記憶の片隅においやった。
「さあ、行きましょ」
「ああ、そうだね」
アリアとしてはもう少しルネを撫でていたい気もしたが、いつまでも門の前で屯しているわけにはいかない。切り替えて、歩き出すように促す。
願うのは、何事もなく三日間が過ぎること。それと、可能であれば、ルネが魔女であるかも確かめられたらと考えていた。
三日ばかりの小旅行。トラブルさえなければ一つ歳を取れば忘れてしまうような旅になるだろうというアリアの予想は、思わぬ形で裏切られた。
「さぁ、できたよ」
昼間の街道沿いの平原に、美味しそうな香りが漂う。出所は、アリア達の眼前にある小鍋だ。焚き火の上で白い湯気を立ち上らせるそれは、セスの作ったスープだった。
アリアは器に装われたそれと匙、それから黒パンを受け取って、じっと眺める。確かな熱を感じるそれの具材は日持ちのする野菜と干し肉で、非情に簡素なものだ。旅の合間の食事としても特別に豪華というわけではない。ただ、それは一般的な旅人の話。
――野営でこんなの、食べたことない……。
アリアの普段といえば、干し肉などの保存食をそのまま囓るだけ。温かみとは無縁の、ただの栄養補給。彼女の華やかな外見とは裏腹に粗雑な食生活だ。彼女自身、それで良いと思っていた。
そんな普段とは真逆の、温かな食事に、アリアは恐る恐る口を付ける。
「……美味しい」
野菜の甘みと干し肉の塩気が優しい、素朴で柔らかな味のスープだ。ほんのり香るのは、道中で採取した香草だろう。売る目的でアリアの採取したものを請われて提供したのだが、正解だったと思える。
「そう、良かった」
セスの優しげな笑みにまた、気恥ずかしくなって、視線を逸らす。逸らした先にいたルネは無邪気に、そして美味しそうにスープへ浸したパンを囓っていた。
胸が温かくなった気がした。お腹に感じるスープの熱とは違う、不思議な熱だ。久しく忘れていたそれの正体を、アリアは知っていた。
そんなものを感じるとは思っていなかった。どうせ、人なんて信じられない、信じてはいけないのだから。
ただ、二人と深く関わらないようにするつもりなのは変わらなかった。
「そういえば、よく私が分かったわね?」
あまり見られていても居心地が悪い。意識を逸らすためにと、自ら話題を振る。
ただそれは本当に気になっていたことでもあった。二人を助けたとき、アリアの顔は袋で隠れていて見えなかったはずだ。
「あぁ。そんな綺麗な髪、見間違えないよ」
セスは声音は何の気なしの、当然の事実を言っただけだというような声音だった。
これまでも下心を孕んだ褒め言葉を送られることは多々あった。人混みにあっても十分目立ってしまうような容姿だ。褒められ慣れている方であるし、むしろ嫌悪してしまうことすらある。それが原因で酒場の類いを避けるようになってしまったほどだ。
しかし、これほどに純粋に褒められたことは、独りになって以来なかったことだった。顔が熱くなるのを感じる。普段のように社交辞令の礼でも返せたなら良かったが、それもできない。代わりに黒パンを口に含み、言葉を返せない言い訳にした。




