第32話 あなたと語る物語
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「アリアディエ、私と、結婚してくださいませんか?」
伸ばされた手は、傭兵のくせに綺麗で、皇子のくせに硬い。中性的な中に男らしらも混じった綺麗な顔が、アメジストの輝きをアリアに向けてくる。
アリアディエの名を呼んだのならば、これは皇族としての正式な婚姻の申し入れだ。市井の妾ではなく、かつて結ばれるはずだった関係を、正しく結ぼうとしてくれているのだ。
そんな彼の思い。返すべきものは、ずっと前から、決まっている。
アリアは徐に、自らの手をセスの手へ重ねる。
「はい、もちろん、喜んで」
これはきっと、最も幸福な時間だ。
◆◇◆
プロポーズをアリアが受け入れてすぐ、セスは意識を失った。さすがに限界だったようで、彼女の承諾の返事で気が抜けてしまったのだろう。アリアは魔術を使い、魔法で生み出したばかりの家のベッドへ彼を運んだ。安心しきった顔で眠る彼が愛おしくて、ベッド脇に座ったまましばらく眺めていたのは、セスには伝えるつもりはない。
いつの間にか彼女も眠ってしまっていて、起きたときには昼も過ぎようとしていた。足下の影は既に長く伸び始めており、どちらの町に向かうにしても、手前の平原で一泊しなければいけないような時間だ。
ベッドにセスの姿はない。一瞬、あれは全部夢だったのだろうかと不安になる。しかしすぐに美味しそうな匂いがしているのに気がついて、ほっと息を吐いた。
「おはよう、セス」
「おはよう、アリア。もうすぐできるから、座って待ってて」
言われるままに席に着き、料理をするセスの背中を眺める。相変わらず手際が良くて、一国の皇子とは思えない。この家事技術は、彼の母が魔女とバレたときに備えて仕込んだのだろう。
アリアの魔術も、薬草学や医術の知識も、万が一に備えて家族が教えてくれたものだ。そう思うと、おそろいなように思えて、少し嬉しくなる。
――私にもまだ、こんな女の子みたいな感情が残ってたのね。
セスとの旅の中でも何度かあったことだが、改めて自覚すると、恥ずかしい。
「そういえば、よく私の居る場所が分かったわね?」
「ああ、それね」
セスは料理を皿に盛り付け、アリアの前に並べる。昼食は、黒パンに野菜と干し肉のスープだ。
「君の通りそうな道くらいは分かるよ、と言いたいところだけど、たまたますれ違った馬車に聞いたんだ。あとはだいたいの場所を割り出して、しらみ潰しだよ」
なるほど、確かにアリアを追い越した馬車が一台だけだった。あの馬車はある意味、二人の恩人になるのだろう。
お礼をするにはどこの店とも分からない馬車だ。せめてその商売繁盛を祈って、スープへ口をつける。香草の香りがして、干し肉の臭みは感じない。飲み込むと、お腹の底から体が温まるのを感じた。
「この後は、どうしようかしら?」
セスが皇子である以上、出国は難しいだろうと思っての質問だ。
「隣国に向かおうか。せっかくここまで来たんだし」
しかしセスの返事は思っていたものと真逆で、つい手を止めてしまう。
「大丈夫なの?」
「ああ、うん。バレなければね」
彼はまた、悪戯っぽく笑う。それは大丈夫ではないだろうと思いつつ、アリアも目を細めた。
――今更、秘密の一つや二つ、一緒よね。
魔女とバレることと比べたら、なんてことはない。
「でもその前に、国境の街でデートしよう。あの街も少し変わってて面白そうだっただろう?」
「そう、ね。ええ、そうしましょう」
彼と一緒ならどこでも楽しいだろう、というのは胸の内でだけ呟く。
そんな話をしている間に食べ終わり、片付けもあとは器をしまうだけだ。外を見ればまだ魔法の効果が続いているのか、雨期とは思わせない晴天の青空が目に映る。この様子なら、明日もまだ晴れたままだろう。そうなると絶好のデート日和だ。
「よし。それじゃあ、行こうか」
「あ、ちょっと待って」
アリアは鞄を持って奥の部屋に引っ込むと、少しして戻ってくる。その髪は綺麗に編み込まれており、編み込みは後ろの青い花の髪留めによって支えられていた。
「お待たせ。行きましょ」
「うん。……えっと、可愛いと思う」
「そう? ありがとう」
珍しく照れたセスを追い越して、アリアは楽園の花々にも負けない笑みを浮かべた。その笑みは、いつか母に向けていたような、一切の混じり気のない燦めきを放っていた。
―完―
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あとがき
読了ありがとうございました。これにて一旦完結です。
続きは、もしかしたら書くかもしれませんが今のところ未定です。
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読破ありがとうございます。
これにて一旦完結です。
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