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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第3話 物語を紡ぐ魔女

 どうにか気を持ち直して宿へ戻ったアリアは、月明かりばかりが照らす中、ベッドへ腰掛けて顔を覆う。


「うぅぅぅ、どうしよう……」


 どうしてあの時、自分は飛び出してしまったのか。アリアは酷く後悔していた。あの青年は魔女ではないようだったし、放っておいてもどうにか逃げられたんじゃないかという気もする。そうなると自分はただただ無用なリスクを負っただけではないか。そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。

 ――いやでも、あの女の子が本当に魔女って可能性もあるし。そしたら初めて会う魔女だし……。


 だとしたら助けた意味もあった、はずだと、自分に言い聞かせる。

 ――そういえば、ちょうどあのくらいだったかな……。


 アリアが独りになったのも、ちょうどあの少女くらいの年齢だった。十歳だ。そう思うと、助けに入った意味があったように思えてくる。

 それに、独りになってから八年間、アリアは魔女に会ったことがなかった。八年越しに初めて会う魔女、かもしれない相手。

 ――うん、やっぱり助けて良かった。


 仰向けに倒れ込むと、柔らかな感触と体の跳ねる感覚がして、暗い天井に安心しきった少女の顔が浮かぶ。と同時に、金色の髪に紫の瞳を持った美青年の笑みも。

 そうなると再び鎌首をもたげるのは、自分の行動に対する後悔だ。どうして自分は青年の提案を拒否しなかったのか。そもそも自分は人と行動するのが嫌なのだ。ましてや男とだなんて。その後悔を慰めてくれるものは、特に思い浮かばない。

 ――女の子は助けて良かった。けど、あの人の提案を断らなかったのは失敗だった……!


 転げ回りたくなるが、あまり暴れては他の客や宿の人間に何を言われるか分からない。


「顔は見られてないんだし、知らないフリして街に残ってても大丈夫なんじゃ……」


 まさか姿を見せない自分を探しに戻ってくるなんてことはしないだろう、見知らぬ他人も同然の間柄なのだし、と考えると、意外と良い案なのではないかと思えてくる。聖騎士達が主に探すのは青年の方だろうから、アリアに疑いの目は向きづらいはずだ。

 ――いえ、あの人が見つからないってなったら、協力者探しに注力するかも。


 そうするとどれだけ足止めされることか。よそ者のアリアなど、真っ先に疑われ拘束されてもおかしくはない。それは非情にマズい事態だ。


 やはり自分もすぐに逃げなければいけない。こればかりは変えようのない結論に思える。

 ――そうなると、他人と一緒に行動しなきゃならないのね……。


 自身の置く立場が一番の理由ではあるが、もう一つ、もう八年も買い物以外でまともに会話をしていないことも、彼女の気を重くする原因だった。

 ――実際、どうして一緒に逃げる必要があるのかしら? あの子はともかく、私たちは一人の方が逃げやすいでしょ。


 人数が増えるほど目立ちやすくなる。なら、わざわざ一緒に行く必要なんてないのではないだろうか。考えれば考えるほどにそう思えてくる。

 ――あれ、そもそも、一緒に行くなんて一言も言ってないような……。


 いくら記憶を辿っても、思い至らない。拒否もしていないが、肯定もしていないのだ。


「よし、決めた。あの人が諦めて出発したあとで出よう」


 状況は逼迫してるのだから、あの青年もそれほど長く待ってはいないだろう。夜明け前にならもういないはずだ。

 ――それまで軽く寝よう。そうしたら、また、いつも通り……。


 アリアが目を覚ましたのは夜もすっかり更け、筋金入りの酒飲みを相手にするような酒場すら炉の火を落とした頃だった。今から食事の用意をすればちょうど日の出を拝めるくらいの時間だろう。

 まだ眠気の残る眼を擦って窓の外を見ると、空は分厚い雲で覆われていて星の影は見えない。


 魔術で出した水で顔を洗ってすぐに部屋を出る。真っ暗な廊下に音はなく、ブーツの鳴らす音がよく響いた。

 階下へ降りると、厨房の方からは灯が漏れている。朝早くに出立する者の朝食を用意しているのだろう。


 アリアはそちらに声をかけることなく、預かっていた鍵を受け付けの奥に置く。それから音を立てないよう、ひっそり玄関の戸を開けた。


 眠る街の冷たい風がアリアの長い銀髪をさらう。僅かに残っていた眠気も一緒に(さら)われて、空色の瞳が鮮やかに煌めいた。

 代わりに風の残したのは、遙か彼方の土と草木の香り。雨の匂いだ。

 ――これは、降りそうね。


 これからまた、長い距離を歩かなければいけないというのに、雨が降っては大変だ。逃避行には雨は好都合だが、それでもやはり、晴れている方が心地よい。


 だから、紡ぐ。祈りを、物語を。魔女としての力を。


「『これは、親を亡くした兄妹の物語。辛苦の中にあって、心清いままに育った兄妹の物語。明日(あす)に結婚式を控えた妹と、その兄の願い』」


 眠れる街を起こさないよう、静かに謡う。


「『ああ、明日はこの人生で最良の日だというのに、どうして天は涙しようとしているのか。苦労をかけた妹が、とうとう幸せになろうとしているのに、どうして天は祝福してくれないのか』」


 仮に酒場で語ったならば、どんな歌姫も前座に変える。そんな歌声が、静寂の街に響く。


「『どうか、どうか精霊様、風を司る精霊様。その御慈悲で、御力で、私の宝物を、妹を、祝福してくださいませ』」


 観客は夢に沈む街と、涙湛えた天ばかり。たったそれだけの観客に、アリアの祈りが、届けられる。


「『風の精霊は哀れんで、その願いを聞き遂げた。彼女が手を振るとぴゅうっと風が吹いて、天にかかる暗雲全てを吹き飛ばす。そうして兄妹は人生最良の日を迎え、ずっとずぅっと、幸せに暮らした』」


 アリアの語るに併せて現れたのは、透き通った体の美しい女性だ。彼女がアリアの語ったように腕を振るうと一陣の風が吹いて、空の雲を全て、吹き飛ばす。

 姿を見せたのは満点の星空。アリアの行く道を月明かりが照らす。


 これがアリアの力。魔女が魔女たる所以、魔法の力。

 語った物語を現実に再現する、人智の及ばぬ法。


「本当に、便利な力」


 それはアリアを独りにした力。と同時に、アリアを生かした力。

 齢十に過ぎない彼女を愛する家族から引き離し、追放に至らせたものではある。それでも、アリアはこの力を気に入っている。

 ――だって、どんなものも、私の力だもの。


 この力があれば、彼女は独りでも生きていける。幸せになれる。そう信じていた。

 ただ、思う。もし、この兄妹のように、誰かが祝福してくれたなら、愛する家族と、ずっと幸せに暮らせたなら。

 ――私は、どんな人生を送っていたのかしら。


 独りではない人生。もしそんな人生があったなら。それはそれで幸せだったのかもしれないと、アリアは天を仰ぎ見る。


 だから――


「やぁ」


 門を出た先で日の出を背に待つ二人を見たとき、アリアは一瞬、夢を見た。独りではない、物語の兄妹のような人生の夢を。



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