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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第29話 森に独り

 八年前、家族に捨てられ、独りとなったときも、洞窟が見つからなかったときはこうして雨を凌いでいた。彼女の人生でおそらく最も苦しかった時期だろう。齢十の少女がたった独り、魔物の蔓延る森の中で生きなければならなかったのだから。


 仮にも元王族であるアリアはこの時まで戦った経験がなかった。それどころか、喧嘩したことすらない、そんな少女だった。その少女が急に生き死にを賭けた争いの世界に放り込まれて無事で居られたのは、母から教わっていた魔術と、魔法のおかげだ。


 魔女と誤解されるほどの母の魔術の才をしっかりと受け継いだ彼女は、十歳時点で傭兵として十分通用する程度の魔術を身につけていた。

 彼女はその魔術を使って襲いかかってくる魔物を返り討ちにし、彼らの血肉を啜って生き延びた。あの頃のアリアは、まさしく語り継がれる悪い魔女そのものだった。


 魔術でどうにもできないことは、魔法で解決した。特に、心のことだ。

 一度、魔物に殺された傭兵を見つけた時、無残な姿で横たわる彼か彼女かも分からない相手をアリアは羨ましく感じてしまった。この人は生きる苦しみから解放されたのだな、と。


 そんなことを考えてしまったことが恐ろしくなって、アリアは物語を語った。森の精霊に導かれて楽園に辿りつく話だ。目の前に再現されたその物語のおかげで彼女は、生きる意思を失わずに済んだ。

 ――あれは、どんな物語だったかしら……。


 村にいたころに本で読んだもののはずだが、ぼんやりとしか思い出せない。思い出せたのは、今使っている鞄はその傭兵の持っていたお金で買ったということだけだ。


 しばらくそうして炎を見つめていると、緊張が解れたからか、空腹を自覚した。鞄から鍋と食料を取り出して焚き火にかける。干し肉を切る解体用ナイフは、誰と知らぬ傭兵の死体の側に落ちていたものだ。


 野菜と干し肉だけで作ったスープは、彼女の思っていたよりも味気ない。しかしこの味にも、早くなれないといけない。そんなことを考えながら彼女は鍋を空にする。


 鞄を枕にして横になると、炎の影に時折揺れる真っ黒な天井が見えた。その闇に思い浮かべたセスの顔は影が差していてよく見えない。彼はどんな顔をしてアリアを探しているのか、それを想像するのは、少し怖かった。


 もし憎悪に染まった表情をしていたらどうしようか。ついそんな悪い想像もしてしまう。いや、それならそれで、彼に幻想を抱いていただけだと知れて良いのかもしれない。

 ――むしろ、必死に探されていた方が辛いかも……。


 その必死さが好意故ならという但し書きはつくが、それほど真剣に求め、探してくれていたのだとしても、彼の皇子という立場は魔女を切る以外の選択肢を許さないだろうから。


 何にせよ、明日には嵐が過ぎ去っていたら良い。そう願いながら、アリアは意識を手放した。


 小鳥の鳴く声が聞こえて、アリアは目を開ける。途端に感じた眩しさ。反射的に手をかざして遮ると、徐々に意識がはっきりとしてきた。

 パチパチと弾ける音は、薪の燃える時のものか。オレンジ色に揺れる灯が土の小屋の朝日の届かない辺りまで差し込んで、穏やかに影を揺らめかせている。


 雨は、どうやら止んでいるらしい。雨粒の木の葉を叩く音は聞こえない。風は分からないが、少なくとも朝の心地よさを害するほどのものではないらしい。


 寝ぼけ眼を擦りながら土の小屋を崩し、更地に戻す。途端に降り注いだ朝日と森の香りに、アリアの思考力もようやく目を覚ました。

 ――どうして、火が点いてるのかしら……?


 あの程度の薪なんてとっくに燃え尽きてしまっているはずなのに。不思議に思いながらゆっくりと体を起こす。


「おはよう、アリア」


 柔らかな声が、彼女の鼓膜を揺らした。


「ええ、おは、よ、う……」


 当たり前のように返しかけて、絶句した。それは、聞こえるはずのない声だったから。


「まったく、先に行くならそう言ってほしかったな」


 冗談めかしたそれは、いつか聞いたのと全く同じ調子の、全く同じ言葉。息を吸うことすら難しいアリアの視線の先で、アメジストの瞳が優しく微笑む。綺麗な金色の髪の青年は、小屋の隅だった場所で、片膝を立てて座っていた。


「セス、どうし、て……」


 どうにか絞り出したのも、以前彼が追いかけてくれたときと同じ言葉だ。しかし込められた感情は少しばかり違う。


「どうしてって、急にいなくなられたら心配にもなるさ」


 なおもあの日をなぞるセスに声を荒げそうになって、押しとどめる。彼にはまだ剣へ手を伸ばす様子はない。それがタイタンオーガを屠った時の現象を魔法と確信できていないからなのか、分かった上で話があるからなのかは、アリアには判断できなかった。

 ――とにかく、逃げないと。でないと、セスに……。


 セスに、剣を向けさせてしまう。彼に裏切られるのも、望まぬことをさせるのも、どちらも嫌だ。家族の時と同じ過ちは、繰り返したくない。

 心の中で叫んだそれを力に変えて、アリアは急ぎ立ち上がる。


「待ってアリア!」


 その腕を、セスが掴んだ。バランスを崩してしまってアリアは倒れ込む。しかし思った衝撃はこなくて、代わりに、全身を包み込む温もりと僅かな湿り気を感じた。背中越しに顔を上げると、すぐそこに、アメジストの輝きがあった。



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