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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第23話 二人の物語

「『ある、ところに、勇者がありました』」


 セスの体を光が包んだ。驚く彼の体はこれまでよりもずっと早く、強く動く。


『彼の一撃は竜の鱗さえも切り裂きます』

 

 反撃の一撃がタイタンオーガの腕を深く切り裂いた。噴き出す血潮。その先には白い骨が見える。


「『しかし、その心は、誰よりも優しい、ものでした』」


 胸の傷が痛み、アリアもいつものようには謡えない。それでも、十分に美しい。


「『そんな勇、者に、恋をした娘が、おりました。彼女は、心の清く、美しい、ごく普通の村娘でした』」


 タイタンオーガの目がアリアに向いた。セスが急に強くなった理由を察したのだろう。彼から距離をとり、倒れた大木をアリアへ投げつける。


「『世界中を旅、し、悪い魔物を、倒して回る、勇者の力に、なりたい娘は、しかし、死の病に侵されて、なにもでき、ません』」


 凄まじい速度でアリアへ迫る巨木。人ひとり潰すくらいなら訳のないそれを、セスが許さない。剣の一振りで二つに別ってみせる。


「『だから、せめても、と、娘は精霊様に、祈ります。勇者が、今日も、無事で、元気であります、ように、と』」


 再びセスの体が光り、傷が癒えた。疲れも消えたようで、動きのキレも増している。

 

「『彼女の、清らかな、愛に心を打たれた、精霊様は、娘を癒やし、そして一つの力を与えまし、た』」


 アリアの傍らに美しい半透明の女性が現れて、彼女の額に口づけをする。すると右腕の腫れが引いて美しい白い肌に戻り、足も自然な形となる。胸の痛みも引いていた。


「『それは、光の力。心正しき者を癒やし、悪しきを滅ぼす、精霊の力でした』」


 アリアはゆっくりと立ち上がり、離れたところで戦うセスとオーガの下へ歩く。彼女の体を包んでいるのは、白銀の神々しい光だ。

 それが自身の命を脅かすと、タイタンオーガに分からないはずがない。鬼はセスを無視し、腹を切り裂かれながらも強引にアリアへ向かって走ってくる。


「『勇者と共に旅をするようになった娘は、その力で悪を滅ぼし、人々を癒やして回りました。そして、いつしか聖女と呼ばれるようになりました』」


 アリアは徐に片手を上げ、タイタンオーガへ向けた。鬼の雄叫びは、恐怖する自身の心を奮い立たせるためのものか。


「『そして、長い年月の果て、世界に悪はいなくなり、平和になりました。その平和な世界で、勇者と聖女は夫婦となって、幸せに暮らしました』」


 彼女の手から発せられた光はセスごとタイタンオーガを包む。影響を受けたのは、オーガだけ。その鈍色の巨体を端から崩れさせ、少しずつ、滅びていく。

 アリアへ伸ばした腕も届かない。何も掴むことはなく、そのまま、塵となって、跡形もなく消えた。


 光はゆっくりと静まっていく。セスを包むものも、アリアを包むものも、残らない。辺りは再び薄暗くなって、すれ違う距離ですら表情の判別が難しい。

 

 森には再び静寂が戻っていた。周囲の木々は数え切れないほどの数がなぎ倒されていて、いつの間にかそれなりに大きな広場となってしまっている。タイタンオーガの存在したことを示すのは、抉れた地面くらいなものだ。

 それなのに、空は暗い。今にも泣き出してしまいそうだ。


「アリア、今のって……」


 セスの表情を、アリアは見れない。彼がどんな表情をしているのか、知りたくない。もし、恐怖したものだったら、憎悪に染まったものだったら。

 背中を向け、極力感情を殺して、告げる。


「今まで、ありがとう。ご飯、いつも美味しかったわ。……さようなら」

「アリア! くっ……」


 頬の濡れるのを自覚しながら、アリアは走る。森の出口に向けて、ひたすら。

 あれだけ激闘を繰り広げたのだから、他の魔物なんているはずがない。セスも、魔法による強化の反動ですぐには動けないだろう。


 今のうちに、遠くへ行かなければ。二度と彼と出会わない、遠くへ、異国へ。


 門を抜け、人々に怪訝な目を向けられるのを感じながら、石畳の上を走って借りていた家に戻る。思い出の詰まった家から必要最低限の荷物だけを回収すると、玄関に鍵すらかけずすぐに出発した。

 途中、傷薬の納品先に立ち寄って、急に旅立つことになったとだけ伝える。やはり不思議そうな目を向けられたが、彼女は何でもないですとだけ言って、森とは別の方角にある門へ急いだ。


 門を出て、一度だけ、振り返る。石の壁に囲まれた木造の町は、アリアの心の内とは関係なく、いつものようにそこにある。脳裏にいくつもの記憶が過ったが、全て無視した。


 気がつけば、雨が降り出していた。だんだんと地面が泥濘んできて、歩きづらい。しばらくそのまま歩いていた彼女は、思い出したように外套をとりだして、フードを被った。


 街道を行く間、後ろから柔らかな声がかけられることはなかった。


 帝国によくある石でできた町。灰色のその町の宿屋でアリアは独り、目を覚ました。

 眠い目を擦り、のそのそとベッドから抜け出して身支度を調える。髪を直すのに思ったよりも時間がかかってしまって、切ってしまおうかと考えた。魔術を使えば、すぐだ。


 悩んでいると、荷物の中に青いもの見えた。それはたくさんの花弁が重なった花の髪留めだった。セスと別れて以来、鞄の中にしまいこんでいたものだが、捨てることはできずにいた。

 ――まだ切らなくてもいいか……。


 いつも切るくらいの長さになったらでも、遅くはない。どうせ待たせる人もいないのだから。


 アリアは借りている部屋を出て、待つ者のいない宿の玄関へ向かう。行き先はこの町の仲介所だ。急いで移動したいところではあったが、資金が底を突きそうだった。

 一人で宿の玄関を出るとき、心にぽっかり空いた穴を自覚した。



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