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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第22話 二つの愛

 彼が自身の横まで下がってくるのを確認して、構築したそれを解き放つ。


「【デュアルエクスプロージョン】!」


 閃光が奔った。爆音が轟き、少し遅れて暴風がアリアの銀髪を巻き上げる。タイタンオーガのいた場所を起点としたそれは、そばにあった大木も、地面も、全てを吹き飛ばす。


 爆破魔術の二重起動だ。二つ同時に発動してなお【サンダーボルト】には届かない程度の威力だが、影響範囲は桁が違う。

 素早くて当たらないなら、逃げられないくらい広範囲を吹き飛ばせば良い。


 とは言え、これでどうにかなる相手ではないのは分かっている。爆煙に隠れた先には無事なアレの姿があるだろう。今こうしている間にも、再生を始めていると思われる。

 ――畳みかける!


「【エアバレッド】!」


 精度よりも威力に比重をおいた無数の空気の弾丸が煙を散らし、その向こうのタイタンオーガを打つ。半身の焼け焦げた姿が見えた。身を仰け反らせてはいるが、赤熱した皮膚が徐々に鈍色を取り戻しているあたり、再生を続ける余裕はあるらしい。


 何にせよ隙だらけだ。セスの刃が閃いて、右足の親指を根元の関節から切り飛ばした。

 ――あれくらいなら!


 転がり落ちた親指を狙って火球を撃つ。焼失させるとまではいかないまでも、これで簡単には再生できない。

 憎々しげな鬼の目がセスへ向けられて、巨大な手が伸ばされた。掴みかかろうとするそれを、セスはひらりひらりと躱す。しかしその表情は険しく、楽でないのは一目瞭然だ。そう遠くないうちに捕まってしまうかもしれない。そうなれば彼は一瞬で握りつぶされて、ミンチだ。

 ――助けないと。サンダーボルト、じゃあ巻き込んじゃう。じゃあ……。


 セスがチラとアリアを見た。アメジストの瞳は、何かを訴えかけるような強い光を放っている。その意味をはき違えるアリアではない。


 知覚速度向上の魔術の出力を少しばかり下げ、今から使う魔術の余裕を作る。


「『猛る天帝よ、罪人(ざいにん)にその裁きを。凍える女王よ、咎人(とがにん)にその抱擁を』」


 意識を集中し、丁寧にゆっくりと魔術を組み上げていく。威力は当然最大になるように。ただし、精度を誤れば近くのセスも、十分に離れているはずのアリアも、その大魔術に巻き込まれて一瞬のうちに絶命してしまう。


「『その罪を(あがな)えるよう、その罪を二度と犯さぬよう、迷える()の者に汝らが愛を』」


 アリアの完全詠唱、それも、普段セスの唱えるものの数倍の節数を持った長文詠唱によって、その魔術は構築される。彼女ですら迂闊に詠唱を省略できないこの魔術は、【サンダーボルト】より数段上位の大魔術だ。その危険性に、タイタンオーガが気がつかないはずがない。


「セス!」


 本能の鳴らした警鐘にオーガの気が逸れた。その一瞬にセスは鈍色をした左足の小指を切り落としつつ、勢いを殺さないまま離脱していく。

 ――今っ!


「違えし者に汝らが慈悲を【フリージングサンダー】!」


 最後のキーワードを唱えると共に、それらは顕現した。暗い天から降り注ぐのは、青白い無数の雷だ。枝分かれしながら伸びるそれがタイタンオーガを穿ち、そして凍らせる。

 巨体を焼き氷に変える凍てつく(いかずち)は、すぐには降り止まない。あの内にいるものにとっては無限にも等しい時間なのではなかろうか。苛烈な愛に悶える化け物の悲鳴は、雷鳴にかき消されて彼女らには届かない。

 ――これで終わってくれたらいいのだけど……。


 肩で息をしながら手をかざして雷光の中を見ようとする。当然目を向けられる光量ではないが、そうせざるを得ない。未だ不規則に振るえる地面がタイタンオーガの生存を教えてくるのだから。


 しかしその地響きも徐々に収まって、感じなくなった。少なくとものたうち回るのは止めたらしい。

 やがて魔術の効果時間も終わり、彼女の視界も戻る。タイタンオーガが居たはずの場所には、白い冷気を放つ氷の大地と、巨大な人型の氷像があった。


「勝った、の……?」


 実感が湧かず、呟く。しばらく待ってみても動く気配はなく、静寂は保たれたままだ。

 左の方からセスがじりじりと寄っていくのが見えた。彼もまだ、疑っているようだ。


 もしもこれで、まだ生きていたら。考えたくない話だ。力の入りきらない足で、アリアは知らず知らずのうちに近づいていく。


 天へと手を伸ばし、もがき苦しむ氷像。それは分厚い氷に覆われていて、多少近づいたところで中は見えない。

 見れば見るほど、タイタンオーガが無事なようには思えなかった。これで無事な生き物が居るはずが無かった。

 いや、信じたくなかった。お願いだから、死んでいてほしい。心の底から願う。


 その祈りは、届かない。

 パキッと氷の割れる音がしたかと思うと、彼女の眼前には巨大な鈍色があった。増加した知覚速度のおかげでどうにか認識はできたが、避けられない。ほとんど反射で防御の魔術を行使する。


 凄まじい衝撃。暗転した視界に閃光がチラついて、浮遊感に襲われる。

 それから全身を打つ感触があって、天と地が何度も交互に現れた。


「アリアっ!」


 その声のおかげでアリアはどうにか意識を保てた。朦朧とする意識の中、左腕を支えにどうにか体を起こし、彼女の体を受け止めたらしい大木へ背を預ける。そのまま立ち上がろうとして、激痛が走った。

 ――足、折れてる……。右腕も……。


 視界に映るのは、あらぬ方向に曲がった左足だ。右腕も紫色に腫れあがっていて上げられない。

 ――セスは……。


 息も絶え絶えになりながら、アリアは視線を前に向ける。そこには金色の髪が美しい、たくましい背中があった。

 彼が剣を向ける先には、右腕を失い、体のいたるところを凍り付かせたタイタンオーガがいる。よく見れば抉れている箇所も多く、瀕死に近い状態ではあるだろう。


 それなのに、その目に灯った闘志に衰えた様子はない。むしろ怒りでより激しく燃え上がっているようだ。

 ――無理。セス一人じゃ、勝てない……。


 それでもなお、勝ち目があるようには見えなかった。


「セス……、にげ、て……」


 セスには、彼女の夢見た町を作ってもらわなければならないのだ。二人の夢を叶えてもらわなければならないのだ。

 ここで一緒に死ぬなんてことは、許しちゃいけない。


 しかし彼女の声が届いていないかのように、セスは動こうとしない。のそのそと歩きづらそうに近づいてくるタイタンオーガからアリアを庇うように立ったままだ。


 タイタンオーガが拳を振り上げた。叩きつけるように振るわれたそれをセスは剣でいなし、反撃に切りつける。しかし付けられるのはすぐに治ってしまうような傷ばかり。間接や目、喉笛といった柔らかいところを狙おうにも、それではアリアが危険だ。


「おね、がい。にげ、て……」


 声を発する度に胸に鋭い痛みが走る。あばらも折れているらしい。


 鬼の手刀が彼のすぐ横を掠めた。飛び跳ねた礫でその顔が傷つく。血の滴る様子からして、傷はそれなりに深い。


 時間の問題だ。彼があの化け物の豪腕に捉えられるのは。

 タイタンオーガは片腕であるし、足の指がないことでバランスを取りづらい状態にあるから今はどうにか捌けている。それでも、再生が終わってしまったら、セスの体力が尽きてしまったら。


「セ、ス……!」

「無理だよ。君をおいて、逃げるなんて」


 アリアがこれほどに願っているのに、セスは、タイタンオーガの猛攻を躱しながらそんなことを言う。

 ――ああ、この人は、何があっても逃げない……。


 それが分かってしまった。

 例え死んでも、セスはこの場に立ち続ける。


「『勇あるものに更なる力を【パワーゲイン】』、『聡きものに更なる知見を【パーセプションゲイン】」


 セスが筋力と知覚速度を上げた。先にかけていた魔術と合わせて、三重の強化だ。常人なら十秒と保たないほどの負荷がかかっているはずだが、彼は涼しい顔のまま、剣を握り続ける。


 救援はまだしばらく来ない。このままではセスが死んでしまう。それは、嫌だ。せっかく信じられる人に会えたのに。

 ――もう、使うしかない。彼が死ぬよりは、ずっと良い。


 どうか、彼が魔女と疑われただけで不幸になる人のいない町を作ってくれますように。


 そう願って、アリアは祈る。そして届ける。世界へ、彼女の物語を。



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