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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第20話 静かな森

 納品を済ませたアリアは、すぐに町の外に出る。遠くにあったはずの雲はいつの間にかすぐそこまで来ていて、平原を抜ける風が湿っぽい。

 よく踏み固められた道を急ぐ。まだ引き返してくる傭兵の姿は見えず、普段と変わった様子も見られない。


 あらかじめ知らされていた場所は、門からさほど離れていない辺りだ。急いだおかげか十分とかからずその入り口まで辿り着けた。まだここから森へ入って少し進まなければならないが、それも数分の話だろう。


 普段と変わらない森の入り口。まだ木々も疎らだからか、風に揺れる草木がざわざわと音を立てている。しかし頭上まで雲が来てしまったからか、いつもは明るいあたりでも夕暮れ時のように暗い。

 アリアは暗視の魔術を発動して、セスの姿を探した。


 探知の魔術も使い、木々の隙間に目を懲らす。暗い森の中でも彼の金髪は目立つはずだ。そこに赤の混じっていることが無いよう祈り、奥へ奥へと進む。


 ――おかしい……。

 違和感を覚えたのは、セスがいるはずの範囲に入ってすぐだった。

 あまりに静かすぎた。普段ならもう少し獣の気配があるはずだ。この辺りなら、弱い魔物がいくらか探知に引っかかってもおかしくはない。それなのに、何もない。


 不意に木々がざわめいた。樹上で突風でも吹いたのだろうか。なんでもないはずのその音が、アリアの胸の内すらかき乱す。

 募る不安。気ばかりが逸って、探知の魔術の制御が覚束なくなる。嫌な想像が頭を徐々に浸食していって、彼を一人で行かせたことを後悔しはじめていた。


「居たっ……!」


 魔術の探知範囲に覚えのある反応があった。急いで向かえば、緑の隙間に美しい金が見える。セスの髪色だ。

 大きな声で彼の名を呼びたくなった衝動を抑え、隙間を縫って近づく。


「セス。良かった……」

「アリア。どうしたんだい、そんなに慌てて」


 セスは、普段と変わらない様子で顔をほころばせる。怪我も特にしておらず、本当に無事なようであった。


「実は、さっき――」


 消耗の激しい探知の魔術を解除してから、先程傭兵団が運んでいたサマエルスネークについて話す。それだけで事態を把握したようで、セスは目つきを鋭くした。


「急いで森を出よう。もう依頼分は最低限済ませてあるから」

「ええ」


 二人は踵を返し、周囲に警戒しながら森の出口を目指す。やはり、生き物の気配が感じられない。


「今日の森は妙に静かだとは思ってたんだ。サマエルスネーククラスの大物が出てきてたなら当然なんだけど、でも、まだ森はおかしいまま。つまり――」

「サマエルスネークが逃げ出すような何かが、まだ近くにいる」

「だろうね」


 アリアの嫌な予感が当たってしまった。サマエルスネークですら、一体で災害指定されるような化け物なのだ。その中でも特に強力と思われる個体が逃げを選ぶ相手となると、いったい何がいるのか、考えたくもない。

 魔法なら対処できるかもしれないが、強力な分、隙もあるのが彼女のそれだ。物語を語らなければいけない以上、突発的に出会ってしまえば魔法を使う暇はない可能性が高い。


 セスがいるならその隙も生まれようが、彼に気付かれないよう物語を語るのは至難だ。気もそぞろにボソボソと語っては発動条件を満たせない可能性も大きい。彼女の魔法は、その祈りが、心が、世界に届く必要があった。


 万が一にも出会わないよう願いながら先を急ぐ。これ以上消耗するのは危険だが、探知の魔術をもう一度使うべきだろうか。

 アリアは少し迷って、発動する。瞬間、顔を青ざめさせた。


「セス」

「……見つかってる?」


 ぎりぎりまで落とした固い声、それだけで伝わった。


「ええ。凄いスピードでこっちに向かってる。サマエルスネークも逃げるはずだわ」


 これほどに大きな気配は、アリアも感じたことがなかった。一人でいるときに出会っていたら、まず間違いなく、殺されている。二人の今でも魔法無しでは怪しい。運が良ければ勝てるかもしれないが、それも確かではない。


「逃げ切れそう?」

「ダメね。すぐ追いつかれる。増援を呼べる位置まで行けるかも怪しい」


 仮に増援を呼べたとしても、二人が無事なあいだに間に合うかは怪しい。斥候がこの場まで移動するだけで三十分はかかるだろうし、戦力を集める時間を考えたら、一時間見ても良い。


「それじゃあ、覚悟を決めるしかなさそうだ。合図だけ頼むよ」

「死んだら恨むから」


 二人は少し開けた位置で立ち止まり、戦闘態勢を整える。アリアの信号魔術が上空に打ち上げられると、森は再び沈黙に包まれた。

 辺りには風の音一つしない。アリアの唾を飲み込む音がして、鼓動が耳を塞ぐ。その(たお)やかな手が汗ばんでいるのも感じていた。


 ベキっ、と木の折れる音が聞こえた。かすかに大地も揺れている。こめかみを汗が伝う中、その振動はどんどん近づいてくる。

 そして、それが姿を現した。のれんを手で避けるよう大木をへし折り、茂みを踏み潰す、人型の巨大な影が。


「タイタンオーガ……」


 鈍色(にびいろ)の肌に、筋骨隆々とした鋼のような肉体。その顔は見上げてもよく見えないほどの高さにあって、武器は持たず、腰布一枚だけの姿。

 タイタンオーガ。子供を寝かしつけるための物語に出てくるような、伝説上の化け物が、そこにいた。


 大人五人分ほどはある巨躯が屈められて、牙をむき出しにした恐ろしい形相が二人を睨む。血走った目は赤黒く、額には角が二本。

 思わず後ずさりしてしまったアリアを赤黒い瞳がぎょろりと追った。そして、鬼の顔が醜く歪む。

 ――これは、嗤った……?


 完全に獲物としか見ていない顔だ。これから喰らう二匹はどんな味がするだろうかと想像し、心躍らせている顔だ。酒場で酔った男どもがアリアへ向けるよりもずっと醜く、気持ちが悪い。


「いくよ……!」



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