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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第2話 謎の青年

 旅に必要な消耗品の補充を終えたころには、すっかり暗くなってしまっていた。しかし大きな街だけあって通りは賑やかで、灯の付いている店も多い。子供を連れ歩く家族の姿も見えるのだから、治安も良いのだろう。

 一般的な旅人であれば、これから街に繰り出し、夕餉と共に酒宴やそういった場での出会いを楽しむ時間だ。ただ、アリアはその一般的という括りの中にはいなかった。


 買った物を入れた小袋を脇に抱えた彼女は、周囲に目もくれず宿を目指す。子供達の楽しげな声も、店主の客を呼ぶ声も、気を引くものではない。むしろ耳に入れたくないとすら思える。

 唯一気になるのは時折巡回している衛兵の視線で、視界に入る度につい身構えてしまいそうになるのを堪える必要があった。


「――っ!」


 風に乗った何かが、アリアの耳に届いた。これも気にする必要のない音、のはずなのに、妙に気になる。

 耳を澄ませてみるが、風の神の気まぐれなのか、もうそれらしい音は聞こえてこない。


 正体の分からない予感は心の片隅に引っかかったまま。とはいえそこで考え込んでいてどうにかなるものではない。けっきょく諦めて宿へ足を進める。

 ――なんだか、聞き覚えがある気がしたんだけれど……。


 ごく最近のはずだ。もう少しで思い出せる気がする。そんな彼女の思考故なのか、風の神は再び気まぐれを見せた。


「――は、――ない!」


 今度は少しだけ、言葉も聞き取れた。

 ――この声、あの時の……。


 思い出したのは、街に着いたばかりの時にぶつかった青年だ。魔女と罵られていた少女を助けた青年。彼が誰と言い争っているのか、気になった。


 覗くだけなら、と声のする方向に歩みを進める。辿り着いたのは、アリアも宿泊している宿の裏手だった。やや広めの路地裏に通行人の気配はなく、多少不審な行動をしていても咎められる恐れはない。建物の陰に身を潜め、僅かに顔を出す。

 ――あれは、魔女狩りの聖騎士たち?


 青年が言い争っていたのは、皇帝直属の騎士である聖騎士、その中でも魔女狩りを専門とする部隊の者達だった。

 思わず顔を顰めてしまう。アリア自身はまだ直接狙われたことはないが、魔女の迫害の最前線にある彼らは、彼女からすれば憎悪の対象にも近しい。

 ――でも、どうしてそんな奴らとあの人が?


 青年の正体をアリアは知らない。もしかしたら、魔女に関わる存在か、若しくは魔女そのものなのかもしれない。魔女の持つ力は性別を問わず発現すると、以前聞いたことがあった。

 ――もし魔女なら、助けないと……。


 知らず知らずのうちにアリアは体を前のめりにする。しかし暗くて見えない部分も多い。話している内容も途切れ途切れで上手く聞き取れない。仕方なく暗視の魔術を使うと、青年の背後に昼間魔女と罵られていた少女の姿があった。


 どうやら魔女狩り部隊の聖騎士達は少女を連行しようとしているようで、青年がそれを庇っている様子だった。

 ――あの人は、魔女じゃなさそうね……。


 アリアは何故か少し、残念に思っている自分に気がついた。その理由を考えようとして、聞こえた金属音に視線を上げる。聖騎士達が剣を抜いていた。つい数秒前までは無かった殺気を全身から発しており、青年ごと殺そうとしているのが分かる。


 青年も剣を抜き、応戦する構えだ。しかし多勢に無勢。魔術と剣に長けた聖騎士五人を相手にして、あの青年が勝てる未来は見えない。逃げるだけならどうにかなるだろうか、と考える間に、戦いが始まってしまった。


 青年は上手く位置取って、常に一対一になるように戦っているようだった。剣の腕はアリアの予想していた域を大きくは超えないが、戦い方が上手い。

 ――あの人、思ってたより強い。けど……。


 聖騎士側も迂闊には魔術を使えない街中だ。彼だけなら、万が一があったかもしれない。しかし、今は少女を庇いながら戦う必要があった。それに長引けば、聖騎士側の増援が来る可能性もある。

 ――私なら、助けられる。五人くらいなら、魔術だけでどうにかできる。だけど……。


 アリアには、聖騎士達の前に迂闊に出られない理由があった。もし顔を見られてしまったら、逃亡生活が始まってしまうかもしれない。どう考えてもハイリスクで、合理的な選択をするなら、見捨てるのが正解だ。

 ――だけど……。


 聖騎士達に怯え、縮こまる少女が目に入った。それを庇って命がけで戦う青年の姿が見えた。

 次の瞬間、気がついたら、アリアは飛び出していた。


 買い物に使った布袋を中身をぶちまけて被ったのは、僅かに残った理性の為した技だ。透視の魔術を使えば布袋越しにも視界には困らない。

 ――【エアバレッド】!


 生み出されたのは、高圧空気の弾丸。高等技術である無詠唱による魔術の行使に加え、不可視の風魔術による不意打ちだ。その精密射撃は、いかに聖騎士であっても躱せるものではない。

 頭部や背中、腹部を襲った強い衝撃は鎧ごしに肉体へ伝わり、屈強な騎士達を悶えさせる。当たり所の悪かった者は今の一撃で気絶してしまったようで、起き上がる気配はない。


「助力、感謝する!」


 被害を免れた騎士二人が呆気にとられる中、青年はすぐさま状況を理解した。剣の束でがら空きの頭部を殴りつけ、一人を気絶させ、さらにもう一人の剣を弾き飛ばす。そして足を払って転ばせた。


「『病めるものに健やかな眠りを』【スリープ】」


 青年の使ったのは、病人やけが人を無理矢理に眠らせる魔術だ。攻撃性のないそれに転ばされた聖騎士は抵抗できず、寝息を立て始める。

 ――殺したら無駄に騒ぎが大きくなっちゃうか……。


 本当なら、魔女狩り部隊なんて殺してやりたかった。しかしそれではより上位の騎士に追われる羽目になってしまうかもしれない。聖騎士が殺されたとなれば、国を挙げての捜索が始まる可能性もある。

 アリアは一度深呼吸をして、まだ意識のある一人へ【スリープ】の魔術をかけた。


「ふぅ……」


 月の位置が変わったからか、いつの間にか、周囲は暗視の魔術の必要ないくらいに明るくなっていた。そこに倒れ伏すのは、鎧に身を包んだ、五人の聖騎士だ。

 やってしまった、という思いと、清々しい思いが胸の内に同居する。顔は見られていないはずだが、袋の隙間から流れる銀髪だけでも十分な特徴だ。


「改めて、助力感謝する。助かったよ、ありがとう」


 剣を収めながら近づいてきた青年は、月明かりがよく似合う。紫の瞳は相変わらず優しげで、アリアは不思議な安心感を覚えた。


 彼になんと返すかは、少し迷った。


「朝になればまた騒ぎになるわ。この後すぐ、街を出ることね」


 ぶっきらぼう過ぎただろうか、と表には出さず、自分の言い方を省みる。青年は何も悪いことをしていないし、あの少女を守ろうとしていたことにはむしろ、好感を覚える。魔女の疑惑がある少女を守ってくれたことに礼を言うべきなのかもしれないとすら思えた。


「君の言うとおりだね。それじゃあ、お互い準備を済ませて東門に集合しようか」

「はい?」


 当たり前のようにされた提案にアリアは目をぱちくりとさせてしまった。自分の口から漏れた素っ頓狂な声に、若干顔が熱くなる。布袋に隠れたままでなければ、青年や少女にもう一つ、醜態を晒していたところだ。


 また後で、と少女の手を引き去っていく青年の背中を、アリアはただ呆然と見つめることしか出来なかった。



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