第18話 アメジストの正体
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作る料理は決めていた。初めてセスに教えてもらったハンブルグと、アリアが一番好きな、母との思い出の味、鶏肉と野菜のスープだ。
セスと出会う前にアリアが唯一美味しく作れたそれを、母の得意料理を、セスにも食べてほしかった。
昼下がりも過ぎたころに一人買い物を済ませたアリアは、そのまま調理台の前に立って料理を始める。教わった通りの手順で、丁寧に。
白い香草を切るときはやはり視界がぼやけてしまったが、今度は一人で最後まで刻みきった。
二品作るとなると、まだまだ時間がかかってしまう。外から差し込む光は既に部屋の中ほどを越えていて、すっかり夕飯時だ。
料理の方は、ハンブルグがあとは焼くだけ。スープはもう良い匂いを漂わせていて、彼女が想定していたよりは進んでいる。
ちゃんと成長していた。それが分かって、少し心が跳ねた。
しかしまだ油断できない。一番の課題が残っている。
――今度は、失敗しない。
気を引き締め直して、以前よりは綺麗に作れたハンブルグのタネを熱した鍋に並べる。ジュッと音がして、油が跳ねた。そのタネの中央を少し凹ませたら、一旦焼け目の入るのを待つ。
前回はひっくり返すときに少し形を崩れさせてしまったから、ここが一つ目の壁だ。香ばしい匂いがしてきたのを確認してから、慎重に一つずつ裏返す。
一つ目は、角が少し潰れてしまった。二つ目は、成功。ほっと胸を撫で下ろして、二つ目をセス用にする。
あとは蓋をして、火加減を調整したら、待つだけ。前回は待ちきれなくなってしまったから、今回はぐっと堪えなければいけない。アリアはそわそわしてしまうのを誤魔化すために食器を準備する。
しかしそれで稼げる時間なんてほんの僅か。けっきょくすぐに手持ち無沙汰になってしまって、ハンブルグの入った鍋をじっと見つめたり、意味も無くスープをかき混ぜたりする。
――そろそろ、よね?
しっかり焼ける匂いがしてきてから、前回よりも少しだけ長く待った。焦げたような匂いはしていない。
恐る恐る蓋をとれば、一見よく火の通っているハンブルグが二つあった。もう一度ひっくり返せば、綺麗な焼け目がついている。
念のためにそのままもう少しだけ焼いてから皿へ移し、スープをよそってパンと一緒に机に並べる。それから一つ深呼吸して、セスの部屋の戸をノックした。
「できたんだね。良い匂いがしてる」
「ええ。その、美味しいと良いんだけど……」
「大丈夫そうだけどね。……うん、美味しそうだ。ハンブルグも綺麗にできてる」
セスが席に着きながら浮かべた笑みは、アリアの心を少しばかり軽くする。ただ、まだ中が赤い可能性もあるから安心はできない。
いつかと同じように、セスが食べる手元をじっと見つめてしまう。
「大丈夫? 中赤くない?」
「うん、大丈夫だよ。ほら。それに、ちゃんと美味しい」
「そう、良かった」
アリアはそこまで言われて、ようやく安心した。それだけじゃない。胸の温かくなるのも感じる。口角が上がってしまうのは、目を伏せて隠した。
それでも隠し切れていない気がして、誤魔化すように自分のハンブルグを口へ運ぶ。こちらも中までしっかり火が通っていた。
続けてスープへ口をつければ、懐かしい味が広がった。脳裏に母の笑みが過る。その温もりまで思い出してしまって、少し、目頭が熱くなった。
「うん、スープも美味しい。俺の味付けとは違うけど、これは、ウルハ様に教わったのかい?」
「ええ、そう――」
何気なく呟かれた名前に、アリアの心臓は口から飛び出しかけた。セスの顔を凝視する。いつもの柔らかな笑みだ。優しい、アメジストの瞳だ。だからこそ恐ろしく見える。
「どうして、あなたが、その名前を……?」
声を絞り出して、問いかける。
「実はね、アリア。いや、アリアディエ。俺たちは、ずっと昔に会ったことがあるんだよ。君の祖国、エステーリア王国の城でね」
アリアは一瞬、セスが何を言っているのか分からなかった。どうにか理解できたのは、遠い昔に呼ばれていた名を呼ばれ、追放された祖国の名を口にされたこと。
もう二度と聞くことはないと思っていた呼称に、体温が急激に下がっていくのを感じる。
「本当は言うか悩んだんだけど、今の君になら、伝えて良いと思ったから」
怖い。セスが何を言おうとしているのか。聞きたくない。もし、悪いことだったら。
耳を塞ぎたくなるのを、必死に我慢する。
「俺――私の本当の名前は、テセナディウス・エラ・ベアテス。この帝国の第三皇子で、君の、元婚約者候補だよ」




