第16話 森の入り口
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この質問が本命。衛兵がどのような認識で動いているかは大きな手がかりになり得る。
「さあな。少なくとも俺たちはなんも聞いちゃいない。どの道魔物の警戒で手一杯だしな。ああそうだ、素材はいくらか確保しておけよ。討伐の証明にするからな」
嘘は、吐いていないように見えた。セスの目にどう映ったかは分からないが、アリアとしては魔女に関して隠しごとをしている風にも見えない。
「もう質問はいいか?」
「はい、ありがとうございます。すみません」
二人は衛兵の追い払うような素振りに従って詰所を後にすると、そのまま町の外の平原に出る。割り振られた場所はもう暫く歩いた先だ。
「案外良い人だったね。少し踏み込みすぎたかなと思ったけど、あの様子なら大丈夫だろう」
「傭兵が警戒するのは不自然じゃないわ」
「それもそうだ」
傭兵は自分の利益を追求する立場なのだから、それを脅かす可能性のある存在を気にするのは自然なことだと、アリアも実際に思っていた。魔女が本当に災いを呼んでいるかは別として、よそ者である自分たちが疑われ罰せられる可能性を考えないなら傭兵として生きていくのは難しい。こればかりは魔女に対する偏見とは別の問題だと考えられる。
ともかく、あの衛兵の証言の通りなら、ひとまず町の側は魔女の関与がないものとして調べていると見て良いだろう。これまでの二人の調査では町の中の誰かを探っているような者を見つけられていないこともある。
「まあ、時間のことは考えず調べよう。なかなか広い森だったはずだし」
「そうね」
森の中央部に原因があるとしたらいったいどれだけ時間がかかるのか。アリアは溜め息を吐きたくなる。と同時に、喜んでいる自分がいることにも気がついていた。セスと離れる決断を後回しにできるからだ。
よくよく考えれば、本当に魔女がいるとして、その魔女の安全を確かめるだけなら森の浅い部分を調べるだけで良い。アリアの助けはいらない。奥の方なら、危険が迫っても先手を打って逃げられるだろうから。
それに魔女の持つ魔法の力は、学問的に組み上げられた技術である魔術よりもずっと強力な力であるし、その気になれば逃げるのは難しくないはずだ。
それでも、今のこの時間を引き延ばせるなら、必要以上に詳しく調べても良いと思っていた。
「この辺りから入るのが近そうだったかな」
周囲、特に森側を警戒しながら平原を歩くことしばらく。ようやく指定されたエリア付近まできた。ここから森に入れば、最短距離で目的地に辿り着けるはずだ。
消耗は想定よりも少ない。途中まではここ最近でよく踏み固められたらしい道が続いていて、楽に歩けたのだ。しかしこの辺りはもう、足下にも気を配らねば躓いてしまいかねないような地面になっている。
「今集まってる傭兵って数ばかりなのね」
「まあ、強そうな人はあまり見かけなかったかな」
セスはそう言って苦笑いする。歩幅の分彼の方が歩きやすそうだが、アリアの気持ちも分かるようだった。
「さて、行こうか」
あえて口にしたセスの意図に従い、アリアも気を引き締め直す。森は基本的に魔物の領域。特に今の状況ではいっそう気が抜けない。
入り口の辺りはまだ木々も疎らで明るく、上を見れば、アリアの瞳と同じ色がそれなりに見える。しかし奥に目をやれば、分かりやすく暗くなっていた。
徐々に薄暗くなっていく森の中。聞こえるのは時折踏み折る枝の音ばかり。風の通り道も少なくなって、木々のざわめきすら聞こえない。
「『暗い未来を見通す目を【ナイトビジョン】』」
セスに倣ってアリアも暗視の魔術を発動する。これで視界は、物理的な死角以外は問題ない。
そのまま歩くこと数分。不意にセスが立ち止まった、
「さっそく来たよ」
剣を抜く彼より一歩後ろに下がって魔術の準備をする。
一瞬の沈黙。ざわりと茂みが揺れて、四足の影が複数飛び出してくる。体高が胸の高さほどもある灰毛の狼だ。額にある宝石のような部位からして、マギウルフの系統だろう。単体でも並の傭兵なら苦労する魔物だ。それが、四体。
強襲による初撃はセスが剣でいなした。その時点で強敵と見做されたのか、マギウルフ達は警戒するように呻り声を上げる。
――賢い……。
もう一度飛び込んでくるならと準備していた風の魔術を破棄し、狼たちの動きを注視する。少しずつ動いているのは、二人を囲もうとしているのか。
「ふっ!」
まず動いたのはセスだ。一番手前にいた一体へ肉薄して、剣を振り下ろす。切り裂いたのは灰色の毛ばかり。しかしこれは狙い通りだった。
振り下ろしたとき以上の速度の切り返しが狼の喉笛を捉え、引き裂く。溢れる血潮。その背中を狙った一体の足下が槍のようにせり上がって、思うようには動かせない。
その狼が怯んだのはひと瞬きの間だけ。だが、それだけあればセスには十分だ。
一足飛びに距離を詰め、頭部を縦に両断した。
あと二体。一体はセスへ飛びかかり、もう一体がアリアへ走る。
セスの方は問題ない。彼なら十分に反撃できるタイミングだ。
アリアは【エアバレッド】の魔術で迎撃しようとするも、マギウルフはひらりひらりと躱す。さらに額の宝石を光らせて、真空の刃の魔術を放ってきた。
――それくらいなら!
アリアも同じ魔術を使って相殺。加えてその後ろ、全く同じ軌道に、もう一つの刃を乗せる。その風の魔術を、マギウルフは避けられない。頭から胴体までを真っ二つにされて、地に落ちた。
「確かにこれは人を選ぶね」
セスは剣に付いた血と脂を処理して鞘に収めると、解体用のナイフを取り出す。辺りには噎せ返りそうなほどの血の臭いが充満していて、放置しては次の魔物をおびき寄せてしまうだろう。その匂いは、アリアが風の魔術で上空へちらした。
「素材はどうしようか。毛皮と牙、爪、額の宝石が売れたと思うけど」
「毛皮は嵩張るから止めておきましょ」
「了解」
手分けして持ち帰る部位だけを剥ぎ取りながら、アリアは先程のマギウルフの様子を思い出す。一見変わった様子は見られなかったが、どこか引っかかった。あの様子は、まるで、何かから逃げているようだった。
――いえ、マギウルフの群れが逃げ出すような相手なんて、いたとしてももっと深いあたりよ。たぶん、気のせい。
もしかしたら、魔女から逃げている可能性もある。魔法なら、マギウルフの群れ相手でも恐れさせるには十分だろうから。
それなら魔女が原因、ということにはなってしまうが、アリアとしては問題ない。どうせ魔女に冷酷な人間達の町だ。この魔物の増加で滅びても、自業自得に思う。
――一応、覚えてはおきましょうか。
何か分かったときに結びつけられるようにだった。
「よし、こんなものだね。残りは燃やして埋めてしまおう」
アリアは首肯を返し、魔術で深めの穴を掘る。そこにセスが狼の死骸を放り込むのを見届けてから、炎の魔術を放り込んだ。ある程度燃えたら埋めてしまうつもりだ。
その後も何度か戦闘を繰り返したが、どれも危なげなく終了した。疲労らしい疲労もなく、もう暫く戦い続けても大丈夫そうだ。
とはいえ、持ち帰られる素材の量には限度があるし、限界に近づくほど危険度は増す。十分な範囲を探索できたこともあり、二人は昼下がりには帰路に着いた。
衛兵詰所で討伐完了の報告をした後は、商店街に寄って帰る。汚れは門の外で洗い流したため、食材を売っている辺りを彷徨いていても白い目では見られない。
今日の依頼で得られた情報の共有については、夕食を食べながらだ。




