第15話 前向きな挑戦
⑮
翌日、二人は久方ぶりに揃って商店街にいた。時刻は朝食の時間を少し過ぎたあたり。賑わいのピークを過ぎて、少しずつ落ち着いていく時間だ。
疎らになってきた買い物客の中、一休みしている店の者達を横目に並んで歩く。目当ては昼食に使う食材だった。
「まずは何を作るか決めようか。本当なら実際に並んでるものを見て考えるんだけど、まあ、最初はこれを作るって決めちゃって良いと思うよ」
「なるほど……」
それなら、薬を作るときと同じ調子で良いかもしれない、とアリアは考える。隣から笑いを堪える気配を感じるのは、彼女が妙に真剣な顔をしているからだろう。分かっていても、慣れないことをしようとしているのだから仕方がない。
「最初だし、まずは一品だけかな」
「一品。一品……」
何がいいかと考えていると、ふと、昔婆やが作ってくれた料理を思い出した。
「ハンブルグ……」
「うん、良いんじゃないかな。それならくず肉でいいから、解体所に行ってみようか。他の材料は揃ってるし」
問題なくくず肉を貰えた二人は、帰宅してすぐに調理台の前に立つ。セスが作るならまだ早すぎるタイミングだが、今回はアリアがナイフを握り、魔術も使わないので時間がかかる想定だ。
「まずは野菜を細かく切るところからだね」
セスの取り出したのは、香草の一種だ。アリアも薬の材料として、葉の部分を使うことがある。しかし食用に使う根の直上部分は扱ったことが無かった。
「まずは薄皮を剥ぐ。茶色い部分ね。こんな感じで、手で剥げるから」
見せられた通りにしてみるが、これが案外で難しい。少し時間をかけてどうにか全ての薄皮を剥ぐと、真っ白な球が現れた。
それをセスの真似をして刻んでいく。彼女にとってナイフとは敵を切り裂くためのものだから、自分で思っていた以上に恐る恐るかつ慎重になってしまった。
「なにこれ、目が……」
「あはは、これを長く切ってると涙が出てきちゃうんだよね」
横目にセスを睨むが、意に介した様子はない。せめて笑う顔を拝んでやろうかと思っても、空色の瞳は涙ですっかりぼやけてしまっていて、まったく見ることができなかった。
「ごめんよ」
アリアのナイフを握る手の上から大きな手が添えられて、背中に熱を感じる。体が熱くなるのを感じた。心臓がバクバクと鳴る。その音を彼に聞かれていないかだけが心配だった。
そうして手取り足取り料理を教わっているうちに、日はすっかり高くなる。昼食にちょうど良い時間だろう。
途中からセスが作り始めていたスープも隣の鍋で美味しそうな匂いを漂わせており、ハンブルグもあとは焼き上がりを待つばかりだ。
「そろそろいいかしら……?」
「どうかな」
アリアには加減がよく分からない。生肉を食べてはお腹を壊してしまうことは知っていたが、焦がしてもまずい。だからとセスに確認してもはぐらかされるばかりで、これは三回目だ。
――まだ焦げ臭くはない、けど、そんな匂いがしてたらもう遅いのよね?
ちらちらとセスを見る。ニコニコしたまま表情は変わらない。
蓋をしているから中の様子は分からないが、良い匂いはしている。肉の焼ける、甘いような匂いだ。
「うん、よし! もういいでしょ!」
思い切って蓋を開けると、もくもくと湯気が立ち上る。表面はもちろん、裏側もしっかり焼き目が入っていた。焦げてもいない。これは、良いのではないだろうか。
相変わらずニコニコとしているセスに見守られながら皿に移して、じっと見る。形は悪いが、おそらく大丈夫に思える。昔母とスープを作ったときはこれほど緊張していなかったはずなのにと、遠い記憶を思い出す。
「それじゃあいただきます」
「えぇ……」
別に自分も食べれば良いのに、手を動かさないまま、空色の瞳はセスの手元を凝視してしまう。胸中を占めているのは、不安が九割と、期待が一割。
「うん、美味しい」
「そう、良かった……」
アリアはほっと胸をなで下ろした。口の中が少し乾いているのを温かなスープで潤してから自分もハンブルグに手を付ける。割ってみると、中心部が少し赤い。
「あ……」
「赤かった?」
アリアは小さく頷いて肯定する。それから赤い部分を凝視していた視線をちらりとセスのものに向けた。
「こっちはちゃんと火が通ってたよ。大丈夫」
「なら、良かった」
明らかに気落ちした声が出た。あらかじめ難しいとは聞いていたから失敗は覚悟していたが、実際にすると沈んでしまう。
ちゃんと答えてくれてたら良かったのにとは思わない。彼がアリアの成長のために口出ししなかったのは分かっているから。
「まあ、またそこだけ焼けば大丈夫。俺も初めのころはよくやってたしね」
その言葉で少し、気が軽くなった。
――少しずつ練習しよう。せめて、セスの手伝いがなくても形になるくらいには。
決意と共に思う。もし、セスと出会ってなかったら、こんな挑戦をしようとしていたのだろうか、と。おそらくしなかっただろう。ただ魔女への偏見に心を痛め、人から距離をとり続ける生き方を続けていたに違いない。
まだ自分から近づく気にはならないし、今後もそんな気にはならないだろうと彼女自身は考えている。しかし、セスとなら。セスとならこのまま一緒に旅を続けても良いのかもしれないと考え始めていた。
翌日、予定通り魔物の討伐依頼を受けた二人は、森側の門にある衛兵詰所に来ていた。石の門に併設されたそこは、魔物が増えているからなのか、詰めている人数が多くて狭苦しい。
対応役の兵士は他よりもいくらか上等そうな装備を身につけており、それなりの地位にある者のようだった。彼は会議机の上に周辺地図の一部だけを広げ、指で円を描く。
「お前たちにはこのエリアの魔物を狩ってきてもらう。少々強い魔物が出やすい辺りだが、まあ、お前達なら大丈夫だろう」
なるほど、一度詰所に来るように指示されたのはその目で見て担当エリアを決めるためなのだろうとアリアは納得した。傭兵とはいえ無意味に死なせる気は無いらしい。より多くの魔物を引き寄せないためなのかもしれない。
「狩った魔物は好きに処理しろ。放置だけはするなよ。疫病の原因になるからな」
「もちろん分かってます。しかし、毎日凄い数の依頼ですね。いつからこんなに魔物が増えたんですか?」
いつものようにセスに表に立つ。いつから、というのは住人から聞いた話で概ね理解していたが、念のためだ。
「ああ、そうだな、報告として上がったのは二ヶ月ほど前だ。実際にはもう少し前からだろうな」
「そんなに前から……。魔女が絡んでるって噂も聞きましたが、本当にいるんですかね……?」




