第14話 穏やかな時
⑭
夕刻を過ぎて、セスが帰ってくる。精肉を片手にした彼は、ただいまと挨拶をすると、そのまま夕食の用意を始めた。手に馴染んだナイフを握り調理場に立つその後ろ姿が、アリアにはなんだか懐かしい。
完成を待つ間、アリアはアリアで自身の作業を進める。薬の出来が良かったからと、定期的に卸すよう依頼を受けたのだ。次の納期はもう少し先だが、下処理を済ませておくだけで質も一日当たりの手間も大きく変わる。
食材を切る音と葉の擦れる音ばかりが響く静かな空間。薬草によっては繊細な作業が必要という話を以前にしたからか、セスも必要以上に話しかけてこない。こういった時間も、アリアは嫌いではなかった。
「ふぅ……」
「終わったのかい?」
「ええ、殆ど。あとはこれを陰干ししておくだけよ」
食卓の上には不要な部分を取り除き、種類ごとに纏めたたくさんの薬草類が並んでいる。このままでは食事を始めるのは難しいだろう。
「お疲れ様。こっちももうすぐできるよ」
「なら、奥の部屋に干してくる」
いくつかの種類ごとに籠へ入れ、魔術で浮かせて運ぶ。広めの家を借りられたのは、仕事的に好都合だったかもしれない。ついでに、部屋に籠もっていた薬草の香りを風の魔術でちらしておいた。
彼女が居間の方に戻ると、先程までは感じられなかった美味しそうな匂いが空腹を煽る。焼いた肉や野菜の匂いに、もう一つは家畜の乳の匂いだろうか。
「解体所の方で余分な肉をもらったんだ。魔物が多すぎて需要を超過してるみたいだね」
セスは偶に、平民だと商人くらいしか使わないような言葉を使う。
「あれだけ討伐依頼があればそうでしょうね。こっちもやっぱり、討伐依頼がらみだったわ」
依頼主の店で聞いた話を思い出しながら席に着けば、すぐに目の前に料理が並べられる。匂いが教えてくれた通り、一枚肉を焼いたものに家畜の乳を使ったスープだ。肉の脇には程よく焼き目のついた野菜が付け合わされていた。
――お店で出てくる料理みたいね……。
一般家庭のレベルに収まる料理なのかは、アリアには分からない。母の乳母であったらしい婆やが作る料理もこのような感じであった記憶はある。
「というか、解体所?」
「ああ、うん。建材に魔物の素材を使うからって取りに行かせられたんだ。その時に後で取りに来たら良いって」
別の仕事のお使いに来ただけの人間にすら配っているとなると、食肉になるような魔物も多い地域なのだろうか。この町の付近にどんな魔物がいるかアリアはまだ知らないが、もしそうでないなら、由々しき事態だ。少ないはずの魔物ですらそれほど増えているということなのだから。
それも調べてみなければならない、と考えながらスープに口を付ける。特有の臭みは殆ど感じず、まろやかな甘みが口の中に広がった。場合によっては彼女は食べられないこともある料理だが、やはりというべきか、セスのそれは美味しい。
「あと、ここ数年は移住者に家を建てるってこともなかったみたい。外から来たって線は一応薄まったね」
魔女の話だ。外から来た人間が魔女で、魔物を呼び寄せている、という可能性も考えていたのだ。もちろんセスの依頼主が知らないだけだったり、空き家を買い取ったりした可能性もあるから、確定させるにはもう少し情報を集める必要はあるだろう。
いないことを確認するには、いることを確認するよりも多くの情報が必要だった。
「先は長そうね」
「そうだね。まあ、いくらでも手伝うさ」
実際、今回の調査はアリアの希望であって彼には関係が無いはずだ。溜め息を吐く代わりに礼を返し、肉を口へ運ぶ。臭み消しの香草がふんわり香った後、肉汁の旨味が溢れた。彼女が焼くともっとパサついてしまうから、何か特別な手順があるのかもしれない。
彼の料理を美味しく感じるのはその腕前だけの問題ではないことは、アリアももう気付いている。だからいつかは返したいとも思っているのだが、それができる日が来るのか分からない。
――いっそ、セスに料理を教わった方がいいのかしら?
明日の予定を話し合う傍ら、そんなことを考える。野営のような限られた設備でとなると厳しいが、環境の整った今ならなんとかなる気もする。魔道具式のコンロもあって火力調節が容易なのも大きい。
アリアは少し考えて、休息日にでも頼んでみることにした。どうせ時間がかかるのだ。そういう日もあるだろう。
それから数日は傭兵としての仕事をしながら情報を集める日々が続いた。その甲斐もあって少しずつではあるが、この町の現状も分かってきた。資金面も、家を借り続ける分には問題ないだろう。
二人は夕食をとりながら、これまでで分かった内容を整理する。
「町中には魔女らしき人はいなさそうだね。疑われてる人はいたけど」
「たぶん、違うでしょうね」
魔女と確実に判別する方法は、魔法を使っている場をおさえるほか無い。同じ魔女であるアリアもそれは同じだ。
ただ、一日かけて様子をみた雰囲気、少なくとも魔物増加の原因ではなさそうだという結論に落ち着いた。
「となると外の調査が必要になるわけだけど、まあ、ここら辺でいったん休んでも良いかなとは思ってる」
「そう、ね。もう一週間経つものね……」
傭兵に定休日という概念はない。しかし体が資本の仕事だ。自身の判断で定期的に休息を挟まなければ、明日には死んでしまうかもしれない。外の調査、つまりは魔物との戦闘を想定するなら、ここで一日休むのは良い判断に思えた。
「そうしましょう。傷薬も今日納品したばかりだし」
次の納品分の下処理も終わっているし、明日はやらなければいけないこともない。
「そうだ。一つお願いがあるんだけど」
「珍しいね。いいよ」
「実は――」




