第13話 芽吹きと始まり
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「まあ、その辺りは買い出しを済ませてから考えようか。どの道一週間分の宿代は払ってあるんだし」
自然と明るく変えられた声音だ。あまりにも自然だったから、アリアには意識してしまっているのが自分だけと思えてしまう。それは、少し悔しい。
だから強がって、アリアも何でもない風によそおう。
「必要なものはだいたい揃ってたし、食材くらいかしら?」
「鍋はもう少し大きいものが欲しいかな。せっかくだし、もっとちゃんとした料理も作りたいからね」
アリアからすれば普段の野営の料理も十分ちゃんとしている。少なくとも、彼女は野営の設備であれほどしっかりしたものは作れない。
ただ、もっと美味しいものが食べられるなら、吝かではないのも事実だ。
「それならこっちね。鍋を先に買ってしまいましょ」
少し早足になってしまって、くすりと笑う声を背中で受け止める。アメジストのような瞳がどう細められているかは、振り返らなくても想像できた。
帰宅したのは、そろそろ昼食を作り始めなければいけないという時間だった。道も覚えなければ、と言い訳をしてあれやこれやと見て回った結果だ。大抵は冷やかすだけであったが、十分に楽しい時間だった。
「……えっと、意外と、明るい人が、多かったね」
「そう、ね」
にもかかわらず、すぐに沈黙が家の中を支配する。アリアが気まずげにするのはもはや今更なところがあるが、今回ばかりはセスもどこか落ち着きがない。
買ってきた物を収納する際に手が触れそうになれば、互いに慌てて引っ込めて、固まって、そろりそろりと動作を再開する。目が合えばいつものようにセスの笑みがアリアに向けられて、彼女ばかりが目を逸らし、かと思えば笑顔を向けた当人の耳も赤くなる。
原因は、立ち寄った店の主人が漏らした何気ない一言だった。
――新婚、新婚、かぁ……。
新婚さんか、と疑問符を付けて告げられたときは、アリアは心臓が弾けてしまうかと思った。顔を赤くして俯いてしまい、すぐに答えることができなかった。セスがただの傭兵としての相方だと答えても主人は信じない。挙げ句の果てにお似合いだ、お幸せにとサービスまでしてくれたのだから、セスでさえ何も言えなくなってしまった。
幸いなのか、不幸にもなのか、それが最後の買い物だったものだから、帰宅してもまだその空気が続いてしまっている。思い出すだけで、アリアは顔を夕暮れの空のようにしてしまいそうだった。
「よし、これで全部だね。俺は昼食の用意をするけど、時間かかりそうだから部屋でゆっくりしていいよ」
これはお互いに一人になって心を落ち着けようという話だ。拒否する理由は、ない。
アリアは肯定の返事をして、自室と決めた一室に向かう。できる限り自然に、静かに扉を閉めた後は、もう彼女だけ。ベッドに飛び込み、布団で口が塞がるようにして、ああああと腹の底から叫び声を上げた。
「せっかく意識しないようにしてるのにいいいいっ……!」
それができているかは別として、彼に恋をしてはならないというのが彼女の考えだ。破れて終わると分かりきっている思いなんて、持ってはいけない。自分は魔女なのだから、バレたら裏切られてしまうのだから、今のまま、何事もなく別れの時を迎えたらいいのだ。
――それなのに、余計なことを言って!
彼女の魔法に時を戻すだけ力があったなら、今この瞬間、迷わずに使っていただろうに。しかし天候にすら干渉できる物語の魔法でも、時を操ることまではできはしない。気付かないフリをしていた気持ちに気がついてしまった。
もう戻れない。今はほんの小さな若芽でも、芽吹きを知られたその気持ちは、時間と共にすくすくと育っていくだろう。そう直感してしまった。
――でも……。
そんな風に考えていても、後悔をしていても、思ってしまう。
――セスも、意識してくれてたのね……。
それは、嬉しい。
アリアは寝返りをうち、横向きになって壁をぼんやり見つめる。
ああして意識してくれていたなら、記憶にある限りの初恋を幸せなものとしておける。良い思い出として、次に進める。
それなら、悪いことでは無かったような気がした。
セスが呼びに来たのは、それからしばらく経って彼女がうとうとしはじめたころだった。
翌朝になると、妙にギクシャクとした空気は綺麗さっぱりなくなっていた。セスの方でどのような結論を付けたのかは分からないが、最悪の場合でも、息苦しいままであるよりずっと良い。
朝食に昨晩の残りを平らげた後二人は、先日と同じ仲介所へ向かった。今日は調査ではなく、仕事を探すためだ。ただし、その仕事も魔物増加の原因の調査も兼ねられるものを選ぶ予定ではあった。
「俺は、これかな。住人からで、物資輸送の手伝い依頼。新しい家を建てるみたいだ」
「私は、これね。傷薬の調合。商人からの依頼だそうよ」
今回は別々の依頼を受けると決めていた。理由は二つ。一つはより効率的に調査をするため。もう一つは、そもそも二人の適性が異なるためだ。
魔術が使えるとはいえ腕の細いアリアに力仕事は向かないし、セスも薬、特に今回のように魔術的な効果を持った特殊なものの調合はできない。
アリアの選んだものは自身の得意分野で、かつ今回の魔物増加に関係していそうな依頼だ。おそらくセスもそうだろう。そうして少しずつ、しかし慎重に、調査を進められたらと考えていた。
依頼受注の手続きを済ませた後、二人はそのまま別行動へ移った。セスは件の工事を請け負う大工のもとへ。アリアは市場で不足している材料を買い足してから、借りている家に帰る。
求められている薬はさほど強力なものではないため、今日中に最低本数以上に作ることは可能だろう。あとは品質を保ちつつどれだけ原価を抑えられるかであり、薬師の腕の見せどころだ。
依頼主の口を軽くするためにも、極力良い仕事をしなければならなかった。
――さてと、何か良い情報が出てきたら良いんだけど……。




