第12話 揺れる心の内
⑫
「とりあえず買い出しに行く? もうやってないかな?」
「え、ええ、そうね。さっき片付けてるのを見かけたから、今日は手持ちで済ませるしかないんじゃないかしら?」
表に出してしまった動揺を必死に抑える。野営の間はすぐ横で眠るのが当然だったのだから、今更何も緊張する必要はないのだ。そう言い聞かせても、鼓動の激しくなるのを鎮められない。
ダメなのだ。彼に恋してしまっては。裏切られて、傷つく。そんな分かりきった未来、アリアは迎えたくはない。
「まあ、どうせ明日は仕事の確認からだし、ついでに買い出しも済ませたらいいね」
「そうね。丁度良いし、保存食も使い切ってしまいましょ」
自然に話せているか、少し、自信がない。声が上擦っている気がする。セスはこういう時、アリアの様子に気付かないフリをしてくれるだろうから、余計に判別がつかない。
けっきょくこの日、アリアは変に緊張したまま床に就くことになった。疲れが無かったなら、寝不足で朝を迎えていたかもしれない。歩き回った甲斐があったと、彼女自身意味の分からない納得の仕方をした。
一晩経って、いつも通り一人だけの寝室で目を覚ます。まだ少し胸のそわそわする感覚は残っていたが、昨日よりは幾分もマシだ。
軽く身だしなみを整えて扉を開くと、キッチンの方から落ち着く、美味しそうな匂いが漂ってきた。野菜の甘みを濃く感じるそれは、野営の時にいつもセスの作ってくれるものだ。
「おはよう。早いのね」
「うん、ちょっと目が覚めちゃってね」
隈は、できていないようだ。
「これ食べたら仲介所に行ってみようか。この規模の町だと掲示板だけかもしれないけど」
傭兵の仕事は、依頼人から直接か、仲介所などを通して受ける。統括するような組織があるわけではなく、住人や領主が独自に運営しているため、町によっては仲介料が無視できない。セスの言う掲示板は依頼者から直接受ける場合に利用されるものだ。
二人の場合も例に漏れず、そういった施設を使って仕事を得ている。
しかし今回の目的は、それではない。
「複数の傭兵団が留まってるなら、魔物が増えてるのは確実でしょうけどね。あとは――」
「どれくらいの規模で増えてるか、だね」
アリアは荷物から取り出した二人分の器をセスの横に置き、ひとつ頷く。ひとまずの最終目的は魔女の関与があるかどうかを知ることだ。その為にどう動くかを決めなければならないが、ミイラ取りがミイラになっては元も子もない。魔物の増加規模が大きいなら、それだけ慎重に動く必要があった。
「よし、できたよ。これで保存食は最後だ」
椅子に座り、テーブルの上に置かれた野菜のスープに匙を添える。遠い過去に覚えのある光景だ。頬が少しだけ緩み、ついさっきまでまったく落ち着く様子のなかった胸の内も、静まる。
「……美味しい。今日のは、いつもより柔らかい味ね」
野営中のものはもう少し香草の香りが強くて、塩気もあった。
「分かる? 下拵えがゆっくりできたからね。特に干し肉」
詳しく聞けば、水にさらして余分な塩みを抜いたらしい。その分使う香草の種類も量も変わっている。たったそれだけで料理の味はこれほど違うのかと、つい感心する。
ただ、味は変わっても、その温もりだけは少しも変わらずアリアの心を満たしてくれた。
食事を終えた二人は、予定通り傭兵用の仲介所へ向かった。この町の仲介所は豪商の一人が管理しているらしく、借りている家二つ分程度の広さがある小綺麗な建物だ。聞けば、先日会った男がその豪商らしい。
善意ではなく、自分の仕事に悪影響が出ないようにという実利的な思考だろう。それでも善行であることには変わりなく、住人達からの評判も良い。商売敵も手を出しづらくなるであろうし、仲介料も高くはないので傭兵も味方につくだろう。
なかなか優秀そうだね、とセスは意味深に笑う。その笑みは、アリアの朧気な記憶の中の父が浮かべるものによく似ている気がした。
依頼は木の掲示板に張り出されており、傭兵達が人の壁を作っていた。その隙間を縫って、どうにか目を通す。
「……多いね。思ったよりずっと」
「そうね……」
魔物討伐と書かれた依頼書の数は、薬草の採取や店の番といったよくある依頼を埋もれさせるほどだった。その依頼主は大半が町の衛兵詰所だが、住民のものも少なくない。アリアもつい、目つきを厳しくしてしまう。
「ねえ、君、一つ聞いても良いかな?」
気がつけばセスは掲示板の横にいた少年に声をかけていた。彼は文字の読めない傭兵の代わりに依頼書の内容を読み上げることで日銭を稼ぐ人間だ。セスは当然のように字を読んでいたから、目的は別だろう。
「なんだよ。あんた、字読めるんだろ」
口は悪いが、よく人を見ているらしい。セスの笑みが深まった気がする。
「魔物討伐の依頼はどれくらい受けられてるのかな。分かる範囲でいいから、教えてくれないか」
少年に握らせているのは銅貨だろう。幼い目が見開かれたことを思うに、一枚や二枚ではなさそうだ。子供の片手に収まる範囲なら十枚は無い。屋台の串焼きを三本買えるかといった額だ。
「へへっ、そうだな、今日は俺が読み上げた分だけで五、六個かな。見てた分も合わせたらもう二、三は増える。昨日は、全部で二十は無いくらいだったと思うぜ」
目を輝かせたまま、少年は饒舌に語る。こういったまともな仲介所の職員はあまり答えてくれない内容だ。
「ありがとう、助かったよ」
少年の頭を撫でられるのを見ながら、アリアは入り口の方へ向かう。建物を出る直前で横に並んだ足音は、当然セスのものだ。彼の表情も、アリアと同じく明るくはない。
「参ったね、これは」
「ええ。予定より時間をかけないといけなそう」
少年の把握しているだけで一日二十。総数は倍を考えてもいいだろう。使用人に渡した宿代は一週間分だが、全く足りないと考えた方が良いように思う。
――それだけあれば、セスとの暮らしにも慣れるかしら……。
アリアとしては、本来の目的と同じくらいにそちらも気がかりだ。嫌ではないが、嫌ではないからこそ困る。




