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孤独の魔女は物語を紡ぐ~第三皇子と追放された令嬢~  作者: 嘉神かろ


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第11話 北の町の宿探し

 噂の町は、セスやルネと出会った街の森を挟んだ反対側にあった。どちらかといえば小さな町で、ベアテス帝国には珍しく木造の家々が建ち並んでいる。道行く町人の服装も花の街や南の街に比べてずいぶんと素朴だ。孤児には見えない小さな子供達だけで遊んでいる姿も少なからず見かけるのだから、少なくとも治安は悪くないのだろう。

 しかし町を満たす空気はどこか緊張していて、固い。


「傭兵が多いね」

「やっぱり、魔物が増えてるのは間違いなさそうね」


 時刻は既に昼下がり。足下の影が再び伸び出して、それなりに経った時間だ。魔物討伐を主な生業とする類いの傭兵ならば、町の外で仕事に精を出している時間。にも拘わらずこれだけ姿が見えるのだから、今この町にいる傭兵の総数はいったいどれほどなのだろうかと疑問になる。


 道中の村や街でも何度か魔物討伐を頼まれたが、思えば、その頻度も高かったような気がする。そのいずれも森沿いの立地だ。


「とりあえず宿を探そう。仕事を見るのはそのあとで」


 この時間となると、埋まってしまっている宿も多いだろう。間もなく夕飯時にもなってしまうし、寝床の確保が第一だ。


 旅人用の宿というのは大抵、町を囲った各門の近くか、離れていてもそれらを繋ぐ通り沿いにある。小さいと評されてもおかしくない規模のこの町でも、その辺りを探せば十件以上は見つかるはずだ。

 その目算の元、見つけたまともそうな宿を順番に訪ねていく。しかしどの宿にも空きはない。仕方なしに粗悪そうな宿や雑魚寝の宿にも顔を出してみるが、こちらももう空いていないという。


 宿を探し歩いている内に影もずいぶんと伸びた。このままでは最悪、町壁のそばで野宿することになってしまう。


「仕方ない。お金は、また稼ごうか」

「花の街で奮発しなくて良かったわ」

 

 溜め息を吐きながら足を町の中央部へ向ける。懐に余裕のある商人などがよく使う宿の集まっている辺りだ。治安が良く、防犯面も含めて設備の整っている代わりに少々値段の張る区域になる。

 幸い懐に余裕はあったが、それでも二、三日泊るのがやっとだろうか。この町には普段よりも長く滞在するつもりであったから、その間に追加で泊まれるだけの資金を稼ぎつつ他の宿の空くのを待つ他ない。


 そうして、また何件かを回った。

 

「すみませんが、今はいっぱいでして……」


 宿の従業員らしい身なりの良い男性が申し訳なさそうに頭を下げてくる。これで何度目かは分からないが、少なくとも傭兵らしい二人の身なりを邪険にして、という様子ではない。


「実はね、傭兵団がいくつかこの町に滞在してるみたいでして。普段は外側の宿を使うようなお客様も皆さん、中の宿にいらしてるんですよ」


 男性は話し好きなようで、聞いてもいないのにそんな話をしてくれた。中や外というのは、町の中央部と外輪の話だろう。どうやら両者の宿を区別して呼んでいるらしい。


「私どもの経営している宿は全滅ですね。他の宿ももう空いていないと聞いております」


 これは二人も分かっていた情報だ。町の住人に聞いた限りだが、二人が宿泊できる範囲だとここが最後の宿だったのだから。

 しかしそうなると、もう野宿するしか手立てがないことになる。一日だけで済めば良いが、何日もは落ち着けない。傭兵が増えて治安の悪化しているだろう現状だと尚更だ。

 アリアが男だったならまだ許容できたかもしれないが、若い女の身である以上、下手をすれば町の外より危険な可能性もあった、


 アリアはセスとこっそりと弱った顔を合わせる。


「ああ、そうだ。宿ではありませんが、一つ当てがあります」

「詳しく聞いても?」


 藁にも縋る思いを表に出さないように気をつける。セスのしてくれている交渉の邪魔にならないようにだ。


「私の兄がいくつか家を持っているのですが、この機会にそれらを貸し出してみようかと言っておりまして。よろしければ紹介状を書きますが、いかがいたします? ああ、もちろんこの程度でお代は要りません」


 代わりに機会があれば、この宿を宣伝しておいてほしい、ということだろう。


 セスは少し考えた素振りを見せると。依頼する旨の返事を返した。


 宿で聞いた場所は、町の中央広場から少し奥に入った辺りにあった。一等地だ。これだけで裕福なのが分かる。

 外見はそれなりに大きな一軒家。屋敷というほどではないが、それに近しい大きさがある。使用人の働いている姿もあるので、もしかしたら準貴族と呼ばれるような位を持っているのかもしれない。帝国の制度だとたしか、金で一代限りの準貴族位を買えたはずだ。


 門を守る衛兵に紹介状を見せると、しばらくして質素な客間に通された。重要ではない客用の部屋だろう。しかしよくよく見れば質の良い調度ばかりで、センスの良さが分かる。掃除も行き届いているようだった。


 目的の相手が現れたのは、それから間もなくのことだ。もっと待たされるものだと思っていたから、ほんの少しだけ、好感を覚える。


「待たせてすまない。弟の手紙で事情は分かっているよ」


 現れたのは弟よりも多少肉付きの良い、しかし十分に健康的な体型の中年男性だった。

 その顔に笑みを浮かべてはいるが、値踏みするような、商人の視線が隠れている。納得した。商人としての判断なら、同じ商売人の弟が紹介すると決めた相手なら、さほど待たせる必要がないと考えたのだろう。

 その合理性は、アリアとしては好印象だ。と同時に、魔女である自分が深く付き合えない相手だと理解する。彼は、何かあれば容易く裏切ってくる相手だ。アリアは今し方名乗られた名を記憶の片隅に追いやった。


「貸しだそうと思っている建物は外壁に近い辺りにある。森側だ。門から少し歩かねばならないが、買い出しには困らないだろう」


 森側という条件はアリアにとって都合が良い。


「家具類は揃っている。ただ、細かな備品の手配はまだだ。必要があれば各々用意してくれ。置いていくなら相応の値段で買い取る」


 かなりの好条件、で良いのではないだろうか。城と村での暮らし以外、定住者の暮らしをアリアは知らない。城から追放されるのがもう少し後だったならその辺りの教育も受けていたかもしれないが、どうしようもない話だ。


 その上で提示された対価も十分予算の範囲内。むしろ、想定していたよりも安い。その分、宿ならばやってくれる身の回りのことを自分たちでしなければならないが、許容範囲だろう。


「決定は、現地を見てからでも?」

「ああ。使用人に案内をさせる。借りると決めたなら、その者に代金を渡してくれ」


 その後、使用人の男性に案内されたのは説明されたとおりの場所だ。既に薄暗くなっていて外観はハッキリ見えないが、この町だとよくある様式だろう。大きさは、周囲の家と比べると少し大きいくらいだろうか。四、五人で暮らすにも窮屈はしないように思える。


 中に入ると、古い木の香りに包まれるのが分かった。埃っぽさやカビ臭さは感じない。聞けば、定期的に風通しと掃除を行っているらしい。

 家具も必要最低限ではあるが、揃っている。庭は無いようだったが、十分に良い家だろう。


「うん、大丈夫そうだね。俺はここで良いと思うけど、アリアは?」

「私もここで良いと思う」


 どうせ少しの間だ。生涯住むわけでもないのだから、無意味にこだわる必要はない。いや、生涯住むにも最低限以上の条件の家だと思う。


「じゃあ決まりだ。お兄さん、一週間分はこれで間違いなかったかな」

「確認いたします。……はい、確かに。こちらが鍵となりますので、ご出発される際に本宅の方までお届けください」

「ああ、案内ありがとう」


 使用人が出て行って、セスと二人だけになる。途端、気がついてしまった。これからしばらく、二人でこの家に暮らすことになる。家族のように。

 宿はずっと別々の部屋だったし、一つ屋根の下に二人きりというのは初めてのことだ。


 セスなら妙な気を起こさないという信頼はある。信頼はあるが、妙に緊張してしまう。これは追放者の村にいた頃の家族との暮らしを思い出すからなのか、セスと二人だからなのか、アリアには分からない。



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