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軍艦モノ

深海の火柱ーアメリカ西海岸砲撃ー

作者: 仲村千夏

 昭和十六年十二月八日、午前六時。


 太平洋の時刻でいえば、十二月七日の午後一時過ぎ――ハワイ、オアフ島にて。


 真珠湾の碧き海に、炎が走った。


 日本海軍第一航空艦隊による、奇襲攻撃である。空母六隻から放たれた三百機の航空機が、米太平洋艦隊の主力艦を悉く破壊し尽くした。


 しかし――その四時間後。時を合わせるように、別の炎が、アメリカ本土の海岸に舞い上がることになる。


 その艦は、潜っていた。深く、静かに。


 水面下、二十メートル。太平洋を越えてきたその影は、都市の光が届く海底にて、ひそかに浮上の時を待っていた。


 その名は「伊丁型潜水砲艦」。


 常識外れの艦だった。


 伊号潜水艦よりもさらに大柄で、全長百二十五メートル、全幅十四メートル。その巨体には、日本海軍の巡洋艦用三連装十五糎五砲が、前後に一基ずつ搭載されていた。左右に旋回可能な主砲は、片舷同時に六門を指向できる――通常の巡洋艦にも匹敵する艦砲火力を、潜水艦が持っていたのである。


 伊丁一号艦、そしてその僚艦、伊丁二号艦。


 両艦は、極秘裏に建造された「日本初の潜水砲艦」であり、かつ「最後のロマン兵器」だった。


 奇襲こそ戦の本道である――その信念のもと、海軍のとある先任参謀が、航空機と並ぶ「本土奇襲手段」として立案し、極秘裏に実現させたものであった。


 目的はただひとつ。アメリカ西海岸を直接砲撃すること。


 太平洋を越え、敵本土を襲う。都市に砲弾を撃ち込み、恐怖と混乱を植え付ける。


 戦果の大小は問わない。重要なのは、「撃てた」という事実。


 砲弾の破片は、アメリカの国民感情を切り裂く刃となる。それこそが、最も重要な勝利の種なのだ。


 伊丁一号艦はサンディエゴを、伊丁二号艦はサンフランシスコを目標とした。


 二隻は、前月末に日本本土を出港して以来、無線封止で太平洋を東へ東へと航行し、今まさにその海域にいた。


 そして、真珠湾攻撃が正式に発令されたその時刻、東京中央電信局から暗号電報が発信される。


 作戦コード:「火柱、点火セヨ」。


 伊丁型潜水砲艦にとって、それは即ち――砲撃開始命令だった。


 四時間後、アメリカ合衆国西海岸。


 午後五時過ぎ。黄昏が迫る海辺に、一隻の貨客船が帰港してきた。


 その船は、ロサンゼルスから北上してきた巡航船で、いままさにサンディエゴ湾の灯台を望む位置にあった。


 船員のひとりが、沖合を見つめて目を細める。


 「……あれ、なんだ?」


 その目線の先、水平線の彼方に、艦影のようなものが見えた。


 艦にしては、妙に幅広く、甲板も低い。そして砲塔のようなものが、ゆっくりと旋回を始めていた。


 次の瞬間。


 ――ドンッ!!


 空気を割くような砲声が、夜空を揺らした。


 船員は耳を押さえ、悲鳴をあげる。海の向こう、遥か彼方から、まばゆい閃光と共に、火柱が立ち上った。


 港の灯台が、粉々に砕けていた。


 ついで、もう一発。今度は造船所の岸壁に着弾し、倉庫が炎に包まれる。


 市街地にも、複数の砲弾が着弾した。民家の屋根が崩れ、道路が陥没する。


 ――砲撃だった。


 潜水艦が、浮上して砲撃している。しかも、巡洋艦並の火力で。


 軍も、警察も、即座に反応できなかった。


 誰もそんな可能性を想定していなかったからだ。


 「……アメリカ本土が砲撃を受けている!」


 その一報が、海軍省、陸軍省、そしてホワイトハウスに届いたのは、その二十分後だった。


 一方その頃、サンフランシスコ湾でも、同じ光景が繰り広げられていた。


 伊丁二号艦は、橋を望む位置から砲撃を開始。貨物埠頭を狙った砲弾が、クレーンを吹き飛ばし、港の石油タンクに引火した。


 黒煙が湾を覆い、市民たちは地下鉄駅に避難するも、混乱と絶望の波に呑まれた。


 「どこから撃ってきている!? 日本海軍の戦艦か!?」

 「違う! レーダーに映っていない! 水上艦じゃない!」

 「潜水艦……!? そんな馬鹿な!」


 だが、現実だった。


 伊丁型は、艦尾砲を活用して離脱しながらも、砲撃を続ける。敵艦隊が到着するまでに最大限の損害を与え、海に潜る。


 まさに、深海より来たる黒き火柱。


 米西海岸の砲撃は、わずか一時間で終わった。


 だがその余波は、何日、何週間にもわたり、アメリカ全土を覆い尽くすことになる。


 「日本軍が、我が国本土を砲撃した」


 その衝撃は、真珠湾の報に続く激震として、全米を駆け巡った。


 メディアは「黒い巡洋艦が湾を漂った」と報じ、軍は対潜哨戒を強化し、西海岸に急遽、海岸砲や探照灯を展開した。


 FBIと海軍情報部は「内通者の存在」まで疑い、日系移民社会は一夜にして弾圧の対象となる。


 伊丁一号・二号艦は、その後、数日の潜航の末、無事に太平洋を横断し、マリアナ沖にて燃料補給を受けた。


 戦果としては――敵艦の撃沈こそ無かったが、都市インフラへの損害、心理的打撃、対日世論の爆発的悪化という意味で、作戦は成功だった。


 しかし、その代償もまた、大きかった。


 伊丁二号艦は、翌年中にアリューシャン作戦に参加するも、米哨戒機に発見され撃沈。


 伊丁一号艦は、最終的に帰国を果たすも、その存在自体が機密扱いとされ、戦後は解体され記録も抹消された。


 かつて、アメリカ本土を直接砲撃した艦があったことを知る者は、いまやごくわずかだ。


 だが、太平洋の底に、いまもなお残されているはずである。


 ――かの黒き火柱が、世界を震撼させた、あの一時間の記憶を

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