6話「気持ちと音」
ステージから見た景色、客席の光、音、熱。
忘れられない夜が、これからを変えていく。
LINEの着信音が鳴る。
まさか呟きが聞こえたわけじゃないはずなのに、
画面に“セナ君”の名前が表示された瞬間、心臓が跳ねた。
『すすんでるー?』
「……全然……」
『ぶはっ! だと思った!
今さ、ライブのリハ中でさ。埼玉でライブなんだけど来ねー?』
「え!? 行っていいの!?」
『おー、来い来い! そんな沈んでたらいいもんなんてできねーよ。
来たら絶対楽しいからさ!』
脳裏に、前に見たあのライブの光景が浮かぶ。
藁にもすがる思いで、私はすぐに電車に飛び乗った。
イヤホンからは、何度も繰り返し聴いたスターライトパレードの曲。
流れる音に包まれながら、ぼんやりと外の景色を眺める。
私は……どんな曲を作りたいんだろう。
もしできるなら、メンバーのみんなに愛される曲がいい。
……って、また自分でハードル上げてる。
*
移動中、セナ君からLINEが届く。
「名前を伝えておけば入場できること」
「リハーサルも見学できること」
「裏口の場所」など、詳細が次々と送られてきた。
裏口に着くとすぐ、警備の人が対応してくれて、マネージャーの八神さんに案内される。
「会場にいる間は、このスタッフカードを首にかけてください。
これでほとんどのエリアに入れるはずです。メンバーは今、楽屋で休憩中ですが、会いますか?」
「はい! お願いします!」
楽屋に向かう途中、すれ違うスタッフたちは
衣装の確認、立ち位置、カメラ、動線のチェック……
数時間後に始まるライブのために、膨大な準備を重ねている。
ファンに最高の時間を届けるために、
たくさんの人が、時間と労力をかけて、本気で動いているのがわかった。
「おっ、思ったより早く着いたなー!」
楽屋の扉を開けた瞬間、そこにいたのは――
カードゲームをしていたり本を読んだり思い思いにリラックスする、バスローブ姿のメンバーたちだった。
イケメンのバスローブの集団って…目のやり場に凄い困る…
「こんな格好でごめんね~。さっきまでリハで汗かいてたからさ」
怜央さんが、戸惑う私の気持ちを察してくれたように笑う。
ステージではあれほどキラキラしてたのに、
休憩中はこんなにリラックスしてるんだ……
ON/OFFの切り替えのすごさに、ただただ圧倒される。
*
「そういえば……差し入れのコーナー、途中にあったよね?
私、慌てて来ちゃって、なにも持ってこられなかった……」
「気にしなくていいって。ほとんど残って、オレらの夜食になるから」
「そうなの? 明日もここでライブって聞いて、せめて差し入れだけでもって思ったんだけど……」
その時、本を読んでいたリーダーの椿さんが顔を上げた。
「せっかく来たなら、明日も観てけば?
俺らが泊まってるホテル、1部屋くらい余ってるはずだし」
「え!? それは、さすがに迷惑じゃ……」
「こういう時って、余裕持って部屋抑えるんだよ」
「いいじゃん! 土日で学校ないんだろ?
八神さん、部屋あったらお願いしまーす!」
「……お前らなぁ……はぁ……」
ため息をつきながら、部屋を確認しに出ていく八神さんの背中を見て、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ところで、今日って観る場所選べたりするのかな?
前回はすごく近くで見せてもらったし、
今回はステージ全体を遠くから観てみたくて……立ち見でもいいから……」
「え~? めっちゃ贅沢言うね~」
「遊里、おまえが言うなや!」
真央君が遊里君をたしなめる。
……そうだよね。入りたくても入れないファンもたくさんいるんだ。
「じゃあさ、あそこはどう?」
そう言ってくれたのは、信さんだった。
細いエレベーターに乗って、さらに階段をのぼる。
「ヘルメットは必須ね」
と渡されたのは、本格的なヘルメット。
「今回はさ、フライング演出があるから、
舞台上部の“吊り設備エリア”まで登れるんだよ」
「フライング…?」
「そ、あそこからあそこまで!ワイヤーで吊るされて移動するんだよ」
*
案内されたのは、
天井付近の照明や吊り物の作業をする通路。
「……すごい。ほんとに“特別な場所”ですね」
「でしょ? でも危ないから、絶対スタッフの指示には従ってね」
ステージも客席も、まるごと見渡せる。
スモークの匂い、ほんのり響く低音、照明の熱――
真上から見るステージなんて、想像すらしてなかった。
信さんはリハに戻り、私はその場所でひとり、リハーサルの続きを見守った。
あんなに広い会場が、あと数時間で埋まるなんて……
本番まで、あと4時間。
*
リハーサルが終わったあとも、
メンバーたちは取材対応やミーティングをこなしていく。
笑顔を絶やさず、次から次へと目の回るような仕事を、すべてこなしていく。
見ているだけの私ですら疲れてきたのに……
このあと、あの大規模なライブを4時間もやるなんて……すごすぎる。
ステージ横では、衣装に着替えたメンバーが続々と集合していく。
ダンサーたちも集まり、自然と円陣ができる。
椿さんが、ゆっくりと口を開いた。
「今日来てくれてるファンは、俺らにとって一番大切な人たちです。
精一杯楽しませて、全力で楽しみましょう。怪我にだけは気をつけて。……行くぞ!!」
ステージへと走っていく彼らを見送って、
私は吊り設備エリア――“フライング・ブリッジ”に移動する。
通路を歩くだけで、ビリビリと歓声が伝わってきた。
なんだろう……2回目だからかな。
それとも、曲を作るって決めたから?
この前とは、違う音にならない想いが、
胸の中に少しずつ積もっていく。
きっと私は、これを――“曲”にしたいんだ。
*
照明のまぶしさ。
スモークの匂い。
床から伝わるベースの重低音。
……始まる前から、身体が震えていた。
暗転。
一瞬の静寂のあと、重低音が床を揺らす。
――来る。
会場を歓声が包み、光と音と風が一気に押し寄せる。
息が止まる。
ステージに現れたのは――
さっきまで、バスローブでゲームしてたはずの人たち。
でも今は、まるで別人だった。
セナ君がマイクを口に当てて叫ぶ。
「埼玉ァーー!! 準備できてんのかーーー!!」
椿さんが目で指示を飛ばし、真央君がダンスで答える…
怜央さんが客席に投げキス、そしてファンの歓声。
こんなの……夢中にならない方が、おかしい。
弾けるライト。揺れる客席。
信さんの優しい歌声が会場に響く。
──1曲目。
そのイントロが流れた瞬間、思わず手すりを握りしめた。
何度も聴いたはずのあの曲なのに、
ライブで聴くと、まるで別物だった。
音が熱を持ち、
歌詞が叫びに変わり、
振り付けが“生き様”に見えた。
このステージのために、彼らはずっと走ってたんだ
その事実が、胸を強く締めつける。
私は――この人たちの音を作りたい。
私の音で、このステージをもっと強くしたい。
頭の中に楽譜が広がる。
音にならない音が、少しずつ形になっていく。
*
ライブ終盤。アンコール。
マイクを置いた彼らが手を繋ぎ、大きく息を吸い込む。
『ありがとうございましたぁぁぁああ!!』
──でも、音はまだ鳴っていた。
歓声が響く中、私はずっと音を探していた。
彼らの声。
動き。
想い。
汗。
それらすべてが、旋律になろうとしていた。
楽譜じゃない。コード進行でもない。
“気持ち”が先にあって、音があとからついてくる。
こんな感覚、初めてだった。
――きっと、これだ。
私が作りたいのは、“正しい曲”じゃない。
彼らと、彼らを好きな“誰か”の心を繋ぐ、そんな音だ。
今なら……書けるかもしれない
ライブ後。
メンバーは明日のミーティングのため、そのまま控室へ。
私は八神さんに案内された、空いていたホテルの一室へ。
食事もとらず、私はずっと、
今日のライブを何度も思い返していた。
手は、ありもしないピアノを空中で叩いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
何かをついに掴んだ奏…
どんな曲ができあがるのか楽しみです。
もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。
次回、は6話と7話の間のセナ視点のアンサーストーリーを公開します。
【7月21日(月)夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!