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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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加納と木俣、怪物と遭遇する(1)

 その日も、加納と木俣は街中を徘徊していた。

 街中をあちこち歩き、時おり喫茶店やレストランなどで休む。さらには、映画館や遊戯施設に入ったりもしている。その様は、休日を楽しむ友人同士のようであった。

 ただし、木俣の表情は張り詰めている。人混みを歩けば、否応なしに視線を感じた。それも、四方八方からである。

 加納と一緒に歩いていれば、それも仕方のないことだ。ところが、今日は違う種類の視線を強く感じる。Sさらに、十分ほど前から付けられていた。数人の若者たちが、人混みに紛れて尾行しているのだ。

 もっとも、この状況は作戦通りでもあった。


(僕らが、剛田たちの注意を引き付ける。その間に、君らが情報収集をしてくれ)

 

 来夢市に来る前、加納は真琴たち三人に言っていた

 加納の立てた計画はこうだ。加納と木俣が、旅行と称して繁華街を派手に動く。そうなれば、剛田たちの目はこちらに向くだろう。何をしに来たのか、接触するか様子を探るかしてくるはずだ。

 その間に、真琴とナタリーと小林が情報を集める。真琴は少々不安な点もあるが、加納への忠誠心は保証済みだ。

 ナタリーは、かつて海外でマフィアの一員として活動していた女だ。幼い頃にマフィア幹部に育てられ、殺し屋としての教育を受けてきた。トータルの技量はかなりのものだし、信頼は出来る。

 小林はといえば、裏の世界で長く飯を食っていた男だ。一見すると、若いサラリーマンにしか見えなぃ。だが、十代の頃に人を殺し、こちらの世界に入ってきたという経歴の持ち主である。血を見る展開には慣れているし、何よりラエム教を敵視している。いつか、教祖の猪狩寛水を殺す……そのためだけに、アメリカに渡り銃器や爆発物の扱いを学んでいた男なのだ。

 この三人なら、今回の計画に加えられる。逆に言うと、この三人以外に信用のおける人間を見つけられなかったのだ。

 ラエム教は、そこらの怪しげなカルト教団とは違う。日本で誕生し長らく日本で活動しており、信者たちの数も多い。裏の世界にも、独自のネットワークを持っている。下手な人間を使えば、そこから計画が漏れてしまうのだ。


「そういえば、あのふたりはどうしてる?」


 不意に、加納が尋ねた。


「真琴とナタリーですか?」


「うん。彼女たちは、ちゃんとやってるのかな」


「真琴はともかく、ナタリーはあれでもプロですからね。やることはやるでしょう。でなきゃ、俺が捻り殺しますよ」


 木俣が答えた時、加納は突然立ち止まった。何やら疑問が浮かんだらしい。


「なあ木俣、前にナタリーと殺り合いそうになってたよね。あの時は、本気だったのかい?」


「もちろんですよ。あの女、加納さんに対する口の利き方がなっていないですからね。いっぺんシメとかないと……と、前から思っていたんですよ」


「ナタリーと君の戦いは、是非とも見てみたいな」


「拳銃なりナイフなりを持っている状態ならともかく、素手ならばいつでも捻り潰せますよ。まあ、少々手こずるかもしれませんがね」


「君でも手こずるのか。さすがはナタリーだね。僕が信頼するだけのことはある」


 感心したような面持ちで、加納は言った。だが、木俣の方は面白くもなさそうだ。ナタリーが褒められたのが気に入らないのだろうか。

 だが、その表情が変わる。木俣は、緊張した面持ちで口を開いた。


「加納さん、奴はあなたの知り合いですか?」


 その声は震えている。加納は、何事かと前方に目を凝らした。

 ひとりの外国人が見える。身長は百七十センチもないと思われる。日本人から見ても、小柄な部類に入るだろう。

 だが、首や腕は常人離れした太さだ。黒いTシャツを着ているが、裾から覗く二の腕には瘤のような筋肉がうねっていた。しかし、ボディビルダーのそれのような自身の動きを阻害する付き方はしていない。

 肌は浅黒く、いわゆるヒスパニック系だろう。顔の彫りは深く、目鼻立ちは整っていた。国籍は不明だが、純粋な日本人でないのは確かだ。

 そんな男が、こちらに向かいすたすた歩いてくる。目線もまた、加納へと向けられていた。ふたりに用があるらしい。両者の距離は二十メートルほどだろうか。

 奇妙なことに、この外国人が現れる少し前から、人の流れが変わっていた。にぎわっていたはずの大通りだったが、加納らのいる地点では人通りがばったり途絶えている。

 加納と木俣と外国人、三者の周辺には人気(ひとけ)がない。となると、何か起きても通報する者はいないということだ。

 そんな状況にもかかわらず、加納は物憂げな表情で首を傾げる。


「いや、僕の知り合いにあんな奇人はいないな。ということは、彼は君の知り合いでもないというわけだね?」


「もちろんです。あんな奴、見たこともないですね」


 言いながら、木俣はさりげない動きで前に出た。加納をガードする体勢に入ったのだ。

 やがて、外国人も足を止める。加納と木俣、そして外国人は無言で見つめ合う。両者の距離は、三メートルほどだろうか。

 突然、木俣の額から汗が垂れた。彼は、この外国人から異様な空気を感じ取ったのだ。いや、外国人が周囲の空気を変えている……と言った方が正確か。

 数々の修羅場をくぐり、月の輪熊ですら素手で撃退したことのある木俣だったが、この外国人はそんな生易しい存在ではなかった。彼がこれまで見てきた、どの人物とも異なっている。ヤクザの親分など、この怪人物に比べれば小学生の悪ガキにしか思えない。

 目の前にいる外国人は、掛け値なしの危険人物である。裏の世界で、生きるか死ぬかという状況を数多く経験してきた木俣だからこそ、わかることがある。

 こいつは、化け物だ── 


「やあ、はじめまして」


 先に口を開いたのは、外国人の方だった。流暢な日本語である。発音も完璧だ。


「お前、誰だ?」


 木俣が尋ねる。その声は震えていた。外国人から放たれる異様な空気により、そばにいるだけで震えてくる。岩のごとき顔が、さらに恐ろしいものになっていた。

 そんな木俣とは対照的に、加納は笑みを浮かべていた。目の前にいるふたりのやり取りを、興味深そうに眺めている。


「初対面の人間に対し、お前誰だ、は失礼ではないのかな」


 対する外国人は、冷静そのものだった。完全なる自然体で立っている。巨体の木俣を、恐れる気配はない。

 緊迫した空気の中、いきなり乱入してきた者がいた。ひとりの若者が、両者の間に割って入る。


「悪いけどさ、ガイジンのおっさんはどいててくんない? 俺ら、この人に用があるんだわ」


 ポロシャツを着て髪を茶色く染めた若者が、加納を指さしながら言った。

 さらに、数人の男たちが現れる。彼らは皆、加納の方を向いていた。雰囲気から察するに、チンピラもしくはヤクザの準構成員といったあたりだろう。先ほどから、加納と木俣を尾行していたのがカレらだ。

 加納はというと、困ったなあとでも言いたげな表情で斜め上を見る。ここにいる男たちは、前回の若者たちに比べれば格上なのかもしれない。それでも、加納を説得し剛田の元に連れていくことができるような器量の持ち主ではない。

 何より、この状況に乱入する行為がどれだけ恐ろしいことか、全くわかっていない。ライオンとトラが睨み合っている場に、チワワがちょっかいを出すようなものだ。


「この来夢市は、礼儀を知らない人が多いな。俺の方が先に、こちらの御二方と話をしていたのだよ。俺の話が終わるまで待つのが、礼儀というものではないのかね」


 外国人が、彼らに声をかける。口調は冷静だが、僅かに表情が変わっていた。チンピラたちの態度に、不快なものを感じたのか。

 しかし、チンピラたちほ怯まない。筋肉質の外国人とはいえ、相手はひとりだ。身長も高くない。大したことはない、と判断したのだろう。


「はあ? 何言ってんだよ。礼儀もクソもあるか。こっちはな、剛田さんに言われてんだ。邪魔すっと死ぬよ?」


 言いながら、顔を近づけていく。チンピラに特有の脅し方だ。

 しかし、彼らはわかっていなかった。ここにいるのは、そんな脅しが通用するような者ではない。


「礼儀とクソという単語には、何ら共通点が見当たらない。日本に古くからある言い回しなのだろうが、俺のような外国人に対し使う言葉としては適切ではないな」


 あくまで理路整然と返していく外国人。日本人であるチンピラより、日本語のボキャブラリーが豊富である。

 チンピラの表情が歪んだ。


「はあ!? 訳わかんねえことをゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ! 今すぐ消えろ!」


 言いながら、外国人の胸をドーンと突いた。しかし、外国人は微動だにしなかった。何事もなかったかのように、にこやかな表情で立っているのだ。

 突いたチンピラの顔が、恐怖で歪む。その手応えや、相手の反応を見て、ようやく目の前にいる男が常人でないことに気づいたのだ。

 一方外国人は、加納に目線を向ける。


「申し訳ないが、少しの間待っていていただけるかな」







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