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加納と木俣、散策する

 午後八時、来夢市の繁華街にて、ちょっとした騒ぎが起こっていた。若い女たちはうっとりした顔で、若い男たちは羨望と嫉妬の混じった表情で、ある人物を注視している。

 彼らの視線の先にあるものはというと、加納春彦と木俣源治であった。このふたりが並んで、わざわざ繁華街の大通りを歩いているのだ。

 加納は、天使も羨むほどの美形である。神が気まぐれで誕生させたとしか思えない顔立ちだ。某事務所のタレントたちですら、文字通り顔負けであろう。

 体つきはしなやかで足は長く、無駄な肉は一切ついていない。少女漫画の王子さまキャラがリアルな世界に現れたのではないか、とさえ思える姿だ。

 しかし、着ている白いTシャツの胸元には、黒字で大きく『一日一善』と書かれている。このTシャツが、彼の魅力を損なっているのは間違いなかった。もっとも、本人は何ら気にしていないらしい。


 その隣を歩く木俣は、身長百九十センチ体重百二十キロの大男だ。肩幅は広くがっちりしており、胸板は分厚い。首の横に付いている僧帽筋は、山のように盛り上がっている。小口径の拳銃ならば、発砲されても筋肉で受け止めてしまえそうな肉体の持ち主である。

 しかも、顔が怖い。巨大な岩石を、神が力ずくで擬人化させたようないかつい顔立ちである。

 加納がタレント顔負けのイケメンなら、木俣はプロレスラー顔負けのガタイの持ち主である。しかも、夏だというのに黒いスーツをぴっちり着込んでいる。加納の横にピッタリとくっついており、近づく者を鬼瓦のごとき顔面で追い払っていた。




 こんなふたりが、来夢市の繁華街を並んで歩いているのだ。否応なしに目立ってしまう。

 最初に行動を起こしたのは、怪しげな店の客引きだった。すっと前に出ていき、声をかける。加納なら、ただ店に来るだけでも充分な客寄せ効果があるからだ。

 だが、木俣が無言の圧力で追い払った。この男、ただ大きいだけではない。裏の世界で、数々の修羅場を潜って来た者に特有の凄みがある。客引きたちはそういった空気を敏感に嗅ぎ取り、あっさりと引いたのである。

 その後、彼らに接触する者などいない。ただただ、遠巻きに見ているだけである。来夢市の繁華街は、今や彼らのランウェイ会場と化していた。

 もっとも、当の加納は平静な態度である。己に向けられる好奇の視線など、全く意に介していない。


「なあ木俣、このラエム教とはどういった教義なのかな」


 言いながら、先ほどもらってきたパンフレットを見る。表紙には、にっこり微笑む猪狩寛水の写真が載っていた。


「知りませんし、興味もないですね。あなたは、既に調べているものだとばかり思っていました」


 木俣は、冷めた口調で答える。もっとも、その目は油断なくあちこちに向けられていた。何かあれば、すぐに動く……その体勢を崩してはいない。


「以前もらった別の小冊子に、少しだけ目を通してみた。だがね、今ひとつ面白くなかったので捨ててしまったよ。あれは、ライターが良くないな」


「そういう問題ですかね」


「木俣、その考え方は改めるべきだな。あらゆる分野において、人を楽しませるという要素は基本中の基本だ。あの小冊子を書いた者は、そこが全くわかっていない。結果、非常に面白くないものになっている。嘆かわしい話だよ」


 そんなことを言った時だった。突然、木俣の表情が変わる。


「どうやら厄介事になりそうです。いざとなったら、俺に構わず走ってください」


 低い声で囁いた。

 直後、細い裏道から少年たちが出てきた。かなりの人数だ。彼らは出てくるなり、加納らの前に立つ。どうやら、この裏道でじっと待ち伏せをしていたらしい。

 少年たちの中でも、一番年かさと思われる少年が前に出た。おそらく、彼がリーダー格なのであろう。愛想笑いを浮かべつつ口を開く。


「すみません、ちょっと待ってください。加納春彦さんスよね?」


「いかにも、僕が加納春彦さ。で、君らはどなたかな?」


「自分たちは、剛田薫さんの使いのモンです。剛田さんが会いたいって言っているんで、来ていただけないッスかねえ?」


 言いながら、裏道にあるものを指さす。

 そこには、車が停まっていた。どこにでもある中古車だろう。高級車でないのは確かだ。

 加納は、首を傾げつつ車を見つめる。つまらないなあ、とでも言いたげな顔つきだ。

 一方、木俣はというと、加納と少年たちとの間にさり気なく入っていった。その額には、汗が滲んでいる。万が一、この少年たちが自爆テロのようなことを試みたら、木俣が命を捨て加納に覆いかぶさるしかない。

 そう、ボディーガードにとって体の大きさというのは重要な要素である。これは、単なる見かけ上の問題だけではない。爆発物を放り投げられたような時、警護対象に覆いかぶさる以外に守る手段がない場合もある。

 細マッチョのイケメンがボディーガードなどやっていられるのは、ドラマや映画の中だけである。現実には、日本によくいる男性タレントのような細身のボディーガードを雇う者などいない。いるとすれば、小柄な女性くらいのものだろう。


 木俣が、戦場の兵士のごとき緊迫した空気を漂わせている中、加納は物憂げな表情で口を開く。


「その剛田氏と僕とは、交友関係があるわけではない。面識もない。にもかかわらず、いきなり君らのような人間を寄こし、すぐ来いと言うのかい。あまりにも失礼な気がするね」


 その言葉に、リーダー格は不快そうな表情を浮かべた。それでも、丁寧な口調でなおも聞いてくる。


「自分らは礼儀とか、よく知らないんスよ。申し訳ないッス。でも、剛田さんは是非とも来てほしいと言ってるんスよ。来てくんないスか?」


「悪いが断る」


「はい? どういうことッスか?」


「僕は今、その剛田なる人物と会う気分ではない。そもそも、君らのような人間を寄こす時点で、何をか言わんやとしか評しようがないな。君らと一緒に移動するくらいなら、死体置き場でモツの煮込みを食べる方が、よっぽどマジだね」


 リーダー格の表情が、またしても変化した。あからさまな敵意を向けてきている。


「あのね、自分らもガキの使いじゃないんスよ。剛田さんに言われてるんで、来てもらわないと困るんスよ」


「君らの事情など知らないな。僕は今、忙しい。木俣とふたりで、もう少し散策したいのさ」


「それじゃ済まないんスよね。とりあえず一緒に来てくださいよ」


 言いながら、リーダー格は加納に近づこうとする。だが、木俣に阻まれた。


「いい加減にしろ。加納さんは、行きたくねえって言ってるんだ。帰って、剛田にそう伝えろ」


「それじゃ済まねえって言ってんだろうが」


 凄みながら、前に出てきたのはドレッドヘアの少年だった。身長だけなら、木俣より僅かに低い程度である。確実に百八十センチは超えているだろう。しかも、横幅の方は木俣より太い。おそらく百三十キロはあるのではないか。

 そんな少年が、木俣に因縁をつけるかのような態度で近づいてきている。少年たちの間に漂う空気も、一瞬にして変化した。

 一方、ドレッドヘアは木俣を睨みながら、さらに言葉を続ける。


「おっさんよう、あまりイキってるとケガするぜ。俺はな、アメリカから来た。あっちじゃ、デカくてヤバい奴なんざいくらでもいるんだ。お前よりデカい奴を、いっぱいブッ倒してきたんだよ」


 そこまでしか言えなかった。直後に、木俣の拳が放たれたのだ──


 何の変哲もない、力任せのパンチであった。

 にもかかわらず、その威力には凄まじいものがあった。馬に蹴られたかのような衝撃を受けたのだろう。ドレッドヘアは、耐えきれず後方に吹っ飛んでいった。

 直後、地面に倒れピクピク痙攣する。彼の鼻と唇は切れて大量の血が流れており、前歯は大半がへし折れていた。

 周囲の少年たちは、唖然となっている。仲間が倒されたというのに、動く気配がない。

 それも当然だった。彼らの中で、もっとも強い男であり精神的支柱だったのが、かのドレッドヘアの少年である。その精神的支柱が、木俣にたった一撃で倒されたのだ。こうなると、彼らもどうしようもない。

 木俣の方は、動きを止めていない。倒れているドレッドヘアに、つかつかと近づいていく。

 手を伸ばし、少年のベルトを掴んだ。もう片方の手は、少年のシャツを鷲掴みにしている。

 次の瞬間、一気に胸元まで持ち上げた──


 他の少年たちは、愕然となっている。百キロを軽く超えている巨体を、木俣は軽々と引き上げてしまったのだ。

 その後の行動もまた、人間離れしたものだった。ドレッドヘアの巨体を、無造作に放り投げたのだ。

 ドレッドヘアの体は、軽々と宙を舞った。地面に叩きつけられ、鈍い音が響き渡る。

 さらに、木俣は少年たちに吠えた──


「そいつは、お前らの仲間だろうが。さっさと病院に連れて行ってやれや!」


 その一喝に、少年たちはようやく我に返ったらしい。数人がかりで、ドレッドヘアを運んでいき車に乗せた。他の少年たちも、血相を変えて引き上げていく。

 数秒後、少年たちは完全に消え去っていた。加納はといえば、つまらなささそうな表情で口を開く。


「なあ木俣、剛田という人物は……確か、ラエム教の大幹部のはずだよね?」


「詳しくは知りませんが、そのはずですね」


「その大幹部が、僕を呼び出すためにあんな連中を寄こした……これは、どう解釈したものかね。剛田という男は、かなり頭が悪いのかな。それとも、ラエム教自体が我々とは価値観が違いすぎるのかね」


「さあ、どうでしょう。ただのバカに、大幹部が務まるとも思えません。まあ俺としても、あんな雑魚どもを寄こしたのは気に入らないですね。もし剛田に会ったら、顔面に一発お見舞いしないと気が済まないです」


「まあまあ、そう言うな。我々の作戦が、上手く運んでいることがわかっただけでも充分だ。そろそろ行こうじゃないか」


 ・・・


 そんな加納と木俣のしたことは、繁華街をうろつく大勢の人間に見られていた。

 当然ながら、誰も手出しできない。口出しすらかなわなかった。加納の美しさと木俣の剛腕ぶりに、野次馬たちは完全に呑まれていたのだ。無言のまま、去りゆくふたりをじっと見ている。中にはスマホで撮影している者もいたが、大半の野次馬はそれすら忘れていたらしい。


 そんな野次馬たちの中に、奇妙な男が混じっていた。灰色のスーツ姿で肌は浅黒く、黒髪は程よい長さである。彫りの深い顔は、彼が日本人でないことを見る者に伝えてくれていた。

 身長はさほど高くなく、百六十五センチから百六十七センチほどだろう。百七十センチに満たないのは間違いなかった。大きさだけ見れば、小柄と言っても問題ないだろう。しかし、鍛え抜かれた肉体の持ち主であることは、スーツを着ていてもはっきりとわかる。胸板は分厚く、ワイシャツから覗く首は異様な太さだ。

 この奇妙な外国人は、加納と木俣を遠目に見ながらボソッと呟いた。


「やはり、君らも参戦してきたか、面白くなりそうだ」

 


 





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