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加納、皆に計画を話す

 加納春彦。木俣源治。真琴。ナタリー。そして道中で加わった小林綾人(コバヤシ アヤト)と名乗る青年。

 彼ら五人は今、流九市にある高級マンションの一室に来ている。普段、加納が事務所として用いている部屋だ。

 もっとも、部屋の中は高級とは言えない状態だった。客間にはテーブルと来客のための椅子、さらにソファーが置いてあるだけだ。実にシンプルなものである。生活の匂いなど、微塵も感じられない。

 室内では、加納は専用の椅子に座っている。ナタリーと真琴はソファーだ。木俣は加納の隣で直立不動の姿勢を崩さない。小林はというと、壁に背中をつけ、立ったまま成り行きを見守っている。




 そんな中、最初に口を開いたのは加納だった。


「まず、君たちに聞きたい。来夢市のことを知っているかな?」


「ええっ? 知らないですぅ」


 真琴が、大袈裟な仕草とともにかぶりを振る。木俣がジロリと彼女を睨んだが、加納は頷き語り出す。


「そうか。では、大雑把にではあるが説明しよう。来夢市の面積は、東京都のおよそ半分程度。人口は三百万人ほどだが、ここ数年の発展ぶりは目覚ましい。今、来夢駅の周辺は、人の行き来が絶えることはない。繁華街でも、常にかなりの額の金が動いている。東京や大阪に次ぐ大都市になろうとしている街……と言っても、過言ではないだろうね」


 そこで、加納は言葉を止め一同を見回す。

 少しの間を置くと、再び語り出した。


「この街の最大の特徴はといえば、住民のほとんどが新興宗教であるラエム教の信者だということだ。そうだよね、小林くん?」


 話を振られた小林は、ウンウンと頷いた。

 この青年は中肉中背で、年齢は二十代の半ばだろうか。おそらく、加納と同じくらいの年代であろう。髪は程よい長さで切り揃えられており、顔つきはおとなしそうだ。

 外見だけ見れば紺色のスーツに身を包み、にこやかな表情で皆を見回す姿は若手営業マンのようである。しかし、この男は半年前までアメリカにいた。それも、裏社会の人間と接触し独自の活動をしていたのである。

 そんな小林だが、語る口調は穏やかなものだった。


「そうですね。俺も調べてみましたが、中心地に至っては百パーセントといっていいと思います。来夢市は、ラエム教に支配されている街ですね。ラエム教にあらずんば来夢市住民にあらず、という感じですよ」


 小林の話が終わると同時に、加納が語り出した。


「では、僕の計画を説明しよう。まずは、この来夢市に乗り込む。そして、ラエム教の大幹部である剛田薫氏に接触し、彼から情報を聞き出す。その情報に従い、彼が隠しているものをいただく。以上だ」


「えっ? それだけですかぁ?」


 素っ頓狂な声を出した真琴だったが、ナタリーが口を挟む。


「それだけ、とは言えないな。その剛田に接触するまでが一苦労なのだろう」


 その言葉に頷いたのは小林だ。彼は、さらに話を続ける。


「その通りですよ。この剛田ってのは、あなた方の想像を遥かに超える化け物です。ラエム教の汚れ仕事を一手に引き受けている男でしてね、教団にとって邪魔な人間を次々と消してきました。そんな奴なんですよ。当然、会わせてくれと言って簡単に会えるような人物ではないですね。となると、隙を見てさらうか、力ずくで部下たちの囲みをして本人に会うか、どちらかです」


「しかもだ、ここは相手のホームだよ。周りの人間が全て敵、という状況だ。圧倒的に不利だよ。もし見つかれば、簡単に消される。なにせ、警察ですら剛田には手出し出来ないそうだからね」


 言葉を付け加えたのは加納である。言った後、彼は皆の顔を見回した。


「さて、どうする? 引き受けてくれるかな?」


「真琴はぁ、もちろん引き受けますぅ! 加納さんのためならぁ、何でもしますぅ!」


 言うなり、真琴はぱっと立ち上がった。満面の笑顔で、加納に走り寄り抱きつこうとする。が、その動きを察した木俣が罵声を浴びせた。


「そこで止まってろ! 加納さんに近づくんじゃねえ!」


「もおぉ、木俣さんてば、すぐ怒るんだからぁ」


 プクーッと頬を膨らませる真琴だった。そんな彼女を見て、小林は苦笑しつつも口を挟んだ。


「真琴さんはお気楽ですな。それはともかく、私はやりますよ。ついでに剛田の命も奪えれば、ラエム教には大ダメージだ。願ってもないチャンスです。むしろ、こっちからお願いしたいくらいですね」


 その時、ナタリーが口を開いた。


「率直な意見を言わせてもらうが、正気とは思えない計画だな。宗教団体の本拠地に乗り込み、大勢の信者たちに囲まれた汚れ仕事専門の大幹部を拉致し、情報を吐かせるのか。総理大臣暗殺の方が、まだ楽な気がするよ」


「君は降りるのかい?」


 加納に聞かれたナタリーは、冷たい瞳で彼を見つめる。


「聞かせて欲しいことがある。あなたは以前にも、この計画について触れていたことがあったな。その時は、まず不可能だと言っていた。私の記憶は間違っているかな?」


「いや、間違ってはいないよ」


「当時は不可能だと言っていたが、今は違う。つまりは、今ならば勝算ありと判断したのだろう。その勝算が何なのか、是非とも教えてくれないかな」


「その勝算だが、ふたつある。ひとつは、もうじきラエム教の夏の大会が始まることだ」


「夏の大会? 何だそれは?」


 怪訝な表情で聞き返すナタリーに、加納は頷いた。


「夏の大会は、来夢で三日間に渡り開催される。遠方から来る信者も、かなりの数に及ぶだろう。中には、その前から現地に滞在するような者もいるかもしれない」


 そう、ラエム教の信者にとって、夏の大会は欠かせないイベントなのである。

 なにせ教祖である猪狩寛水(イガリ カンスイ)が、巨大なドーム型のイベント会場に現れるのだ。今や、猪狩は滅多なことでは表舞台に姿を現さなくなった。マスコミの取材も、ここ数年は受けていない。リモートの集まりにも、滅多に顔を出さなくなった。実は亡くなっているのではないか、という噂まで流れているほどだ。

 さらに、ここ数年は伝染病などの影響で、夏の大会は自主規制していたのだ。そのため、猪狩が一般信者の前に顔を見せることもなくなっていた。

 そんな猪狩が、久しぶりに信者たちの前でありがたい演説を行うのである。今回は来夢ドームを本会場として、リモート放送を使いつつ各国にて同時開催するのだ。今のところ、のべ一千万人以上が参加する予定らしい。この数字が正しければ、教団史上でも最大規模の祭典ということになる。


「しばらくの間、来夢市は来訪者で溢れることになる。つまりは、我々も仕事がしやすくなるというわけさ」


 自信たっぷりの様子で語る加納だったが、ナタリーの方は納得できていないらしい。


「それだけでは、いささか心もとないな。で、もうひとつは?」


「ペドロ・クドウ。この名前に心当たりはあるかい?」


 途端に、ナタリーの表情が固まった。しばらくの間、じっと加納の顔を凝視している。

 ややあって、彼女はどうにか声を出した。


「ある。それが、どうかしたのか?」


「彼が来日したという噂を聞いた。しかも、来夢市に向かっているらしい」


 加納が言った瞬間、ナタリーは立ち上がった。凄まじい形相で加納を睨んでいる。今にも殴りかかって行きそうな雰囲気だ。

 この無礼な態度に、木俣は気分を害したらしい。唸り声を上げ、前に進み出ようとした。だが、加納が素早く彼の手を掴む。その仕草だけで、木俣の動きは止まった。

 ややあって、ナタリーが口を開く。


「加納さん、あなたはペドロという人物がどんな男なのかわかっているのか?」


「さあ、詳しくは知らない。ただ、とんでもない危険人物だということは聞いた。小林、君はどうだい?」


 振られた小林は、首を傾げつつ答える。


「会ったことはないですね。ただ、聞いたことはあります。アメリカにて七件の殺人事件で逮捕され、レイカーズ刑務所に収容されたが脱獄したとか。アメリカでも、かなり有名な男でしたよ」


 そこで、ナタリーはふうと溜息を吐く。皆の顔を見回すと、静かな口調で語り出す。


「君らは、何もわかっていないな。ペドロという男は、メキシコでは伝説となっている存在なんだよ。この男を殺すため、メキシカン・マフィアは完全武装した腕利きの傭兵数百人を送り込んだ。結果、ひとつの街が瓦礫に覆われた廃墟と化してしまったが、ペドロは傭兵たちを全て返り討ちにした。その後、悠々とアメリカに渡ったのだよ」


 淡々と語っていくナタリーだったが、加納の表情に変化はない。


「そんな男が、来夢市にて何をするのだろうね。まあ、単なる観光ではないだろう。必ず、何かやらかすはずだ。となると、我々も仕事がやりやすくなるかもしれない。そこに、僕は勝算を見出したわけだ」


 楽しそうに語っている。みんなで遊ぶネットゲームか何かについて語っているかのようだ。

 さすがのナタリーも、呆れたような顔つきで尋ねる。


「あなたは、本当に恐ろしい人間だな。下手をすれば、ペドロとやり合うことになるかもしれないのだよ?」


「そうはならないさ。彼にとって、僕らなどしょせんは雑魚レベルだろう。それに、虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある」


 爽やかな表情で、加納は答える。しかしナタリーは、その言葉に引っかかるものを感じた。

 少しの間を置き、再び尋ねる。


「差し支えなければ、もうひとつ教えてくれないかな。あなたが求める虎子とは、いったい何なのかな?」


「そうだった、君には教えていなかったんだね。実は、僕の母なんだよ」


「母?」


「そう。僕の母親が数年前、剛田薫氏に拉致されたらしい。しかも、まだ生きているとも聞いた。僕はね、その母に会いたいのさ」






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