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加納、颯爽と登場する

 公園に入ってきた者は、黒いスーツを着た巨大な男であった。この中にいる誰よりも背が高く、肩幅の広いがっちりした体格だ。岩のようないかつい顔に、オールバックの髪型は問答無用の迫力がある。

 大男はズカズカ入って来ると、チンピラたちの前で立ち止まる。冷酷な目で、彼らひとりひとりを見下ろした。


「お前らは、日本語がわからねえのか? 何をしてるのかと聞いてるんだよ」


 大男の問いに、金髪が慌てて答える。


「えっ? あっ、いや、自分らはこの辺の住民なんですが、公園でホームレスが溜まってたもんで注意しに来たんです」


 見ていて、惨めなくらいに情けない態度だった。先ほどまでとは口調が一変し、今にも泣き出しそうな表情になっている。

 それも当然だった。この大男、名前を木俣源治(キマタ ゲンジ)といい、流九市ではヤクザも半グレも警官も市長も避けて通るほどの大物である。噂では、かつて街で暴動が起きた時、三十人からなる暴徒の中に単身で乗り込み丸腰で鎮圧してしまったそうだ。素手の喧嘩なら日本最強ではないか、との噂もあり、とかく武勇伝には事欠かない人物である。

 しかも、この木俣が動くとなると、そばには必ず()()()がいるはずだ。

 流九市でも、もっとも危険な青年。狂気を感じさせ、行く先々で騒乱を巻き起こす男が──


「木俣、いったい何事だい?」


 爽やかな声と共に入ってきたのは、ヨーロッパの人形のように整った顔立ちと美しい瞳、色が抜けそうな白い肌を持つ青年だ。身長は百八十センチほどはあるだろうか。細身ではあるが、しなやかで強靭さを感じさせるボクサーのような体つきをしている。白いTシャツにデニムパンツというラフな服装に身を包み、しなやかな動きで公園内へと入って来た。

 道ですれ違えば、男女問わず大半の者が二度見してしまうであろう美貌の持ち主である。だが、よくよく見れば、Tシャツの胸にはデカデカと『一同整列』などと書かれている。外国人の好んで着る漢字Tシャツのようだが、彼は日本人なのだ。顔だけみれば国籍不明だが、日本で生まれ日本で育った純然たる日本人である。

 そんな奇人・加納春彦(カノウ ハルヒコ)は、物憂げな表情で公園内を見回した。

 そこで、真っ先に動いたのは真琴だ──


「はぁ、怖かったぁ! 加納さぁん! この人たちがいじめるんですぅ!」


 舌っ足らずな口調で言いながら、加納のそばに走り寄ろうとする。だが、木俣も黙って見ていない。彼の前に立ちはだかり、恐ろしい目で真琴を睨みつけた。


「加納さんに、それ以上近づくな。言いたいことがあるなら、そこから言え」


「もう、木俣さんのいけずぅ」


 真琴はプーッと頬を膨らませ、木俣を睨む。だが、すぐに加納へと視線を向けた。


「あの怖いお兄さんたちがぁ、あたしに夜のボランティアやれなんて言ってきたんですぅ。ここでは言えないようなぁ、もんのすんごくいやらしいことしろなんて言って、あたしの胸やお尻を触ったんですぅ」


 チンピラたちを指さしながら、真琴は体をくねらせ訴える。

 加納の目が、チンピラたちへと向けられた。


「ほう、それは聞き捨てならないな。君たち、それは本当かい?」


「えっ、いや、それはその……」


 しどろもどろになりながら答える金髪だったが、加納はさらに続けた。


「ここでの炊き出しは、僕が許可を出して行われているものだ。ふたりは、僕の友人でもある。にもかかわらず、君らは妨害しようとした。その上、彼女に不埒な振る舞いまでした。つまり、君らは僕に喧嘩を売っている……と解釈していいんだよね?」


「そ、そんなつもりはありません! か、加納さんが許可を出してるなんて、全然知らなかったんです!」


 慌てる金髪だったが、真琴が横でブンブンと首を振る。もちろん横にだ。ついでに、体全体もブンブン振っている。


「嘘ですぅ。あたし、ちゃんと言いましたようぅ。許可はもらってるって」


 確かに真琴は、許可をもらっていると言った。だが、加納の名前は出していない。

 引きつった顔で真琴を見る金髪。と、加納が溜息を吐いた。


「ほう、そうか。つまり君らは、そういう人間なわけだね。僕の決めたことには従いたくないと、全身全霊で主張しているわけだね」


 加納の目つきが変わった。冷ややかな瞳で、彼らひとりひとりの顔を、じっくりと見ていく。

 途端に、金髪の顔面が蒼白になった。彼は、加納とさほど近い関係にあるわけではない。直接話すのは、これが初めてである。にもかかわらず、加納の怖さは知り尽くしていた。

 そう、この流九市の裏側を多少なりとはいえ覗いたことのある者にとって、加納春彦はカリスマであり支配者でもあるのだ。加納がいるからこそ、広域指定暴力団も流九市にはうかつに手が出せないのである。この男を敵に回したがために、消息不明になった者は数知れないのだ。

 次に消息不明になるのは、自分たちかも知れない……そんなことを思った瞬間、金髪は動いた。その場にしゃがみ込むと、額を地面に擦り付ける。


「そんなことないです! す、すみませんでした!」


「やめてくれないかな。土下座などされたところで、こちらは何も得しない。見ていて面白くもないし、ただただ見苦しいだけだ」


 言いながら、加納は彼の髪を掴んだ。

 ゆっくりと顔を上げさせると、にっこり微笑む。その口から、とんでもない言葉が飛び出した──


「まずは、そこで裸踊りでもしてもらおうか」


「は、裸踊り?」


「そうだ。さあ、やりたまえ。とりあえずは、裸で動乱節(どうらんぶし)でも踊ってもらおうか」


「ド、ドーランブシ? そ、そんなの知りません!」


「うん、知らないだろうね。僕が今思いついた単語だから」


「ちょっと待ってください! どうやって踊ればいいんですか!?」


「そんなの、君らで考えたまえ。即興で振り付けを考えて踊る、それこそが本物の舞踊ではないかと僕は思っている。さあ、今すく動乱節を踊りたまえ。もちろん全裸でだ。本能のままに、手足を動かしてみたまえ」


 突拍子もないことを言う加納に、金髪は愕然となっていた。目の前にいる美青年は、とんでもないことを言っている。


「無理です……んなこと──」


 言いかけた時、木俣の岩のごとき顔が近づいてきた。

 耳元でそっと囁く。


「てめえよう、加納さんの言うことが聞けねえなんて言わないよな?」


 尋ねた後、にっこりと笑う。

 金髪は、震えながら頷いた。立ち上がると、服を脱ぎ始める。他の若者たちも、それに吊られるかのように服を脱ぎ出した。

 加納は、何やら思案げな様子で若者たちの動きを眺めていた。




 約一時間後、全裸の若者たちが公園から出ていく。彼らは息も絶え絶えであり、体は大量の汗でびっしょり濡れていた。足をふらつかせながら帰っていく。

 それも仕方ないだろう。彼らは加納の命令により、延々一時間近く、公園の中心でドーラン節なる即興ダンスを踊らされたのだ。しかも、かなり激しめの振り付けのものである。

 ただでさえ、チンピラという人種は不健康だ。しかも、ダンスというのは見た目以上に疲れる。ほんの数分踊り続けるだけで、素人なら倒れてしまうくらい辛いものなのだ。

 チンピラたちは全員、慣れないダンスを小一時間もやらされた。もはや、精も根も尽き果てている。自身が全裸で公園を叩き出されたことも、身につけていた衣服やアクセサリー、さらには持っていた現金やスマホを『寄付』の名目で没収されたことも気にしていなかった。ただ、裸踊りという重労働から解放されたこと、そして加納の逆鱗に触れた恐怖から逃れられた安堵感しかなかったのだ。


 一方、公園のホームレスたちはホクホク顔であった。彼らのリーダー格である北村が指揮を取り、『戦利品』を皆で仕分けし公平に分けている。

 そんな中、加納がナタリーと真琴に向かい口を開いた。


「さて、邪魔者が消えたところで……君らふたりに、是非とも話がある。ここでは何だから、ちょっと事務所まで来てくれないかな」


 その提案に、真琴はすぐさま反応した。右手を挙げ、元気よく返事をする。


「はぁい! はぁい! 真琴、加納さんと一緒ならどこにでも行っちゃいますぅ!」


 言ったかと思うと、すぐさま加納の横にピッタリとくっつく。

 たちまち、木俣の表情が変わった。


「オラァ! このガキ! 加納さんにくっつくんじゃねえ!」


 真琴に向かい怒鳴りつける。この男、普通にしていても岩を無理やり擬人化させたような、いかつい顔なのである。それが今では、怒りのあまり仁王像のごとき形相になっていた。

 しかし、真琴は怯まない。


「きゃあ、木俣さんてば怖いぃ」


 言いながら、加納の左腕に己の両腕をガッチリと絡める。さらには、その飽満な乳房をもピッタリと密着させる始末だ。

 木俣の体が、プルプル震えだした。無論、怒りによるものである。


「このガキ、いっぺん死なねえとわからねえらしいなあ」


 低い声で言ったかと思うと、木俣の手がすっと彼女に伸びる。だが、加納がそれを制した。


「まあまあ、そんなに怒らないでくれ。それよりも……」


 加納の目は、ナタリーへと向けられた。彼女は、さっきから一言も発していない。裸踊りの最中も、目を逸らしたままシチューの残りを食べていたのだ。ああいった乱痴気騒ぎは、好きではないらしい。


「ナタリー、君ももちろん来てくれるよね?」


「申し訳ないが、拳銃や刃物の絡む話なら断らせてもらう」


 加納の問いに、ナタリーは冷たい声で返した。表情も冷静そのものであり、流九市の裏社会を牛耳る男に対して臆する様子がない。

 そんな態度を見て、黙っていられないのが木俣という男である。


「てめえ、加納さんの言うことが聞けねえのか」


 凄んだかと思うと、ズカズカとナタリーに近づいていく。だが、彼女はプイッと顔を背けた。無言のまま、背中を向け立ち去ろうとする。

 そんな態度を見せられては、木俣はさらにヒートアップする。手を伸ばし、彼女の肩を掴んだ。

 すると、ナタリーも素早く反応する。木俣の手を、バチンと払い除けたのだ。

 木俣の表情が変わった。


「てめえ、殺すぞ」


 低い声で凄んだ。同時に、公園内の空気が一変する。木俣とナタリーは、その場で睨み合ったまま動かない。だが、両者の間に一触即発の空気が漂っているのは間違いなかった。

 言うまでもなく、体格的には木俣の方が遥かに上回っている。顔も怖い。しかし、ナタリーの方も異様なまでの殺気を放っていた。冷めきった目で、木俣を見上げている。怯えているわけではないが、かといって木俣をナメているわけでもない。来るなら殺る、という雰囲気で大男の前に立っている。 

 今にも殺し合いを始めそうな両者だったが、その間に割って入ったのは加納だった。左腕にしがみついていた真琴を、ひょいと抱き上げたのだ。お姫さま抱っこの形である。

 かと思うと、音もなく動き木俣の前に立つ。


「まあまあ。木俣、ここは僕の顔を立てて引いてくれないかな」


 にこやかな表情で言った。が、木俣の表情はまたしても変化していく。


「か、加納さん! なんつーことしてるんですか!?」


 真っ赤な顔で怒鳴りつける。その視線の先には、お姫さま抱っこされて照れまくる真琴がいた。


「ちょっと加納さぉん、みんなが見てるじゃないですかぁ。真琴ハズいですぅ」


 そんなことを言いながら、両頬に手のひらを当てて照れまくっているのだ。


「このガキ! さっさと降りろ!」


 怒鳴りつける木俣を見て、加納はそっとしゃがみ込んだ。真琴を降ろすと、今度はナタリーの方を向く。


「ナタリー、話だけでも聞いてくれないかな。刃物や拳銃だけではなく、薬物も絡む事案なんだよ。クラッシュとかいう薬物が、ね」


「何だと……」


 ナタリーの顔つきが変わったのを見て、加納はクスリと笑った。


「君も、穏やかではいられないはずだよ。だから、話でも聞いて欲しいのさ」







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