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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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20/35

真琴とナタリー、剛田と会う

 午前十時、来夢市の繁華街はちょっとした騒ぎになっていた──



 真琴とナタリーは、駅前の通りに立っていた。昨日、剛田から連絡があり、ここで待っているよう言われたのである。

 ただでさえ、人の数は多い。学生、仕事中のサラリーマン、大会の準備に勤しむラエム教信者といった者たちに加え、外国人観光客も多く歩いている。

 黒のタンクトップにローライズのホットパンツという格好の真琴は、否応なしに男たちの視線を集めることとなった。時おり怪しげな者たちから声をかけられたりもしたが、彼女はにこやかな表情で上手くあしらっていく。

 一方のナタリーは、Tシャツにデニムパンツという服装だ。隣にいる真琴に比べれば地味だが、こちらも男たちの視線を集めるには充分である。

 もっとも、ナタリーは男たちの視線など完全に無視している。彼女には、他に気にかかることがあった。


「妙だな。さっきから、小林と連絡が取れないんだ」


 ナタリーがそっと囁くと、真琴の表情が強張った。


「えっ……じゃ、どうする?」


「仕方ない。このまま続行だ。ただし、私が逃げろと言ったら逃げるんだぞ」


 耳元で囁いた時、周囲の様子が一変する──


 人だかりが、パッと左右に割れたのだ。その真ん中を進んでいるのは、スーツ姿の男である。

 肩幅は広くがっちりした体格であり、盛り上がった胸筋や首から連なる僧帽筋は逞しい。紺色のスーツを着ているが、それでも上腕の太さは隠せていなかった。

 もっとも、見る者に一番の衝撃を与えるのは、体格より顔であろう。頭は青々とした五厘刈りで、いかつい顔にはタトゥーが彫られていた。目の周辺と頬に、稲妻のような模様が描かれている。マオリ族と似たデザインのものだ。しかも、顔面のあちこちには傷痕のおまけ付きである。

 来夢市の怪物・剛田薫が姿を現したのだ──


「待たせたな。とりあえず、ここに入ろう」


 言いながら、剛田が指さしたのは駅前のファミリーレストランであった。この男には、あまりにも似つかわしくない場所である。


「こ、ここですかぁ?」


 すっとんきょうな声を出した真琴を、剛田はじろりと睨んだ。


「何だ? 嫌だぅてえのか?」


「いえいえ! 嫌じゃないですぅ! ぜんぜん嫌じゃないですぅ!」


 即座に答えると、真琴は勢いよくファミレスへと入っていく。ナタリーも、すぐに続いた。

 剛田は、ちらりと周りを見回した。周囲にいるギャラリーは、固唾を飲んで彼を見つめている。

 彼らの視線を無視し、剛田もまたファミレスへと入っていった。




 剛田と真琴たちは、店の奥へと案内された。真琴とナタリーは隣の席に座り、剛田は向かい側の席にいる。

 広い店内には数人の先客がいて、楽しそうに会話をしていた。だが、剛田が入った途端に雰囲気が変わる。店内は、異様な空気に支配されていた。


「では、改めて……真琴ですぅ」


 そんな中でも、元気よく挨拶した真琴だったが、剛田はさして興味もなさそうだ。彼の視線は、隣の女へと向けられた。


「で、そっちは誰だ?」


「私の名はナタリーだ。真琴の友人だよ。一応、付き添いのつもりで来た。いけなかったかな?」


「いいや、いけなくはないぜ。むしろ好都合だ。お前らみたいな上玉が、一度にふたり……いやぁ、最高だねえ。両手に花とは、このことだな」


 両手に花、などと言ってはいるが、剛田の表情は少しも和らいでいない。


「そんなぁ、上玉だなんて……ところで剛田さんてぇ、すっごい体してますねぇ。やっぱ、筋トレとかやってるんですかぁ?」


 そんな雰囲気に怯まず、話しかけていく真琴。


「ああ、やってるよ。ただし、俺の筋トレは普通とちょっと違うんだ」


「えっ、どう違うんですかぁ?」


「普通の奴らは、カッコいい体になりたいから筋トレすんだよ。でもな、俺は違う。俺はな、素手で人の体をバラバラにするために筋トレしてんだよ」


「ど、どういうことですかぁ?」


「いい機会だから教えてやる。人間の体ってのはな、関節に切り込みを入れて切り離せば、素人でも簡単にバラバラに出来るんだよ。ただし、これは刃物を使った場合だ。俺は刃物を使わねえ。人間の体を、素手で引きちぎるんだよ。関節のところから、じっくり時間をかけてな」


 さすがの真琴も、この答えは想定外であった。それでも、彼女は目を丸くしてみせる。


「へえぇ、すっごいですねぇ」


「お前の体も、是非ともバラバラにしてみてえもんだな」


 そこで、剛田の表情にようやく変化が生じた。ニヤリと笑い、真琴の肉体を舐めるように見つめる。

 だが、そこで口を挟んだ者がいた。


「悪いが、それは勘弁してもらいたいな。あまり失礼なことを言うなら、帰らせてもらうよ」


 言うまでもなく、発言主はナタリーである。静かな口調だが、剛田に向ける目線は鋭い。

 剛田は、彼女を見つめた。


「お前、いい度胸してるな。大したもんだよ。生まれはどこだ?」


「あなたが聞いたこともない場所だ。油断していると、大人でも野犬に食われる町だよ。私は、そんな町で妹と一緒に育った。食べられるゴミを分別し拾い集めて、どうにか生きてきた」


 聞いた途端、剛田はクスリと笑った。


「お前、面白いな。気に入ったよ。来な。俺のところで使ってやる」


「あいにくだが、あなたに使われたくはない。噂では、クラッシュとかいうドラッグが出回っていると聞いた。あなたは、そのクラッシュの卸元なんじゃないのか?」


「だったら、どうするんだ?」


「クラッシュを扱うならば、あなたの下では働けないな」


「なぜだ? クラッシュは嫌いなのか?」


「その前に、もうひとつ聞きたい。他の客が消えてしまったのは、あなたの差し金か?」


 ナタリーは、冷たい口調で尋ねる。

 そう、彼女らが店に入った時には、数人の先客がいた。ところが、今はひとりもいない。いつの間にか、店から消えていたのだ。


「ああ、そうだよ。お前たちとの会話に、邪魔な声を聞かせたくなかったんでな」


 剛田の表情が、またしても変化する。戦闘モードへと突入したのだ。


「さて、お遊びはここまでだ。お前ら、加納春彦の手下なんだろ? 今すぐ、ここに呼び出してもらおうか。でないと、死んだ方がマシだと思うような目に遭うぜ」


 その言葉に反応し、ナタリーはすっと立ち上がった。一瞬遅れて、真琴も立ち上がる。


「お断りだ。悪いが帰らせてもらう」


 ナタリーが言うと同時に、剛田も立ち上がった。彼女へと手を伸ばす。

 だが、ナタリーはバチンと払い除けた。同時に叫ぶ──


「真琴! 逃げろ!」


 その瞬間、剛田の拳が放たれていた。何のへんてつもない、力任せのパンチである。見切るのは簡単だ。ナタリーは難なく躱したが、次のパンチが飛んで来る。

 こちらも躱したナタリーは、相手の腹に速い横蹴りを叩き込む。

 だが、返ってきたのは装甲車を蹴ったような感触だった。剛田には、全く効いていない。むしろ、蹴りを入れたナタリーの方が、返ってきた衝撃によりバランスを崩しよろめいた。

 そこに放たれたのは、剛田のメガトン級パンチである。さすがの彼女も、この体勢では躱しきれなかった。

 次の瞬間、骨のひしゃげるような音が響く。咄嗟に両腕で顔面をガードしたものの、その威力は凄まじいものだ。トラックに跳ねられたような衝撃を受け、ナタリーは吹っ飛んでいった。当たる角度とタイミングがあと少しズレていたら、ガードした腕がへし折られていただろう。

 剛田の方は、その程度で攻撃を止める気はないらしい。壁に叩きつけられたナタリーめがけ、さらに拳を振り回す──


 その瞬間、ナタリーは飛んだ。

 剛田の右の二の腕を、自身の両脚でガッチリ挟み込む。同時に、彼の前腕を己の両手で覆った──

 関節技の飛びつき腕ひしぎ逆十字固めの形だ。相手の腕に飛びつき、全身の力で相手の肘関節を逆方向に曲げ破壊する技である。もっとも、こんな乱戦で()められる者など滅多にいない。高度な技術の持ち主でなければ出来ないものだ。

 そんな技が、剛田の右腕にガッチリ極まっている。頑健な肉体の持ち主でも、関節技が極まればひとたまりもない。ここから一捻り加えれば、剛田の肘は破壊される……はずだった。

 ところが、剛田の反応速度は獣と同レベルであった。関節技をかけられたと見るや、すぐさま対応する。凄まじい腕力を発揮し、ナタリーの体を片腕で頭上高く持ち上げたのだ。これまた、格闘技の試合では有りえない局面だ。

 次の瞬間、ナタリーの体を勢いよく床に叩きつける──


 剛田の腕力で硬い床に叩きつけられていれば、命はなかっただろう。頭蓋骨陥没の上に脳挫傷を起こし、即死していた可能性すらあった。

 だが、ナタリーの方も獣のような動きを見せる。持ち上げられた瞬間、ぱっと技を解いた。

 同時に、剛田を踏み台代わりに蹴って天井へと飛び上がる。体操選手のような動きで宙で一回転して間合いを離し、スタッと床に着地したのだ。


 ふたりは、そのまま睨み合う。今の攻防で、互いに相手が超人的な強さを持つ事実を理解したのだ。その様は、リングで相対する格闘家……いや、餌を奪い合う飢えた野獣といった方が適切だろう。


「姉ちゃんよう、面白い動きするじゃねえか。気に入ったぜ。このまま、じっくり楽しみたいところだが……事情が変わった。一時休戦といこうか」


 剛田の言葉と同時に、ナタリーの背後で物音がした。

 振り返りたかったが、剛田から目を逸らすことは出来なかった。一瞬でも隙を見せれば、この怪物に殺される。何が起ころうとも、剛田から目を離してはいけないのだ。

 しかし、続いて聞こえてきた声は無視できぬものだった──


「ナタリーさん……すいません」


 間違いなく真琴の声だ。逃げる前に捕まってしまったらしい。

 ナタリーは舌打ちした。こういう事態に備え、小林のバックアップに期待していたのだ。ところが、奴の身にも何か起きたらしい。こうなると、もはや打つ手はない。

 一方、剛田の方は冷静そのものであった。あれだけの攻防の直後だというのに、息も切らせていない。落ち着いた表情で口を開く。


「まあ、落ち着けや。俺は、そこらのバカとは違う。お前の腕は大したもんだ。殺すのは惜しいし、それなりに敬意は払う。何より、俺の目的は加納春彦だ。奴さえ手に入れば、お前らに用はねえ」

 

 そう言うと、剛田はナタリーの後ろにいるものを指さす。


「さあ、どうするんだ? 下手に抵抗すると、あっちのお嬢ちゃんが痛い目に遭うぜ。何もしねえから、自分の目で見てみろ」


 言われたナタリーは、そっと振り向く。

 真琴は、ふたりの若者に両腕を摑まれていた。さらに、もうひとりが彼女の背後にいる。ダガーナイフを真琴の喉元に押し当てているのだ。

 さすがのナタリーも、この状況では何も出来ない。


「わかったよ。だがな、ひとつ言っておく。真琴に傷ひとつでも付けたら、貴様ら全員殺すからな」







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