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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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真琴とナタリー、炊き出しする

 流九(りゅうく)市の中心部にある流九公園は、名目上は小さな子供たちのための遊び場ということになっていた。恐竜を模した巨大な滑り台やブランコ、さらには砂場やベンチなどが設置されている。

 とはいえ、この公園で遊ぶ子供はほとんどいない。治安の悪さに加え、遊具もボロボロで危なっかしいのだ。基本的には、働く大人たちがベンチで足を休めるための場所となっている。




 日曜日の午前十時、そんな流九公園に人が集まっていた。総勢は十人強だが、流九公園の規模を考えれば満員と言っていい状態だ。

 もっとも、その大半を占めているのが中年男である。全員が古びた服を着ており、嬉しそうな顔で一列に並んでいた。傍目には、少しばかり異様に見える光景ではある。

 実のところ、彼らは流九市とその近辺に住むホームレスなのだ。週に一回、流九公園で行われる炊き出しのために集まっている。全員、ホームレスにしては小綺麗な格好だ。髪は切っており、髭もきちんと剃っていた。どこかで体を洗って来たのだろうか、顔も普段より綺麗だし体臭も強いものではない。


 そんな彼らに炊き出しを行なっているのは、ふたりの女だ。大きな長机を挟む形で男たちと向かい合っており、長机の上にはコンロや大きな鍋などが置かれている。周辺には、食欲をそそる匂いが漂っていた。


「皆さん、いい子にして並んでくださいねぇ。今、真琴(マコト)がお配りしてますのでぇ」


 舌っ足らずな口調で声をかけているのは、若く綺麗な顔立ちの女性だ。

 年齢は、十代後半から二十代前半だろうか。百六十センチ前後の身長で、ジャージの上にエプロンを付けている。金色の髪は短く、目はくりっとしていて可愛らしい。一見すると細身だが、出るところが出ているのはエプロン越しにもわかる体つきだ。

 どう見ても、ボランティアをするタイプではない。むしろ、グラビアアイドルやセクシー女優などやっている方がお似合いだろう。


「気をつけて運んでくださいよ」


 落ち着いた口調で言っている女は、これまたボランティアらしからぬタイプだった。こちらは、真琴と名乗る女性より年上であろう。それでも、三十歳にはなっていないように見える。

 背は女性にしては高く、百七十センチはあるだろう。体型はスラリとしており、手足も長い。黒髪は肩までの長さで、肌は透き通るような白さだ。アーモンド型の瞳は青い。目鼻立ちの整った美しい顔は、どう見ても日本人のものではない。

 こんな女たちを前に、男たちはたいへん行儀よく振る舞っていた。ふたりに対し、失礼な態度を取る者はいない。昭和のオッサンにありがちな、セクハラまがいのことを口にする者もいない。

 彼らにとって、この炊き出しは「ただで食べられるイベント」というだけではない。言うなれば、好きなアイドルやミュージシャンのライブに行くような感覚でもあるのだ。


「ナタリーさん、いつもすまないな。ところで、あんたは日本語うまいねえ。日本に来て何年だい?」


 外国人女性に話しかけたのは、北村和志(キタムラ カズシ)という名の五十男だ。背はさほど高くなく、体を瘠せている。しかし顔のあちこちに傷があり、彼のこれまで歩んできた人生を物語っていた。


「三年ほどになりますね」


 ナタリーと呼ばれた女は、にこやかな表情で答えた。流暢な日本語であり、顔さえ見なければ、純粋な日本人が喋ったのだと思われるはずだ。


「たった三年で、そこまで喋れるのか。凄いなあ」


 そんなことを言いつつ、北村はトレイを両手で持った。その上には、コッペパンとシチューの入った器があり、さらに小さなチーズとゼリーとスプーンが乗っている。ナタリーに会釈すると、北村は歩いていく。行き先では、仲間のホームレスたちが輪になって食べ始めていた。

 北村もまた、輪に加わる。皆と談笑しつつ食べ始めた。




 公園は和やかな雰囲気に包まれていたが、その空気をぶち壊す者が現れる。

 突然、数人の男たちが入ってきたのだ。身なりや風貌から見るに、ホームレスでないのは明らかだ。かといって、ボランティアに興味のあるタイプにも見えなかった。髪型や服装ほまちまちだが、全員十代から二十代の若者たちであろう。顔には敵意を剥き出しにしている。

 公園内に、一気に緊張が走った──


 一方、乱入者たちはズカズカ進んでいく。


「どけオラァ! 責任者はどこだ!」


 怒鳴られたホームレスたちは、血相を変え道を空ける。

 そんな中を、若者たちは肩をいからせ歩いていく。長机の前で立ち止まると、ひときわ体の大きい金髪が口を開いた。


「お前ら、誰に断ってこんなことしてんだ?」


 低い声で凄む。と、応じたのは真琴だった。片側の頬に人差し指を当てる。わかんなあい、とでも言いたげな仕草だ。


「あたしたちぃ、市の許可は得ているんですけど……お兄さんたちはぁ、どこの方なんですかぁ?」


「はぁ? お姉ちゃんよう、俺たちはここらの住民なんだよ。何が言いてえか、わかるよな?」


 金髪の男が、ドスの利いた声で聞いてきた。どうやら、この男がリーダー格らしい。

 流九市には、この手の(やから)が非常に多い。もともとは、工員や職人さらには日雇い労務者たちが多く住んでいた町である。古い家屋や建物が並び、さながら迷路のように小さな道路があちこちに広がっていた。袋小路も多く、初めて来た者は確実に迷ってしまうだろう。

 しかも、素性の知れない者や国籍不明の人間も少なからず住み着いている。失業率や犯罪発生件数は、全国でもトップクラスなのだ。

 実際、流九市は日本のスラム街だ……などとマスコミの前で発言してしまい、翌日に謝罪会見を開いた議員もいた。もっとも、当の流九市市民は、みな苦笑していたという話だ。確かに、スラム街と言われても仕方ない部分はある。

 そんな街だからこそ、まともな仕事にも就かず、かといってヤクザにも成り切れない……そんな中途半端なチンピラがうようよしている。

 彼らは、常に苛立っている。自分の境遇や世の中に対し不満を溜め込み、鬱憤を晴らす対象を探しているのだ。

 しかも、ここにいるのはホームレスたちだ。仕事もせず、汚らしい服装で悪臭を放つ社会のゴミ。公園にそんな連中を集めるのは近所迷惑だ。だから、俺たちが排除する……チンピラたちは、本気でそんなことを思っているのだ。

 その上、ここに来る前に何か不快な出来事でもあったらしく全員が殺気立っていた。何かのきっかけがあれば、いきなり殴りかかっていきそうである。

 そんな彼らを前にしても、真琴のペースは全く変わっていなかった。


「あのう、何言ってるのか全然わかんないですぅ」


 言いながら、小首を傾げた。その仕草は、頭の悪い昭和アイドルのようだ。見る者によっては、かなりの不快感を与える態度でもある。

 果たせるかな、チンピラたちの表情が変わった。バカにされた、と判断したらしい。


「おい、俺たちをナメてんのか? 近所に、こんな汚くて臭い連中に集まって欲しくねえんだよ。そんなにボランティアやりたきゃ、てめえん()でやれや」


 金髪の男が凄んだが、真琴の表情は全く変わっていない。

 次の瞬間、彼女は突拍子もない行動に出た。いきなりしゃがみ込んだかと思うと、長机の下をくぐり金髪のすぐ前にて立ち上がったのだ。ほぼ密着状態である。


「まあまあ。そう言わずにぃ、お願いしますよぅ」


 言いながら、体をくねらせ上目遣いで相手を見る。

 すると、金髪の男は目を逸らせた。一瞬の間を置き口を開く。


「だったらよう、俺たちにもボランティアしてくれねえかな」


「ええー、何をするんですかぁ?」


 真琴は、とぼけた態度で小首を傾げる。

 対する金髪の男は、無言のまま一歩下がる。タバコの箱を出した。もったいぶった仕草で一本取り出し、くわえて火をつける。

 煙を吐き出した瞬間、表情が和んだものに変わっていた。


「わかってんだろうが。ナニだよナニ。そこのガイジンの姉ちゃんとふたりでよう、たっぷりと夜のボランティアに励んでもらおうじゃないの」


 優しげな口調で言うと、さっと真琴の肩に手を回す。

 その時、前に出てきた者がいた。


「やめてくれんかな、あんたら」


 口を挟んだのは北村だ。険しい表情で、男たちを睨む。若者たちを恐れている様子はない。


「なんだぁ? ホームレスの分際で、俺らにケンカ売ろうってのか?」


 言いながら、金髪の男は吸っていたタバコを投げ捨てる。だが、北村に引く気はないらしい。

 その態度が癇に障ったのだろう。金髪の男は、肩をいからせ北村に近づいていく。

 北村の方も、逃げる気配はなかった。一歩も動かず、若者たちを睨みつけている。

 両者の距離は、除々に狭まっていく。もはや、一触即発の段階を通り越していた。闘いは避けられない、誰もがそう感じた時だった。

 突然、ナタリーが動く。すっと近づいて行き、地面に落ちていたタバコを拾い上げる。直後、ふたりの間に入った。

 にこやかな表情で、金髪に向かい口を開く。


「タバコのポイ捨ては良くない。ここは公園であり、みんなの憩いの場所でもある。ゴミを撒き散らさないでくれ」


「な、なんだと!」


 ジロリと睨んだ金髪だったが、次の瞬間に表情が一変した。

 ナタリーは、彼の捨てたタバコを二本の指でつまんた。そのまま、ゆっくりと揉み消していく。

 タバコの火は、ついたままであった。常人ならば、触れた瞬間に叫び声をあげ手を引っ込めてしまうくらいの熱さである。にもかかわらず、彼女はピクリともせず指を動かし続けていた。

 タバコを揉み消すと、ナタリーは口を開いた。


「君は強そうだな。だがね、こう見えて私も意外と強いよ。かかわり合うと、お互い面倒なことになるだけだ。暇潰しの相手なら、他を当たってくれないかな」


 彼女の口調は静かなものだった。表情もにこやかである。

 だが、醸し出す空気は完全に変わっていた。静かな口調と美しい顔、その奥に潜む冷ややかな殺意が組み合わさり、得体の知れぬ迫力を生み出している。彼女の周囲の温度が、一気に下がった……そんな錯覚にすら陥らせるほどだ。

 チンピラたちはもちろんだが、ホームレスたちも彼女の雰囲気に気圧され、何も言えずにいた。

 沈黙が支配していた公園内だったが、そこへ新たな乱入者が現れる。


「おい、お前ら。何やってるんだ?」


 突然、その場に別の声が割って入ってきた。チンピラたちの視線が、そちらに向く。

 途端に、彼らは愕然となった。






 

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