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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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19/35

矢沢、最後の足掻きを見せる

 午後六時過ぎ、加納と木俣は例によって繁華街を闊歩していた。

 今となっては、彼らはこの辺りの有名人となっている。客引きたちほ声をかけないし、チンピラたちも絡んだりはしない。ただ、遠巻きに彼らが通り過ぎていくのを見るだけだ。

 そんな中、不意に木俣が口を開く。


「真琴が近々、剛田と会うことになりそうです。あいつ、意外とやりますな」


「ふうん、思ったより早かったね」


「ええ。こうなると、今度は我々の方がどう動きますか……」


 言いながら、木俣は周囲を見回した。

 チンピラの集団に後を付けられている。もっとも、それ自体はいつものことだ。しかし、いつもとは様子が異なる。人数が多い上、殺気に近いものすら漂わせているのだ。

 木俣は、そっと加納に囁く。


「また面倒なことが起きそうです。いざとなったら、今度こそ逃げてください」


「うん、わかった。しかし、毎回あんな連中につけられるのも嫌だよ。こうなったら、そろそろひと暴れしてやろうかな」


 言ったかと思うと、加納は足を速める。このまま進めば、行き先は広い公園だ。以前に小林らと情報交換した場所である。


「ちょ、ちょっと加納さん!?」


 木俣は慌てるが、加納はすました表情だ。


「そろそろ、次の段階に移行しようじゃないか。剛田氏にも、はっきり言っておきたいからね」




 しばらくして、加納は立ち止まった。

 そこは広場で、昔は子供たちが野球やサッカーなどに興じていたものだった。しかし最近では、公園での球技は禁止されている。今となってほ、子供よりも老人たちの活動の場となっていた。

 そんな場所にて、加納は立ち止まり周りを見回した。

 十メートルほどの距離を置き、少年たちが立っている。皆、髪型や服装はまちまちだ。ただし、共通点がひとつある。全員、危険な目をしていることだ。中には、あからさまな敵意を向けている者もいる。

 そんな少年たちに、周囲を完全に囲まれている。逃げ場はない。にもかかわらず、加納は余裕の表情であった。

 さらに、この男が口を開く。


「てめえら、揃いも揃ってマズい面だな! 何の用だ!? 俺たちに、その面を活かした爆笑必至の芸でも見せてくれようってのか!?」


 木俣が怒鳴りつけると、少年たちの表情がさらに険しくなる。今にも襲ってきそうな雰囲気だ。

 そんな少年たちをかき分け、前に出てきたのは矢沢だった。真っ青な顔で、震えながら口を開く。


「自分、矢沢ってモンです。剛田さんから、おふたりを連れて来いって言われました。ですんで、今すぐ来てください」


「嫌だよ」


「そこを何とか……お願いします!」


 言った直後、矢沢は土下座した。額を地面にこすりつける。しかし、加納は冷静だった。


「あのさぁ、土下座なんかしてどうすんの? こっちは、何も得しない。むしろ、見苦しいものを見せられて迷惑なだけだ。木俣、行こうか」


「待てよ!」


 怒鳴ると同時に、矢沢は立ち上がった。両手には、拳銃が握られている──


「加納さん、頼みますよ。来てもらわねえと、こっちもこういうのを出さなきゃならないんです」


 言いながら、矢沢は加納に銃口を向ける。その手は震えており、今すぐにも暴発しそうだ。

 周りの少年たちも、様子が変わっている。たぶん、いつもの喧嘩のノリで来てしまったのだろう。ところが、出てきたのは拳銃だ。これ、シャレになんねえよ……そんな顔つきで、矢沢を凝視していた。

 さすがの木俣も、拳銃を前に顔をしかめていた。だが、加納は表情ひとつ変えない。先ほどと同じく、冷たい目で彼を見ている。


「君は、何を考えているんだ? 頭に脳みそではなく、トコロテンでも入っているのかい?」


「何だと!」


「僕を殺してどうする? 生かして連れて来いと言われているんだろ? なのに、拳銃を抜いてどうするんだ──」


 言い終える前に、木俣が動いていた。一瞬のうちに、加納の前に立ち矢沢を睨みつける。

 直後、ズンズン歩き出したのだ。行き先は、もちろん拳銃を構えた矢沢である。


「く、来るなぁ!」


 怒鳴る矢沢だったが、木俣に止まる気配はない。あっという間に、両者の距離は縮まっていく──


「こ、この野郎!」


 喚くと同時に、銃声が轟く。ついに、矢沢の拳銃が火を吹いたのだ。直後、彼は尻餅をつく。腰が抜けてしまったらしい。

 一方、撃たれた木俣は平気な顔をしている。拳銃から放たれた銃弾は、木俣の胸のあたりに命中したはずだった。にもかかわらず、この大男に止まる気配はない。

 実のところ、木俣の着ているスーツは特注の防弾効果があるものだ。矢沢の持つ小口径の拳銃では、当たったところで貫通させることは出来ない。しかも、木俣の打たれ強さは人類でもトップクラスだ。この程度では、何のダメージもない。

 唖然となる矢沢とは対照的に、木俣は憤然とした表情で動いていた。手を伸ばし、腰を抜かしているチンピラから拳銃を奪い取る。

 ポイッと放り投げると、もう片方の手で矢沢の襟首を掴む。

 片腕で軽々と持ち上げ、こちらも無造作にブン投げてしまった。

 地面に叩きつけられた矢沢は、うめき声を漏らす。と、加納が彼の前に立った。


「君は、本当にバカだなあ。拳銃で脅すのは、相手には殺されるかも知れないという恐怖がある場合だけだ。君の目的は、僕を生きたまま剛田の元に連れていくことなんだろ? だったら、僕を撃つことは出来ないよね?」


 そう言うと、加納はクスリと笑った。直後、決定的な一言を放つ──


「拳銃、意味ないじゃん」


「こ、この野郎……」


 矢沢は、屈辱に身を震わせた。直後、顔を上げ怒鳴る。


「みんな! こいつらを捕まえろ!」


 その声は、加納らを取り囲んでいる少年たちに向けたものだ。普段なら、この一言で全員が動くはずだった。

 しかし、誰ひとり動こうとしない。皆、何とも言えない表情を浮かべて成り行きを見守っている。

 それも仕方ないだろう。拳銃を撃たれても怯まず、しかも矢沢を片手で放り投げた木俣の姿は、少年たちの常識を遥かに超えていた。彼らの間での「あの人、超ツエーよ」という噂話など、完全に超越している存在である。

 動かない少年たちに業を煮やしたのか、今度は木俣が吠えた。


「おい、どうすんだコラ! やるなら、さっさと来い! やる気がねえなら、とっとと失せろ!」


 声が響き渡った瞬間、少年たちは一斉に反応した。ビクリと体が震え、顔は一瞬のうちに青ざめていった。彼らはバカだが、それでも強弱の判断は出来る。

 矢沢は完全に敗北してしまった。それも、これ以上ないくらい無様な負け方である。拳銃を持ち出しながら、素手の男に負けたのだ。

 やがて、ひとりの少年が矢沢に背を向け帰っていった。それを機に、他の少年たちも次々と帰っていく。

 やがて、その場に残っているのは三人だけとなった。加納と木俣、そして倒れている矢沢だけだ。

 加納はしゃがみ込むと、矢沢に声をかける。


「さて、君にはまだやることがある。さっさと、剛田に電話したまえ」


「む、無理です。それは出来ません」


 今にも泣きそう顔で、矢沢はかぶりを振った。と、彼の髪を鷲掴みにした者がいる。


「無理じゃねえんだよ。さっさとやれや」


 言うまでもなく木俣だ。低い声で凄まれ、矢沢は観念した表情で、スマホを取り出し操作し始めた。

 やがて、スマホから声が聞こえてきた──


「おい矢沢、てめえ俺に電話かけてくるとは、いい度胸してんな。くだらん用事だったら、今度こそ殺すぞ」


 途端に、加納が口を開く。


「やあ、あなたが剛田薫さんですか。はじめまして加納春彦です」


「ほう、あんたが加納か。顔と同じく、声の方も綺麗だな。実に、いい声だよ。出来れば、直接会って話せないのか?」


「悪いけどね。僕は君には会いたくないんだ。僕にどうしても会いたいなら、君がひとりで僕の元に来たまえ。それとも、ひとりで外を出歩くのは怖いのかい?」


「そうかい。俺にそんなナメたことを言って、ただで済むと思っているのか?」


「君のことなんか、ナメたくないよ。ナメたら、お腹を壊しそうだからね。そんなわけで、君との会話は終わり。はいさようなら」


 ・・・


 スマホの通話は切れた。剛田は、ニヤリと笑いスマホをテーブルに置く。

 結局、矢沢は自分との約束を果たせなかった。だが、面白い体験をさせてくれた。それだけでも、あいつにしては上出来だ。




 剛田は今、隠れ家にいた。先ほど「コレクション」の様子を一通り見て回り、静香と共に雑談をしていたところだった。

 そんな時、急に矢沢から電話がかかってきた。何事かと思いきや、相手は加納春彦であった。彼と初めて言葉を交わしたのだ。


 加納の態度は、まさしく無礼千万であった。にもかかわらず、不思議と腹は立たない。それどころか、久しぶりに血のたぎるような感覚を覚えていた。


「今のは、加納だったの?」


 横に座っている静香に聞かれ、剛田は上機嫌で答える。


「ああ、そうだよ。お前の言う通りだった。加納は、今までで最高の相手になりそうだよ。あいつも、俺のコレクションに加えてやる。奴は楽しめそうだ」


「確かに、加納春彦は美しい。それでも、あなたの心を満たすことは出来ない」


「はあ? 何を言ってるんだ?|


「あなたは昔も今も、彼を愛している。あなたに必要なのは加納でも私でもない。憲剛なんだよ」


「くだらんことを言うな。お前こそ、憲剛のことをどう思ってたんだ?」


 低い声で聞かれ、静香は無言で目をそらした。


「憲剛は、お前のことが好きだった。お前は、奴の気持ちに気付いていたんだろうが……なのに、気付かないふりをしていたよな?」


 鋭い口調で迫る剛田に、静香は悲しげな表情で口を開く。


「私は、あの関係を壊したくなかった……あんたにだって、わかってたはずだよ?」


「そうかい、便利な言い訳だな」




 




 

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