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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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剛田、過去を思う(2)

 野口憲剛、皆川静香、熊田武史。

 健やかに成長していった三人。楽しい時間は、いつまでも続くかに思われた。

 しかし、想像もしなかったような事態が三人を襲う。


 彼らが中学三年生になったの時だった。

 三人のいるクラスに、ひとりの少女が転校してきた。名は河合真理(カワイ マリ)であり、登場した時から周囲を圧倒していた。

 顔には派手なメイクを施し、髪は金色だ。体のあちこちにアクセサリーを付け、不機嫌そうな表情で登校してきた河合。制服を着ていなければ、キャバ嬢と言われても納得できただろう。普通なら、校内に入ってきた時点て注意されるはずなのだが、実に堂々としている。

 担任教師に促され教壇の前に立ったが、皆の視線を無視し無言のまま突っ立っていた。教師に自己紹介するよう言われたが、そっぽを向いたまま口を閉じていふ。引きつった顔の教師にもう一度促され、彼女はようやくクラスメートの方を向いた。

 直後、こんなセリフを吐く──


「あ。名前は河合真理。見たまんまの人てす。なのでぇ、ウザい人やザコな人は話しかけてこないでください。でないと、キレて暴れるかもしれないんで」




 実のところ、彼女はもともと私立の学校に通っていた。中高一貫の有名な学校であり、授業料も桁外れの額だ。もっとも、メリットもまた大きい。区立や県立の学校と違い、とんでもない悪さをするバカが入ってこないことも、そのひとつだ。

 あいにく河合は、そんなバカのひとりであった。数々の問題を起こし、学校から追い出されたのだ。それも、喫煙や飲酒や恐喝暴行といった犯罪行為ばかりである。

 普通なら、警察に補導されていただろう。だが彼女は、一度も警察の厄介になったことがない。なにせ、彼女の両親はヤクザである。しかも、河合自身も相手を選んでいた。ヤクザが相手なら、面倒なことになるより泣き寝入りした方がいい……そういう選択をしそうな者たちを選んでいたのである。

 なにはともあれ、そんなロクデナシを高校に進学させるほど、学校側も甘くはない。腐ったミカンは……とばかりに、さっさと転校させた。今までやってきたことを考えれば、これでも遅すぎたくらいである。

 河合は警察の厄介になることこそなかつたものの、名門私立校の生徒というブランドを失い、常に機嫌の悪い状態であった。


 そんな河合と静香は、いつしか対立するようになっていた。

 自業自得とはいえ、名門私立から普通校に飛ばされた河合にとって、正義感が強く優等生の静香は気に入らない存在であった。絶対的強者なはずの自分に、正面から逆らい物申す女である。しかも、顔は自分より綺麗だ。男子生徒からの人気も高い。

 困ったことに、こういうタイプの人間に惹かれる者も少なからず存在する。河合の周りには、常に数人の取り巻きがきた。


 静香もまた、不良少女の見本のごとき河合が気に入らなかった。

 両親が揃っており、収入もある。何不自由なく暮らせているはずなのに、自分のわがままを押し通し弱者を面白半分でいたぶる。しかも、その力の源はヤクザである父親だ。両親のいない静香から見れば、甘ったれのクズ女でしかない。


 静香と河合の対立は、さらにヒートアップしていった。。最初はちょっとした言い合い程度のものだったが、そのうち何かにつけ罵り合うようになる。しまいには手が出そうになり、横に控えている野口が、慌てて仲裁に入ることもあった。

 他の生徒たちは、見てみぬふりをしていた。どちらにも味方せず、成り行きを窺うだけだ。担任教師もまた、我関せずという態度である。


 そんな両者の抗争は、唐突に終わった。

 ある日、いつものごとく罵り合っていた静香と河合。だが、いつもと違うことが起こる。見かねた熊田が、ふたりの間に割って入ったのだ。

 いきなりの乱入に、河合は怯みながらも罵り続ける。しかし、熊田は微動だにしない。何を言われても、表情ひとつ変えず無言のまま河合を見下ろしている。

 さらに、野口が静香をおだてつつ両者を引き離した。喧嘩最強の熊田と、学校でもトップクラスの人気者である野口。このふたりまで敵にしたのでは、学校での河合の立場が危うくなる。

 以来、河合はおとなしくなった……ように見えた。だが、それから幾日も経たぬうちに、恐ろしい事件が起きてしまう。


 

 ある日、静香と野口は夜の公園を歩いていた。普段なら熊田も同行しているはずなのだが、その時だけは別行動を取っていた。

 そこに、いきなり数人のチンピラが現れる。彼らは、無言でふたりに襲いかかった。完全なる奇襲攻撃に、静香も野口も為す術がなかった。

 ふたりは散々に殴られたあげく、縛られ猿ぐつわを噛まされ、車に乗せられる。マスコミや警察がはっきり解明できたのは、そこまでだった。


 翌日、ふたりは無惨な姿で発見される。

 野口は、脳挫傷による昏睡状態で発見される。顔面は原型を留めぬほど変形しており、体の複数箇所に打撲痕と切創があった。骨折は十ヶ所以上である素手で殴られ蹴られ、さらに鈍器で殴られ刃物で切られたのだ。火傷の痕まである。命があっただけでも奇跡であった。

 静香は、野口ほどひどくはなかった。だが、頭部と顔面を焼かれていた。油を頭にかけ、火をつけられた可能性が高い……というのが、担当した医師の診立てだった。

 幸いにも目や耳の機能に異常はなかったが、髪の毛は全て失ってしまった。さらに、癒えることのない大きな火傷痕が顔に残る。しかも、複数の男たちからレイプされた形跡があったのだ。

 マスコミは、この奇怪な事件を大々的に取り上げる。だが、静香は証言を拒否し事件の一切を語ろうとしなかった。いや、そもそも証言自体が不可能だった。当時の静香は精神的ショックが大きすぎ、まともに会話できる状態ではなかったのだ。

 結局、この事件は迷宮入りとなる。誰がやったのかの目星はついていたが、証拠も証人も見つからない。被害者も、証言を拒否している。捜査は打ち切りとなってしまった。

 仮に、被害者のふたりが政治家や財閥の子供であったなら、警察ももう少しやる気を出しただろう。だが、どちらも親のない孤児である。社会的には、取るに足らない存在だ。

 そんなふたりが人生を失うような目に遭わされたからといって、金と時間と人員を投入することは出来なかった。




 だが熊田にとっては、この件は迷宮入りで済ませられるものではなかった。また、泣き寝入りするつもりもなかった。

 彼は知人に頼み込み、裏の世界に入る。野口の治療費を払うため、そして復讐のためだ。

 熊田は、ただのバカな不良少年とは違う。行動力と度胸と腕力に優れており、頭も悪くない。暴力を振るうことにも容赦がない。また意思も強く、自分で決めたことは最後までやり抜くタイプだ。

 何より、はっきりとした目的意識を持っている。裏の世界に入るような若者は、ほとんどが「金が欲しいから」という漠然とした目的しか持っていない。しかし剛田は「野口の治療と復讐のためには、情報と金が必要」だからこそ、裏の世界に入ったのだ。「欲しいから」と「必要だから」は全く異なる話である。


 裏の世界で、熊田の才能は花開いていった。闇社会でメキメキと頭角を表していく。

 なりふり構わぬ手段で金を稼ぎ、業界でまたたく間にのし上がっていく。三年後には、いっぱしの存在となっていた。

 もっとも、彼の本来の目的は違うところにある。裏の世界で培った情報や知り合った人間を使い、事件を調べ続けていたのだ。

 得られた結果は、熊田の予想通りてあった。河合が手下のチンピラに命令していたことが判明する。当然ながら、警察もこの程度の情報は掴んでいた。ただし、証人と証拠がなく逮捕するまでに至らなかった。

 熊田は違う。彼には確たる証拠も、信用できる証人も必要ない。裁くのは彼である。

 その後も熊田は、密かに情報を集めていった。やがて、数人のチンピラが事件後に「あれな、実は俺がやったんだよ」と友人たちに吹聴していたことを知る。慎重に調べていき、その数人のうち三人が本物であり、事件に絡んでいたことを突き止めた。

 現在、その三人のチンピラは行方不明である。裏の事情通は、熊田が全員を殺し、死体を消し去ったのだろうと噂していた。

 河合はというと、当初は行方不明と発表されたが、一月ほど経ってから発見された。

 命に別状はないが、顔は硫酸で焼かれていた。見るも無惨な状態であり、両目は潰れていた。その上、両腕と両脚の関節を砕かれている。歩くことすら、不可能な状態であった。

 その上、クラッシュという海外のドラッグを大量に投与されていたのだ。このクラッシュは、注射器で打った直後の多幸感は凄まじい。だが、その快感は脳を異常な状態に追い込むことにより、無理やり引き出させているものだ。当然ながら、無理をしたツケは脳に回ってくる。重度の鬱状態や記憶障害という形で現れるのだ。

 そんな状態で、クラッシュを使い続けていると脳は壊れていく。記憶障害が深刻なものになり、鬱状態も長くなる。やがて思考能力さえ失い、廃人と化す。その廃人になるまでの速さは、ヘロインの十倍ともいわれている。


 当時の河合は、死人のごとき状態で公園のベンチに座り込んでいた。そんな異様な姿を、通行人が発見し通報したのだ。硫酸で焼かれた顔と、ピクリとも動かない状態から、最初はホラー映画の人形が置かれていると思ったそうである。

 現在の河合もまた、生ける(しかばね)のごとき状態である。病室のベットにて、一言も発することなく天井を見つめているそうだ。指一本すら、動かすことがないそうだ。









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