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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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12/35

剛田、矢沢に最後通告する

「ったく、どいつもこいつも使えねえなぁ」


 剛田は、面倒くさそうに呟いた。本隊の人員は割けない。チンピラどもは役立たず。ヤクザや半グレを頼ると、後が面倒だ。第一、ああいった人種に借りを作ると、ラエム教にとって傷となる。今は、小さな傷もつけたくない。


「となると、俺が直接会いに行くしかねえのか。仕方ねえなあ」


 そんな言葉を吐いた時だった。突然、矢沢がしゃがみ込んだ。

 直後、床に土下座する──


「お願いです! もう一度! もう一度だけチャンスをください! 必ず、加納を剛田さんの前に連れて来ますから!」


「あのな、俺は土下座が嫌いなんだよ」


 言いながら、剛田は立ち上がった。額をすりつけ土下座を続けている矢沢に近づき、後頭部の髪を掴み顔を上げさせる。


「いいか、お前の土下座ショーなんか見せられても、こっちほ面白くも何ともねえんだよ。一文の得にもならねえしな。むしろ、俺の時間の空費でしかない」


「す、すみません!」


 叫ぶ矢沢に向かい、剛田は静かな口調で語る。


「とにかくだ、俺も忙しい。だからよ、もう一回だけチャンスをやる。加納春彦を、俺の前に連れてこい。わかったな?」


「わかりました! 必ず連れて来ます!」


「あとな、加納の横にいるデカい男も一緒に連れてこい。ふたりまとめて、俺の前に連れて来るんだ。いいな?」


 途端に、矢沢の顔が歪んだ。


「えっ!? あのデカい奴もですか!?」


「そうだ。ふたりまとめて、俺の前に連れてこい。そしたら、お前を俺の直属の部下にしてやるよ。もっと大きな仕事を任せてやってもいい」


「そ、それは……」


「無理だと言うのか? 俺の命令が聞けねえってのか? だったら、今すぐ家に帰ってクソして寝ろ。んで明日から、お前の職業はニートだ。もう二度と、俺の前に面を見せるな。家にこもってエロ動画でも観てろ」


「わ、わかりました! ふたりとも、必ず連れて来ますから!」


 勢いよく返事をしつつ、矢沢は立ち上がった。スマホを取り出すと同時に、店を飛び出していく。

 その後ろ姿を見ながら、剛田は溜息を吐いた。奴は、次もしくじる可能性大だ。下手をすれば、警察沙汰になるようなことをしでかすかもしれない。

 まあ、いい。その時はその時だ。矢沢のようなチンピラを助けるため、警察に掛け合う気もない。勉強のため、一度くらい刑務所に行くのもいいだろう。ただ、追い詰められたチンピラがどんな手段に出るか、また加納がどんな対応をするかは興味がある。

 そんなことを考えていた時、カウンターの男が口を開いた。


「剛田さん、俺も手伝いましょうか? あんなガキどもだけじゃ不安でしょう」


「いや、いいよ。今回のは、あくまで個人的な興味だ。ただし、ヤバくなったらお前にも手伝ってもらうぜ」


「わかりました。あと、もうひとつ。実は、剛田さんに会いたがってる女がいるらしいんですよ」


「女? 何者だ?」


「それがですね、なかなかの上玉らしいですよ。若くて、体の方もかなりのものだとか。どうしましょうか? とりあえず、一度くらい会ってみますか?」


「その前に、そいつの名前を聞かせてくれ」


「マコトとか名乗ってたそうですよ。ひょっとして、剛田さんの知り合いですか?」


 聞かれた剛田は、記憶の引き出しを漁ってみる。だが、そんな名前の女は出てこなかった。


「いや、知らねえなあ。女で俺に会いたがるとは、おかしな奴もいたもんだ」


「どうします? 会ってみますか?」


「そうだな、ちょいと顔を見てみるか。じゃあ、あとはよろしくな」


 そう言うと、剛田は店を出ていった。




 根城に戻った剛田を待っていたのは静香だった。殺風景な部屋にて、ひとり椅子に座っている。

 そんな静香に向かい、剛田は口を開いた。


「聞きたいんだがな、前に言ってた災いをもたらす者ってのは、もしかして加納春彦のことか?」


「そうだよ」


 静香は、目線を逸らしたまま答える。

 初めて加納の画像を見た時、彼女は驚愕の表情を浮かべていた。加納の美しさに仰天したのかと思いきや、真相は違っていた。


「だったら、何でそう言わなかったんだ?」


 苛立った表情で尋ねた剛田だったが、静香の方も怯まない。


「言ったら、あんたはどうしてた?」


「どうもしねえよ。奴が来るなら、返り討ちに遭わせるだけだ」


 そう言って、剛田はクスリと笑った。だが、静香はニコリともしない。


「はっきり言うよ。あいつは、あんたを狙ってる。このままだと、あんたは加納に殺されるかもしれないよ」


「かもしれない? らしくもない言い方だな。いつもみたいにはっきり言えよ」


「まだわからないんだよ。こんなの初めてだから……」


 言いよどむ静香に向かい、剛田はさらに尋ねる。


「奴は、そもそも何が狙いなんだ? 俺の命か?」


「違うと思う。あんたの持っている何かが狙い、それしかわからない。知りたきゃ、本人に聞いてみるしかないよ」


 投げやりな口調で返した。

 その態度に、剛田は眉をひそめる。最近の静香は変だ。もともと、剛田の仕事に対しては良い印象を持っていない。したがって、仕事のことに関しては口出ししてこなかった。静香が口を開く時は、剛田の身に何かある時だけ……のはずだった。しかし、今回はどうにも口が重い。

 剛田はもやもやした思いを感じながらも、もうひとつ尋ねる。


「あとな、おかしな外国人がうろうろしているらしい。そいつはどうなんだ? 前に、ふたつの不吉な存在を感じた……とか何とか言ってたよな。もしかして、外国人のことか?」


「誰のことか、まだはっきりとはわからない」


 これまた、いい加減な返事である。だが、剛田はそれ以上追及はしなかった。ひょっとしたら、本当にわからないのかもしれない。

 どうにも釈然としないが、ひとつわかったことがある。今夜、静香は会話する気分ではないらしい。


「そうか」


 ぞう言うと、剛田は部屋を出ていった。




 皆川静香は、ある事件をきっかけとして予知能力に目覚めた。その能力(ちから)に、剛田は絶大なる信頼を寄せている。

 もともと剛田は、占いだの霊能力だのといったものは一切信じていなかった。そんな男でも、静香の能力だけは信頼している。彼女がいなかったら、剛田が短期間でここまで上に行くことなど出来なかっただろう。

 これまで静香は、いつ、どこで、何が起きるかをはっきりと告げていた。一度などは、剛田が乗るはずだった飛行機の事故を予知してのけたのだ。

 彼女は、紛れもなく本物の能力者である。ラエム教の教祖である猪狩寛水などより、よほど上の力を持っているのだ。

 猪狩もまた、僅かではあるが力を持っている。漠然としたものであるが、未来を予知できる。だが、その力は静香とは比べものにならない。

 いずれ剛田は、静香を教祖とした新しい宗教を興そうと目論んでいた。その暁には、世界でも最高レベルの整形医を招いて静香の顔を治すつもりだ。金がいくらかかろうが構わない。静香を、表舞台へと担ぎ出す。

 その時は、彼女を見捨てた連中に己のしたことを後悔させてやる……それこそが、剛田の宿願であった。


 剛田は、静香に絶大なる信頼を寄せている。

 しかし、今回はどうにも変だ。具体的なことを、何ひとつ言おうとしない。わかっていて言わないのか、あるいは本当にわからないのか。

 いずれにせよ、加納を捕らえればはっきりするはずだ。まずは、そちらを片付ける。

 その後は、矢沢の話に出て来た妙な外国人だ。チンピラの集団を叩きのめした挙げ句、姿を消したという。いったい何者なのか。

 いずれ、矢沢と共にいた連中を呼び出し、詳しく聞いてみよう。

 










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