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ラエムシティ 罪と業に染まった街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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加納と木俣、怪物と遭遇する(2)

 外国人の言葉を聞き、チンピラはわなわな震え出す。無論、怒りのためだ。いくら相手が強くても、こちらの方が人数が多い。

 それに、ここでナメられていては裏社会でやっていけなくなる──


「んだとコラァ! 日本人ナメるな!」


 吠えながら外国人の襟首を掴むチンピラ。だが、あまりにも無謀な行動であった。

 次の瞬間、鈍い音と共にチンピラの腕が曲がった。外国人の手が瞬時に動く。居合わせた者の大半には、何をしたのかわからなかっただろう。

 直後、相手の肘がおかしな方向に曲がっていた。続いて悲鳴があがる。打撃技とも関節技ともつかない技で、肘関節を一瞬で砕いたのだ。チンピラは、折れた腕を押さえ崩れ落ちる。

 すると、チンピラの仲間たちが表情を変える。やられたらやり返す、ナメられたら終わり……それが、彼らの流儀だ。チンピラたちは、一斉に外国人へと襲いかかる。

 だが、直後に彼らの動きは止まった。動こうとした瞬間、ガクンと急停止したのである。皆、驚愕の表情を浮かべて外国人を凝視している。彼らもまた、今になって相手の放つ危険な空気を嗅ぎ取ったのだ。

 一方、外国人の視線は腕を折られた男に向けられている。


「もうひとつ。君は今、死ぬよと言った。俺を脅迫したわけだね。その上、君の友人らしき者たちは、その発言を聞き笑っていた。となると、君ら全員が俺を脅迫した……そう捉えていいわけだね」

 

 外国人の静かな口調は変わらない。呼吸も乱れていないし、表情も平静だ。

 にもかかわらず、全身から放たれる空気はさらに危険なものへと変化していた。脇で見ている木俣ですら、反射的に身構えてしまったほどだ。


「人は誰でも、自分のしたことには責任を取らねばならないね」


 言った直後、外国人の表情が僅かに変化した。本格的な戦闘モードに入ったらしい。

 と同時に、滑るような動きでチンピラたちの中へと突っ込んでいった──


「加納さん! 今のうちに逃げましょう!」


 木俣が叫ぶ。同時に、上着を脱いだ。

 今は千載一遇のチャンスだ。この外国人と殺り合ったところで、こちらに何の得もない。ならば、逃げるが勝ちだ。

 しかし、加納は動かなかった。すました様子で、外国人を見ながら口を開く。


「まあ、そう急ぐなよ。彼は、なかなかユニークな人だ。僕も、彼と話してみたくなった」


「加納さん!」


 木俣の表情が歪む。加納という男の思考が、常人とはかけ離れたものなのはわかっている。だが、今だけは安全策をとって欲しい。

 そんな木俣の思いは、この凶乱の貴公子には通じていなかった。


「僕は、ここに残るからね。もう決めたんだ。嫌なら、君は先に帰っていたまえ……あれ、もう終わりそうだよ」


 加納が言った、外国人がこちらに歩いて来た。目を離していた数秒の間に、チンピラたちを片付けてしまったらしい。全員が地面に倒れている。どんな闘い方をしたのか、全く見当がつかない。

 三者の距離は、再び詰まった。ここからは探り合いだ。まずは、相手の目的が何なのかを知らねばならない。

 まず口を開いたのは、外国人だった。


「さて、邪魔者は片付いた。君らは、逃げずに立ち止まっていたわけだが……加納くんにひとつ聞きたい。俺が怖くないのかい?」


 穏やかな表情で聞いてきた。今しがた、数人の男を倒してのけたとは思えない落ち着きぶりだ。


「怖いですよ。この通り、足がすくんで動けなかったのです」


 対する加納の答えは、ふざけたものだった。その態度に、外国人の表情が変わる。


「君に、言っておくことがある。俺は、嘘が嫌いだ」


 冷えた声だ。言葉の奥には、危険なものが秘められていた。木俣は顔を引きつらせているが、加納は飄々としている。


「それは失礼しました。かつて、嘘は女のアクセサリーと言った人がいましたが……僕は、そういう考えの方が好きですね」


 そう言って微笑んだ時だった。木俣が、外国人めがけ上着を投げつける。

 上着は、ふわりと宙を舞った。外国人の視線が、そちらに向けられる。

 同時に木俣は動いた。加納を、力任せに突き飛ばす──


「逃げてください!」


 怒鳴った直後、外国人の方を向き凄まじい形相で吠える──


「来いよオラァ! 俺が相手になってやる!」 


 悲壮な覚悟を決め、木俣は拳を握りしめた。しかし外国人は、表情ひとつ変えずこちらに近づいてくる。木俣のことなど、眼中にないらしい。

 木俣は奥歯を噛みしめた。この外国人だけは、桁が違う。自分が勝つ可能性はゼロだ。野良犬が虎に立ち向かうようなものである。

 しかし、野良犬にも出来ることはある。意地も牙もある。気合の声と共に突進していった。とにかく、加納が逃げる時間を稼ぐのだ。前進しつつ、大振りのパンチを放つ。

 そのパンチは空を切った。そもそも、当たるはずのない距離で放ったパンチである。期待はしていない。

 そう、木俣の狙いは別にあった。さらに大振りのパンチを放つ。これまた当たらないが、動作の直後に姿勢を低くした。

 陸上のスタートダッシュのような動きで、外国人に飛びつく──


 木俣の作戦はこうだ。この外国人と戦った場合、己に勝ち目はない。となれば、全速力で逃げるしかない。だが、相手は常識外の怪物だ。逃げ切れるかどうかもわからない。

 ならば、加納が逃げ切るまでの時間を稼ぐ。そのためには、タックルで倒し抑え込む。あるいは、密着した間合いから持ち上げて投げる。取れる手段は、それくらいだろう。

 今の木俣に出来ることは、命を捨てて加納を守る……それだけだ。


 加納さん、お元気で──


 胸で語りかけ、外国人に突っ込んでいった。その時、またしても理解を超えた事態が木俣を襲う。

 一瞬の後、木俣は仰向けに倒れていた。何をされたのかはわからない。ただ、木俣の手が外国人に触れた……と思った瞬間、景色が一変し倒れていたのだ。おそらく武術の技をかけられたのだろうが、百二十キロの木俣を瞬時に一回転させるなど、有り得ない事態だ。咄嗟に受け身を取らなければ、この投げで終わっていた。

 外国人の攻撃は終わらない。続いて足が降ってくる。(かかと)で首を踏みつけられれば、さしもの木俣も終わりだ。全体重をかけた踏みつけは、頚椎(けいつい)を一瞬で破壊できる。そうなれば、どんな人間でも即死である。

 しかし、木俣も並の喧嘩屋ではない。考えるより前に、体が動いていた。倒れると同時に、地面を転がり間合いを離す。巨体からは、想像もつかない素早さだ。そのまま、スッと立ち上がった。拳を固め、再び構える。

 外国人はというと、涼しい顔で木俣を見つめていた。


「君は、すいぶんと無茶をする男だね。まさか、真正面から突っ込んで来るとは思わなかったよ。命が惜しくないのかい?」


 口調が、先ほどまでとは微妙に異なっていた。顔つきにも変化が生じている。

 この怪物が何を考えているか、全くわからない。だが、まだ命ほある。戦うことも出来るのだ。

 木俣は、不敵な笑みを浮かべた。だが直後に、表情が一変する──


「勝ち目がないのは、俺が一番よくわかってんだよ! だがな……加納さんのために、俺はお前と戦わなきゃならねえんだ! 来いやバケモン!」


 すると、外国人は奇妙な表情で彼を見る。喜怒哀楽、どの感情にも当てはまらないものだ。いったい何を考えているのかは不明だが、危機が去っていないのは確かだ。木俣は両拳をあげたまま、相手を睨みつける。

 こちらから下手に動いても、今と同じ目に遭うだけだ。ならば、相手が動くまで待つ。向こうが攻撃してきた時に、カウンターを叩き込むしかない。その方が時間も稼げる。

 意に反し、外国人は動かなかった。木俣の言葉に、何が感ずるものがあったのか。あるいは、どうやって殺そうか思案しているのか。もっとも、触れただけで爆発しそうな空気を放っている点は変わっていない。

 そんな怪物と対峙している木俣もまた、その場に立ったまま動かない。いや、動けないのだ。

 木俣の額に、汗が滲んでいた。この見合った状態は、精神的な消耗が激しい。相手がいつ動くか、全神経を集中させていなくてはならないのだ。例えるなら、息を止め水に潜っているようなものである。

 それでも、木俣は動かなかった。命を捨てても、加納を守る……そのためだけの壁として、構えた姿勢で立っている。

 だが、直後に木俣の表情が歪んだ。彼の耳が、こちらに近づいて来る足音を捉えたのだ。音の主は、おそらく加納……。 

 一方、外国人の態度も変化していた。口元に笑みを浮かべ口を開く。


「己の命を捨てても、愛する者を守るというわけか。なるほど、大した覚悟だ。主君を守り、立ったまま死んでいた弁慶を彷彿とさせる。今日は、この木俣くんの侠気(おとこぎ)に免じて引き上げるとしよう。またいつか、会うこともあるだろうしね」


 そんなことを言った後、背を向け歩き出した。たが、途中で足が止まる。


「ああ、そうだ。言い忘れていた。俺の名はペドロだ。今後とも、よろしく」


 顔をこちらに向けず、それだけ言って去っていった。

 木俣はフウと息を吐き、垂れてきた汗を拭う。間近に死の存在を感じたのは、本当に久しぶりのことだ。今にも倒れてしまいそうな己の肉体を叱咤激励して動かし、どうにか上着を拾い上げた。

 その時、彼の肩を叩いた者がいる。誰かと思えば、想像通り加納春彦であった。すました表情で口を開く。 


「木俣、痛いじゃないか。僕が倒れてケガでもしたら、どうするつもりだったんだい?」


「あなたなら、この程度でケガをすることなどないと信じていました。それよりも……」


 そこで言葉を止め、下を向く。もう一度、顔の汗を手で拭った。

 次の瞬間、木俣の顔は鬼瓦のごときものへと変わっていた。


「なんで俺の指示に従ってくれないのですか!」


「だってさあ、あいつ面白そうだったんだもん」


 子供のような言い訳をする加納に、木俣はさらにヒートアップした。鬼瓦から、鬼そのものの顔に変化した。


「面白いわけないでしょうが! 子供じゃないんですよ!? 何考えてんですか!? バカなこと言わないでください!」 

 

 怒鳴り散らした直後、荒い息を吐く。どうにか呼吸を整え、気分を落ち着かせた。

 少しの間を置き、静かな口調で語り出す。


「いいですか、あいつは俺よりも強い。俺なんざ、素手で殺せるような化け物です。またあいつが来たら、俺が命と引き換えに時間を稼ぎます。その間に逃げてくださいよ。そうすれば、あなただけは助かるはずです」 


「そしたら、木俣が死ぬじゃないか。そんなの嫌だからね。そんなことになるくらいだったら、僕も一緒に闘うよ」


 加納の言葉に、木俣はうろたえた。怒りは消えていないが、他の感情も刺激したらしい。


「こ、この……」


 言葉に詰まる木俣に向かい、加納の口から爆弾のごとき言葉が飛び出す。


「僕が本当に愛しているのは、木俣だけだよ。死ぬ時は、木俣と一緒に……って決めてるんだから」


 直後、加納はにっこり笑う。次の瞬間、木俣の頬に柔らかいものが触れた。

 木俣は何が起きたのかわからず、ポカンとなっていた。次の瞬間、触れたものが加納の唇であることに気づく。

 途端に、木俣は鬼から赤鬼へと変わった──


「こ、こんなところで何するんですか! い、いい加減にしないと本当に怒りますよ!」







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