アウトレットケーキ
今夜はクリスマスイブです
時計は十一時を指そうとしています
商店街の片隅の小さな洋菓子店の前で私は一人ケーキを売っています
「あと一つ……」
形の崩れた苺のデコレーションケーキ…品質味共に問題が無くとも、少し形が歪なだけで、価値が下がります
半額にしても、残ってしまったホールケーキを眺めながら、小さなため息を一つ
誰にも気づかれないようについたはずのそれは、寒さのせいで白い息になり、音ではなく、画として可視化されてしまいました
誰も来ない…一人きりのクリスマスイブ…
「なんでこんなバイトを選んじゃったのかな……私…」
商店街の街灯が通りを薄っすらと照らすクリスマスを意識した煌びやかな装飾も見る人がいなければ、価値も半減してしまいます。
「ケーキを売りつくしたら、バイトは終了のはずなんだけどなぁ…」
さっきまでいたオーナーも「疲れたから俺帰る」とか言って私一人おいて家に帰ってしまいました。
「帰っちゃおうかなぁ…バイト代ももらえるかどうかあやしいし…」
「お、お終わらん…何がクリスマスだからかえりますねぇ…じゃねーよ」
雑居ビルの最上階(三階)のオフィスで俺は一人で書類と格闘中である。
PCの画面と机の上の書類と電卓と交互に視線を走らせ流れながらマウスをカチカチさせての確認作業である。
「誰だよ!ここの数式いじった奴は数字があってねぇ……はァ」
とりあえず数式をもとに戻し見ればエラーの表示が出る始末……
「こんなの終るかボケ!いつになったら帰れるんだよ……俺だってクリスマスだから帰りますねとか言ってみたいわ!…彼女いないけど!!」
一人きりのクリスマスイブ(オフィス)とか辛すぎる。
朝から続く事務に嫌気が差す。
でも、年末に処理しておかなければ…後々大変なことになるわけで、だから今夜はデスマーチしなければ、それこそ安心して新年を迎えられない。
「気分転換に行くか…」
スラックスのポケットに手を入れて、俺はビルの屋上に向かった。
屋上から見る景色はそれなりに綺麗で、商店街のイルミネーションやその先の駅のロータリーの中心にあるモミの木が電飾で彩られて輝いていた。
「毎年此処でこれ見てんだよなぁ~ボッチで……」
スラックスのポケットから電子タバコを取り出し口元に運んだ。
かすかに青みのかかった白い煙を口から吐き出しながらついでにため息も吐いた。
なんとなく、商店街を見ていると、赤いガーデンパラソルが目に付いた。
「赤いパラソル……?」
思わずジャケットの胸ポケットからスマホを出してカメラモードにして、画面を見る。
思いっきりズームにすれば、赤いパラソルの下に人影が見えた。
「彼処は確か取引先の文具屋の隣の……ケーキ屋だよな…こんな遅くに何やってるんだ」
ふとした疑問が好奇心に変換されるのに、さして時間はかからなかった。
スマホのズームじゃ画質が粗くて見えづらい。
赤い帽子を被った人影が見えるが、何をやっているかまでは分からなかった。
「ちょっと、画質が粗いな…」
見えづらい画角と粗い画質に嫌気が差した。
「よっこいしょ!」
思わずオフィスに戻って自前のデジタル一眼レフカメラ(もちろん三脚込み)を持ってきてみた。
「これって盗撮じゃね…」
そう思いながらもカメラを覗いてしまうのは男の浪漫ではなくて、性なんだと思う。
大枚をはたいて買っただけはあって、綺麗な画が映し出された。
赤いパラソルの下に赤い帽子を被った小柄な女性と白いテーブルの上に白い箱が一つ、そしてケーキ半額セールの文字…
「ケーキ売っているのか?」
ふと、頭の隅にマッチ売りの少女とシンデレラがごった煮になった悲劇を想像してしまった。
テーブルの上にはケーキが入っているであろう箱が一つあるのがなんとか見えた。
「箱が一つだけか…」
もしかしたら、たった一つのケーキのせいで、この寒空の下、彼女は一人でケーキを売っているのだろうか?
「そういえば、夕飯まだ食ってなかったなぁ……甘いものは脳の栄養になるんだっけっか?」
俺はカメラを片付けてケーキを買いに商店街へと歩きだした。




