年下イケメン公爵と結婚したけど、浮気していたので別れようと思う。
私トレサは、三ヶ月前結婚した。
相手は私より8歳も年下の20歳、公爵リエール様。
彼は非常に見た目麗しい。金色の絹糸の様な髪と、ぱっちりとした瞳は蒼く美しい。肌も陶器のように白く、唇は赤く林檎のようだ。
180cmの高身長で手足が長く、まるでお人形の様だ。
それに引き換え私は、どこにでも居る普通の女だ。髪は肩まで伸ばした茶髪、顔はどこにでも居る平凡。特別美しいわけではない。
出会いは街で買い物をしている時だった。
たまたま公爵がお忍びで遊びに来たのだ。
その日は夕立があり雨に降られてしまった公爵を、家に呼びお風呂を貸してあげた。
実家に住んでいる為両親は公爵が来ている事に、凄く驚いた顔をしていた。
それから数週間後、公爵は何故かまた私の家に来た。あの時の御礼を、と高級なお菓子(庶民にはとても食べることの出来ない高級食材で作られたマドレーヌだった)を差し出された。それを震える手で食べながら、やけに神妙な顔をした公爵に何故か結婚を申し込まれた。
事実とは、小説より凄かった。
これまでの人生恋愛に縁の無かった私は、正直ときめいた。8歳も下の男性なのに、つい結婚生活と言うものを夢見てしまった。
だが、相手は公爵で庶民の私が結婚して良い相手では無い。その為丁重に断ろうと思ったが、あれよあれよと結婚の準備は進んで行く。そしていつの間にか結婚していた。猛スピードに進んでいく現実に、頭は全く着いていかない。
だけど、両親は喜んでいた。それに……私自身結婚出来て嬉しかった。
それから、28年間住んでいた家から出て実家何個分…いや、何十個分だろうというほどの豪邸に引っ越してきた。本当に凄い。だって家に噴水があるんだから。お姫様になった気分で、ワクワクと嬉しさで胸がいっぱいになった。
…だというのに結婚生活は、散々なものだった。まず公爵は、仕事で忙しく帰ってこない。そして毎週日曜、仕事は休みだが何処かに出掛けている。
家には使用人が沢山いて、私の世話をしてくれている侍女は優しい。家の事は、全部使用人がやってくれる為私はやる事がない。
侍女は、「リエール様は忙しいだけですよ。」と励ましてくれる。その気持ちは非常に嬉しいが、絶対そうでは無い。
きっと私に興味なんか無いんだ。
そうに決まっている。
だって、私はリエール様に好かれる要素が何処にもない。特別美しい外見をしているわけでは無いし、取り立てて才能があるというわけでも無い。勿論家柄が素晴らしい訳でも無い。
色々な事が頭をよぎってくる。
思えば結婚を申し出た時もそうだった。
「オレもそろそろ身を固めろと周りがうるさいから、結婚してくれ。」
このセリフから、私に愛情が無いのは当たり前だ。
一週間後、私はパーティーに参加していた。庶民の私は知らなかった事だが、貴族というのはことあるごとにパーティーを開くものらしい。
今日は他の貴族の誕生日パーティーに呼ばれたのだ。大きなお城に通されて、広い室内に置かれている丸いテーブルには、色々な食べ物が置いてある。
リエール様と一緒にパーティーに参加したのだけど…横目で彼の様子を見るとむすっとした表情をしている。リエール様は、私に笑いかけてくれた事が一度もない。
はぁ、と思わずため息をついてしまう。
せっかくパーティドレス着ていたのになぁ。
ピンク色に花柄が描かれているパーティドレスに、肩までの長さの茶髪に淡い赤色の花の髪飾りを付けている。化粧だって侍女さんにしてもらったのに……。
「ちょっと外に行ってくる。」
リエール様は、そう言ってスタスタ出ていってしまった。
その様子を見ていた若い女の人達が、くすくす笑いながら噂話をしている。
「何であんな庶民が公爵の婚約者なのかしら。リエール様は、何で地味で取り柄も無い女なんかと結婚したんだろう……」
「あぁ、公爵。私と結婚して欲しかったのに……」
三人組を思わず見返すと、こちらを睨みつけ言ってきた。
「貴女なんか2番目の癖して。」
縦ロールに髪を巻いた女性が声を荒げる。
彼女の瞳は、冷たく痛い。彼女の名は、イリーネ。侍女から聞いた事だが、貴族の娘でリエール様と結婚する為何度もアピールしていたらしい。
「知らないの? 公爵には、本命が居るって。毎週日曜日に高価な花を買いに行くの。」
ストレートヘアの彼女は、紫色のドレスがとても似合っていて物凄い美人だ。イリーネといつも連んでいる貴族の娘、エリスだ。
口を歪ませ、嘲笑している。
「その花を本命にあげるんですって。どう? 1番目になれない気持ちは。」
ミディアムヘアの彼女は、馬鹿にしたように笑う。マリリンだ。
「そんな…。そしたら、何で私と結婚なんて…。」
「それは、貴女が庶民だからよ。貴族と庶民の垣根を超えて仲良くしましょうってこのご時世に庶民のあんたと結婚したら、今まで以上に好感度上がるに決まってるから。ただ、それだけよ。」
そう言って、じゃあ私はこれでとイリーネ達はドレスのスカートを揺らし帰っていった。
◇
あれから一週間、私は考えている。彼の本命とは誰なのだろう。彼は仕事で外に出ている事が多い。
もしかしたら、仕事の合間を縫って女性に会いにいってるのかな。だから家にいる時間が少ないのだろうか。
そうして、時間は過ぎていく。
日曜日の朝方だった。彼が部屋から出てきた為挨拶を交わす。しかし、服装はいつもの正装では無くもっとラフな格好だ。
「今日は、お仕事お休みなんですよね。何処か行かれるのですか?」
「ああ、そうだ。……少し出掛けてくる。」
ああ、今日も出かけていくんだ。きっと本命の女の子に会いに行くのだろう。少し顔が紅潮して見える。彼だって恋をしたい筈だ。
それは仕方ない事だと思う。
「大丈夫ですよ……。リエール様は、美しくそしてお若いです。私以外に本命が居るということは重々承知しております。」
「は?」
「それに、私は庶民の生まれです。こんなに贅沢な生活が出来ているのはリエール様のお陰です。……もし、本命の方と結婚したいとすれば、私はすぐここから出ていくので……」
どうしよう。視界が歪んで、涙が溢れていく。
今まで恋愛に無縁だった私に声をかけて、世界を変えてくれたのはリエール様だった。
そんな素敵な人の為に、身を引かないと思うのに苦しくて仕方ない。
その時だった。
「は、」
わずかにリエール様が息を吐き出す声が聞こえた。そして
「はあぁぁぁー!?!?」
大声が屋敷中を響き渡った。
「え!? 何…急に…。」
「この僕が、浮気なんてするわけ無いだろ!? 一体何を勘違いしてるんだ!?」
怒り口調でこちらに詰め寄ってくる姿に、びっくりする。私も負けずに問いかける。
「だ、だって……イリーネ様達が……リエール様には本命が居るって。毎週花をあげる相手がいるって…!」
そう言うと、目を丸くして息を吐き出した。
「はぁ、そう言うことか。イリーネめ。……トレサ。僕について来い。」
そう言い、手を引かれ歩いていく。
辿り着いたのは、彼の自室だった。一度も入った事が無い。ドアを思い切り開けられ部屋に入ると、そこは。
「え!?」
机に椅子。本棚にベッドと家具は豪華な貴重品で作られているものだが、それでは無いところに目がいく。
広い自室に、色とりどりの花が飾られている。
赤い薔薇や紫のスミレ、ペチュニア、アネモネなど。所狭しと飾られていて壮観だ。
「な、何これ……。」
よろよろと床に座り込む私に、リエール様は目の前に同じ様に腰を下ろした。
「あぁ、もう。僕の意気地なし……。こんな所でバレてしまうなんて……」
一つ呼吸を整えて、意を決した様子で言葉に出す。
「この花、全部貴女のものだ。」
「え?」
私の…もの?
「これは、全部貴女の為に買ってきて…でも恥ずかしくてあげられなかった花だ。どれだけ僕が貴女の事が好きか分かっていないだろう? 貴女に優しくしてもらって惚れて、貴女を手に入れる為に結婚の申し込みをして。」
「え、えぇ!?」
「結婚してからも、大好きな貴女が居ることに嬉しさと同時に緊張してしまって、何も出来なくて。……不安にさせてしまいすまない。」
「え、えと……」
「だけどトレサに悪いが、嬉しかった。僕のために泣いてくれて。」
そう言い、初めて私の前で笑う。天使が微笑む様に彼の笑顔は美しい。
「もう花もバレてしまったことだし、何だかスッキリしたな。…実は今日も花を買う予定だったんだが…バレてしまったな。…そうだ!! これから僕がトレサの事をどれだけ好きか、貴女に思い知らせてやる。」
そう意気込んだヘタレ公爵がどれだけの事を出来たのかは、2人のみぞ知る。
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