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センサー

作者: 吉佐稔
掲載日:2023/07/23

 悟は会社の事務所のカギを閉めて駐車場へ向かう。

 時刻は夜の八時。すでに外は暗く、空には満天の星空が広がっていた。秋も近いというのに、外はほぼ無風のせいかまだ暑い。

「さて、帰りますか」

 悟は独り言を呟き、カギを開けて車に乗り込む。助手席に弁当箱と水筒を乗せ、シートベルトを締め、エンジンをかけて走り出す。

 会社から家までは十分程。街灯があまりない山の中に職場はある。

 いつもに比べたらだいぶ遅くなってしまったが、まだ子供は起きているだろうか。笑顔で迎えてくれる子どもの顔を思い浮かべると、自然と頬が緩む。帰ったら遊んであげたいところだが、寝る前だからテンション上げないでと妻に注意されてしまうだろう。

 などと考えていたら、車内に警告音が響く。何事かと思いスピードメーターに視線を移す。

 シートベルト未着用の警告のランプが点滅していた。締め忘れたかと思い、胸辺りに手をやってもシートベルトの感触はある。体を抑えつける感覚もある。

 しっかりと着用している。となれば助手席しかない。

 シートベルト未着用のランプは、人でなくてもある程度の重さが乗っていれば反応する。そう、人でなくても。

 助手席にあるのは弁当箱と水筒。この程度の重量ならば、反応はしないはず。それなのに何故か鳴り続けている。

 不意に嫌な想像が頭に浮かぶ。

 いやいやと心の中で苦笑いしながら、運転中ではあるが左手で置いてある二つのものを避ける。これで安心だ。助手席にはなにもない。鳴ることもない。

 なのに鳴り止まない。

 さっきの嫌な想像が濃厚になってくる。

「まさか…な」

 思わず声が出る。だんだんと膨らむ想像を必死に否定する。しかし、一度脳に染み付いたものは簡単には消えない。

 普段なら音楽をかけ、歌いながら帰ればあっという間に家に着く。

(そうだ、音楽だ)

 気分転換も兼ねてたまたま電源を切っていたオーディオに手を伸ばしかけて止まる。

(もし音楽から変な声や音が聞こえたら?)

 気を紛らわせるための音楽が、何かの引き金になり余計なものが聞こえたらと思うと電源を入れることができなかった。

 音楽がないだけでこんなにも会社から家まで遠かっただろうか。こんなにも時間がかかるものだろうか。一分一秒が永遠のように長い。

 頭から汗が滝のように流れ、汗が頬を伝い落ちてくる感覚に鳥肌が立つ。まるで誰かが自分の頬を指でなぞっている錯覚に襲われ、シャツまで汗でびっちょりになっていく。

 手が真っ白になるくらいハンドルを握り締め、ただただひたすらに前を見据える。横を見ることもルームミラー越しに後ろを見るのも恐ろしかった。

 

 やっと家が見えてきた。永遠にも思えた時間がやっと終わる。

 いつもならバックで駐車するところだが、今はそんな余裕はない。早く誰でもいいから会いたい。早く誰かの顔を見て安心したい。その思いでいっぱいだった。

 頭から突っ込んで車を止めるのと同時にシートベルトを外し、ドアに手をかけた瞬間、玄関の外の人感センサー搭載のライトが何故か点灯した。

「な、なんで…」

 もうわけがわからなかった。誤作動の一言で片づけるには不可解なことが起こりすぎている。

 悟はつまずきかけながらも車から飛び出し、たった数メートルまでの家へと猛ダッシュをする。

「のり子!」

 ポケットから出したキーでカギを荒々しく開け、ドアを開けると同時に叫んでいた。

「ど、どうしたの?」

 妻ののりこ子が二歳の娘を抱きかかえたまま血相を変えて出てきた。娘も目を丸くしてのり子にしがみついていた。

「あ、あ、いや…」

 無事な妻と子どもの顔を見た途端、さっきまでの恐怖は一瞬して吹き飛び、悟は言葉を失った。同時に全身に疲労感がどっと押し寄せ、限界を迎えた悟の足は力が抜け、玄関に座り込んでしまった。

「なにかあったの?」

 いつもとは違う様子にのり子はしゃがんで目線を合わせて心配そうに聞いてくる。

「いや、なんでもないんだ」

 悟は手をひらひらと振って、精一杯笑って誤魔化した。根拠のない話で不安にさせる必要はないと思った。

 車は今度、店に持って行って不具合がないか見てもらおう。

 家の前のセンサーもたまに、雨風に反応することもある。

 どちらも偶然が重なった誤作動だ。

 そう自分に強く言い聞かせ、深い溜息をついて気持ちを落ち着かせる。両手を膝に添え、足に力を入れて立ち上がる。少しふらつきながら後ろを振り返り、ドアのカギに触れかかったとき、ガチャッと音を立てて一人でに閉まった。

 悟は目を見開いて顔をのり子の方へ向けるが、のり子は気づいておらず首を傾げていた。ちょうど自分の体が壁になって見えなかったのだろう。

「おあえいー」

 のり子の腕の中で娘がとたどたどしく少し遅れた迎えの挨拶をかけてくれる。

「……ぃま」

 悟は体を硬直させる。悟が返事する前に、誰かが返事をした。弱々しいが確かに聞こえた。

「さあ、パパも帰ってきたし、ちょっと遊んでもらったら寝るよー」

 のり子は子どもを軽く抱きなおし、背を向けてリビングに入っていく。どうやらのり子には聞こえていなかったようだ。

 のり子の肩から顔を出した娘が両手を伸ばして嬉しそうな声を上げていた。笑顔の娘を見ながら悟は不安と恐怖でその場から動けずにいた。

 この無邪気な笑顔は自分に向けてなのか。それとも…。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 透明人間(幽霊なら重量がない)だと、玄関のライトがつくわけないから、子供にしか見えない怪異でしょうか。重量がありながら車のドアをすり抜けられるとは、恐ろしく能力です。 [一言] 車を止めて…
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