第51話 鹿角の命運
「鹿角の件、いかがする?」
高信がざっくりと問う。
「まず先日の報告以降、何か進展はあったかどうか、だ。お前たちのほうで新しい情報などはないか」
「おい、信直」
高信の呼びかけに信直が頷き、報告をする。
「私めの配下にいる忍び、唐式部が鹿角入りしています。檜山から武具の類がゆるゆると鹿角の各館主に配られていますが、急いでいる様子もなし。こちらが鹿角衆と安東の内通を知ったこと、おそらく気づかれていないかと。ただ……」
「ただ?」
「……こちらが追っている安東の密使ですが、花輪や柴内、それから大里と尾去に出入りしていました。この辺は同じ阿保一族なので不思議ではないのですが、一件、大湯の城にも出入りしておりました」
「なに、大湯に……?」
晴政が顔をしかめる。
「はい、つい数日前、城に入ったのを確認しました」
「大湯か、厄介だな」
大湯氏は鹿角の郡北にあって、毛馬内に隣接する勢力だ。鹿角四頭の一つ、奈良氏の嫡流であり、中々の規模を持つ。
彼ら大湯氏と郡中央部を支配する花輪氏ら阿保一族が繋がるとなれば、戦の範囲は一気に拡大するだろう。
「忍びは俺のほうからも送った」
晴政はまたため息をつく。
「渡し場を監視しておったら、米代川の川渡りの船を使って、安東の侍が鹿角に入り地侍の城を行き来しているのが確認された。大湯は確認できておらんかったが……残念ながら、これは疑わざるを得ん」
「その侍の身元は?」
「忍びが言うには、安東家老・大高の一族だ、以前顔を見たことがあるらしい。今回は大高殿が鹿角衆との取次なのだろう」
「十郎の報告でも大高筑前の出入りが報告されていたな。わざわざこんな雪の残る行き来しづらい時期に熱心なことだ」
「ああ、安東が鹿角と好を繋いでいること、それを我らに報告せず黙っているということはもはや疑いようがない。これは、内通と言わざるをえぬ」
当主が内通と判断した。その意味は重い。鹿角衆は南部の『敵』と認識されることになった、ということだ。
「兵を出す」
晴政は淡々と言う。
「三戸衆と岩手衆、それから一戸衆と津軽衆を鹿角に送る。その上で鹿角の花輪伯耆守に詰問の使者を送り、返答を待つ。先鋒は毛馬内の弟だ。お前も出ろよ高信」
「承知した」
ぞっとする。戦が始まる。それが今決定された。
「浪岡には話したのだろう。そちらからは漏れてはおらぬか」
「そちらからの報告はない。洩れぬよう儂のほうから浪岡に釘は刺しておる。今のところは黙ってくれるだろう」
「漏れておらんなら重畳。……もし安東が出てきたらいかがする」
「安東は今ちょうど比内の浅利殿と上手くいっておらんようだ。今鹿角まですぐに出張ることは難しいかもしれん」
浅利氏は鹿角と直接国境を接する比内郡の領主だ。安東が鹿角へ侵攻するにあたり、比内郡は必ず通らなければならない地域であり、その協力は必須だ。だが、そこの領主である浅利則頼は、一応安東氏の旗下ではあっても、かなり独立心が強く、何かにつけ抵抗している。
それに、南部と敵対するとなれば、まず比内が南部の矢面に立つことになる。それもあり、浅利氏は鹿角と事を構えるのを好まない傾向がある。
「浅利殿か、揉めておるならちょうどいい、鹿角入りに合わせて浅利殿に裏で手助けを申し出ても良いかもしれんな。浅利殿が離反してくれれば、安東は足場を失う」
晴政が厳しい顔で言う。高信は頷き、ひとつ提案する。
「もし安東が出兵してきても、すぐに奴らを叩けるよう、緒戦で安東と通路が繋がる尾去や松館など、米代川の左岸を優先して奪取する。そこの占領は我ら津軽衆が受け負おう」
「それはいいな。津軽衆と岩手衆の準備は?」
「津軽衆はいつでも行けるぞ」
「岩手衆も、詳細は伏せて内々に話は通しております。いつでも参陣出来ましょう」
高信と信直の答えに、晴政は満足げに頷いた。
「よし、これだけ動かせば十分だろうが、それで追い払えなければ一戸殿のみならず他の親類一家にも出兵を頼むことになる。大戦さにならんよう、出来るだけ早期に終わらせるぞ」
晴政の言葉に、一同が頷く。
「承知した。……もしそうなったとして、九戸殿や八戸殿は動くかな」
「鹿角の争いに八戸殿と九戸殿は手出し無用だ。鹿角は一戸殿の縁者たちの地域でもある、それらを動かした方がお前としてもよかろう」
「八戸殿はともかく、九戸殿もか? 鹿角口と岩手口の外敵に対するは九戸殿の役目だぞ」
「九戸殿は先年謀反を起こしたばかりだ、しばらく大人しくしてもらおう。代わりに九戸殿と縁深い浄法寺殿が出るから戦力としては十分だろう」
「そんなに素直な御仁かね、九戸殿は」
「大人しくしてもらうさ。留守中に何か起こすようなら、今度こそ相応の覚悟をしてもらう」
目の前でどんどん戦事が決まっていく。
「時に十郎殿」
俺は口を挟まずじっと口を閉じていたが、急に晴政に話を振られる。
「はっ、なんでしょう」
「煙硝を作れるという話、まことか?」
晴政の目はぎらぎらしていた。
「御身が火薬を作れることは聞いておる。鉄砲は今や戦に必須の品。だが玉薬の材料である煙硝は商人から買わねば手に入らぬ。それを作れるとなれば鉄砲の利便が変わる。どうなのだ」
鉄砲そのものは威力のある武器だ。だが、ただ本体を準備しても装薬が無ければ使えない。そしてその装薬も現状輸入せざるを得ない。南部氏は鉄砲の製造元から遠く、硝石の販路も細く、他国に比べて大きな不利を抱えていた。
晴政が興味を持つのも当然だった。硝石の内製化という、ネックのひとつを解消出来ると言い出した小僧がいるのだ。
俺は準備していた布袋からさらに小さな小袋と書付数通を取り出し、台において差し出した。
「今年、作りましたばかりの煙硝――硝石で仕上げました火薬と、その量を記しました目録、それから硝石の作り方を記しました書付にございます。火薬については既に一部をこちらに運ばせております。お納めくださいませ」
晴政は小姓の手で運ばれた台から書付に手を伸ばし、無言で目を通し始めた。その目は書付の文字をじっくりと追って離さない。
「……この量、三戸の鉄砲衆が三月分絶えず使い続けても充分賄えるな」
「石川では今後も火薬を増産できる目途が立っております。また別途、作り方を記した書付も出来上がり次第送ります。硝石は扱いに慎重が求められますし、製造に関しては多くの留意事項がございます。三戸で作る場合は、かならずお守りの上、作られるよう徹底してくださいませ」
既に石川では火薬製造のための三号棟を建設し始めている。今後も量を増やすことは出来るだろう。
そしてその製造技術を提供すれば、三戸は火薬不足に困ることなく戦を戦えるだろう。
「此度の鹿角攻めには石川の鉄砲衆も出す。聞いておると思うが、鶴のおかげで鉄砲が思いのほか充実したんでな」
高信が口を出す。元々注文していた鉄砲に、楡喜三郎が京都から送ってきた物に加えて、具信が注文していた鉄砲を〝購入〟出来たことで、石川の鉄砲隊は七十挺以上の鉄砲を所持するに至っている。少ないと思われるかもしれないが、これは実の所石川の勢力に比して異常なほどに多い。永禄年間頃だと、南部のみならず、秋田や小野寺など周辺の大名家が所持する鉄砲の数がまだ百とか二百挺程度、と言えばどれだけの所持数なのかイメージできるかもしれない。
「後顧の憂いなく戦える、ということか」
「十郎の硝石を使った鉄砲で調練しましたが、弾の伸びといい威力といい、質も十分すぎるほどでした」
晴政の呟きに信直が補足する。
晴政は献上された書付をじっくり読んで、それから顔を上げる。その表情は、笑みを浮かべていた。
「これで我らの鉄砲衆は玉薬を心配せずに済みそうだ。十郎殿、よくぞやった。さっそくの御働き、褒めてつかわす」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「そうだ、此度の鹿角、もし出兵となれば十郎殿も初陣だぞ」
「え」
俺がついこぼした戸惑いの声に、晴政は愉快そうに笑った。
「初陣がいきなりの大戦さになりそうで悪いな、本来ならば何事も小戦さで経験を積ませていくべきなのだが、元服の時期がちょうど良すぎるでな。高信はちゃんと補佐をつけるように」
「分かっておる。――という訳だ、頼むぞ」
高信の嬉しそうな笑顔が憎たらしい。あと信直も微笑ましそうな笑みを浮かべないでほしい。
武士の初陣は誉れ。俺の初陣が嬉しいのは分かるんだけどさ。
初陣。元服するからには必ず通らねばならないイベントだ。それがこんなにもすぐさま来るものだとは思っていなくて、正直不意を打たれた心持だった。
(いやけど、やらねばならないんだよな)
驚いてはいるけど、この日が来ることを考えて心構えくらいは作ってきたし、調練だってそれなりにしてきた。
戦いに身を置くのが武士で、そして今の自分もまた、武士なのだ。
やらなければならない。分かってはいる、分かってはいるが……。
(これタイミング的に田植えにかぶる可能性大じゃん……嫌だ!)
田植えだけではない、様々な準備やら作業やらその他諸々が高速で脳裏を駆け巡る。
今年は正念場なのだ。しっかりと稲を選抜し、米を育てて、品種改良だって。ただでさえ時間が少ないのに、いきなりの大戦さなんかやっていられない。本当やっていられない。
俺は息を吸い、頭を下げた。
「――承知しました」
帰ったらすぐにでもしなければならない稲作準備デスマーチを思い返して、俺は床を遠い目で見た。鹿角の戦がさっさと終わりますように、というか戦さにならずに終わりますように。




