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第39話 石川鶴の提案


「出陣!」

 石川高信の号令のもと、石川城を出立した軍勢は百程度だった。

 かんじきを履いた軍勢は、雪にもめげることなくどんどん進んでいく。雑兵たちは蓑を羽織っていて色合いとしては地味だが、その中でも馬上で陣羽織を着込んだ武士たちは色とりどり鮮やかで、掲げられた旗印も、風のない青空によく映える。

 そこから、その軍勢はどんどん姿を変えていく。

 軍勢が村々に着くたびに、そこを集合場所と定められていた者たちが合流し始めたのだ。

 進めば進むほど、軍勢はゆっくりと数を増やしていく。地域の土豪、小領主などが含まれている。

 あらかじめ準備されていた進軍は常よりも素早く進み、やがて藤崎城の対岸に着く頃には、その軍勢は五百以上に膨れ上がっていた。



 藤崎城は川にそって建てられた城だ。これもあらかじめ準備していた小船によって、石川勢は藤崎城に船で直接乗り付け、ピストン輸送であっという間に兵を送り込むと、あらかじめ準備していた建物に分宿し、足りない分は素早く仮小屋を作りはじめる。それでも仮小屋で間に合わない分は、藤崎の近くにある寺に分宿させる形を取った。

 あらかじめ話を聞いていた寺の住持は、話には無かった数の兵に驚いた。

「こ、これはいかなることですか!」

「なんだ、我らの軍勢が泊まると、話は通していると聞いていたが」

「こ、このように多くが来るとは聞いておりませぬ!」

「あいやすまぬ。軍勢の調練に出たら石川に忠義を見せたいという者たちが集まってきてな、思った以上の数になってしもうた。この寒空に放り出すわけにもいかん、手狭になって申し訳ないが、この者たちを泊めさせてくれんかの」

 大将の高信直々にそう言われては寺としては否とも言えない。それに拒否して寺を燃やされるほうが恐ろしい。


「ま、まさかとは思うが、戦さを起こすつもりではありませぬな!?」

 真っ青な顔をして、それでも問いただそうとする住持に、高信は出来るだけ穏便に語りかける。

「まさかまさか。むしろ戦さを起こさぬためにこうしておる。和尚殿、予定よりも数は多くてすまぬが泊めさせてもらうぞ。これは少ないながら寄進だ」

 そして、準備していた金子を差し出し、住持に強引に握らせた。



 そうして一夜を明かす。鶴は寺の部屋の中で高信と共に寝た。

 明朝、軍勢は藤崎城から出立し、そのまま浪岡との境を越えてあっさりと浪岡北畠領に、浪岡具信の領地に足を踏み込んだ。まだ情報は浪岡城には届いていないようだ。

 浪岡境を守る浪岡側の(その警備は浪岡具信が担っている)軍兵は、突然の軍勢に仰天した。

 境目に建てられた警備のための館から、騎馬が飛び出てくる。甲冑の着込みも甘くガチャガチャと音を立てながら、馬に乗った侍は軍勢を目に声を張り上げた。

「い、石川様の軍勢とお見受けする! こ、これはいかなる仕儀か!」

 高信は楽しげな顔で侍に向けて大声で怒鳴った。

「使者じゃ!」


「し、使者とおっしゃられるか?」

「左様、火急の用じゃ!」

 高信は友好的に笑みを浮かべて笑った。

溝城(みぞき)に河原御所様が御在所しておられよう。石川郡代、石川高信とその息子、石川鶴が面会のため参った! 御面談の段、急ぎ誂えてくだされ!」

 侍は目を白黒させている。そりゃそうだろうなぁ。


 軍勢はそのまま進んでいく。なるべく警戒されないように、武装をなるだけ目立たせないようにして、ゆっくりとだ。

 そして溝城の城が見える頃、軍勢は溝城館から少し距離を開けて並ぶ。囲みはしない。今回の目的は攻城ではない。

 溝城の城は遠目にもバタバタとしていた。突然の軍勢に籠城の準備でもしているのだろう。

 高信、俺こと鶴、俺のお付きの金浜に、馬廻の五十人ほどが、軍勢から離れて溝城館に進み出て、少し離れた野原に布陣した。

「さて、まずは話を聞いてくれるかどうかだな」

 高信は笑った。


「鶴、お前、まず入城の使者として向かえ。河原御所様に入城の許可を得てくるのだ」

「承知」

 頷き、金浜と弘宗、数名の護衛についてくるよう指示して、溝城の城門まで馬を小走りに進める。

 城門の前は、警戒し切った武士と兵士たちが並び、鑓を構えて並んでいる。その鋭い切っ先は、いつでもこちらを突けるように向けられている。

 城門上には弓を持った兵士たちが並んでいる。弓こそ構えていないが、こちらを――敵として見下ろしてくる。

 胃の奥が冷えるように重くなり、悪寒の様な震えが走る。

 もしかしたら戦わないかもしれない。だが、これは間違いなく自分の初陣だった。


 馬を飛び下り、息を整える。

「河原の御所様に申し上げる!」

 声を張る。

「石川左衛門が一子、石川鶴が約束を果たしに参った! 石川左衛門と我ら郎党五十名、入城の許可を願いたい!」

 城門の上に、慌てて来たのか、甲冑もつけていない着流しの男が現れた。具信だ。

「……これは一体いかなる仕儀か!」

 具信は怒りに柳眉を逆立て、そして当惑していた。

「繰り返し申し上げます! 石川鶴が、約束を果たしに参りました! 河原御所様にした約束を、果たしに参りました!」

「ならば何故軍勢を出してきた! 戦をする気で来たのでなければなんだと言うのだ!」

「子細は館内で申し上げます! 少なくとも、我らは敵ではありません、具信様の悩みの幾つかを解消するために来たのです! この軍勢は、それを果たすために必要なのです!」


「その言葉、いったい何を根拠に信じられる!」

「話がまとまってもまとまらなくても、この軍勢は引き上げます! 必要ならば今この場で起請文を書きましょう! それに」

「それに?」

「拙者は、俺はまだ河原御所様に借財を返しておりません! 銭を返さず債権者を攻め立てるなど赤っ恥の極み! 自分は『借財を返せないから河原御所を滅ぼして踏み倒した』などという恥知らずとして噂にはなりとうございません! 我が恥にかけて、この軍勢は手を出さないとお約束します!」

 具信は目を丸くして、少しの間呆けた。信じられないものを見るかのような目で、こちらを見つめてくる。


「……我らの提案、とくお聞き届けくださいませ、河原御所様!」

「……小僧、本気か?」 

「本気だからこそ、こんな大がかりを行ったのです!」

「なんと無茶な小僧だ……」

 具信はこちらに聞こえるように呟いて、城門に向かって叫んだ。 

「……開門せよ!」




 津軽郡代・石川高信とその息子石川鶴。そしてその郎党五十余名が、溝城の兵士に囲まれながらゆっくりと溝城の城に入城する。

 溝城の武士たちはいつでも戦端を開けるようにそれぞれの獲物に手をかけ、雑兵たちはすぐにでも鑓を振り下ろせるように構えている。

 城門前の曲輪に兵を待たせ、ここからさらに選抜した少数の兵と共に、溝城の屋敷に入る。

 浪岡具信は、対面用の正装に着替えていらだたしくこちらを待っていた。周りには嫡男の顕重殿や、河原の家臣と思しき者たちが並び、一様にこちらを睨んでいる。


 高信、俺、金浜が進み出て一礼する。代表して高信がまず口火を切る。

「まずは河原御所様、このような形でのご対面、無礼をお詫びいたす」

「……郡代殿、まずはそなたの言い状を聞こう。郡代殿とも思えぬ思慮無き振る舞い、いかなる仔細があって軍勢を持てこの城に押し寄せたのか」

 高信は顔を上げて、冷徹に伝える。

「状況が変わったのだよ。……鹿角衆が安東に内通している」

 具信が目を見開いた。

「まことか!」

「一報は鶴が持ってきてな、現在探りを入れているところだが……おそらくは真だ」


 高信はにやりと笑った。

「河原様、浪岡は近年街道と寺社の整備を進めておりましたな。それを使って領外の小領主の取り込みにも余念がない。これらの街道と領主が安東氏支配下の鹿角と繋がればいかなることになるか、御身であれば想像がつこう」

 具信が喉の奥から唸るような声を出した。彼も、鹿角の安東与同が南部氏にとっていかなる意味を持つのか、それをすぐさま理解していた。

「……浪岡が安東と内通している、とでも言うのか」

「そこまでは言わんよ。だが、もし安東と浪岡が内通したらどうなるか、我々は懸念しておる。最近の浪岡御所様は中々の安東びいきでもあらせられるしな」

「疑念のみで他国に踏み込むとは無道ではないか。それに、具運の正室、明子殿は南部の御子だぞ」

「もちろん、浪岡様は南部と敵対する気はないとありがたくも仰っておられる。だが、問題なのはやる意思があるかどうかではない。それが出来るかどうかの方が問題なのだ。津軽郡代としては、浪岡と安東が鹿角を介して結ばれることまでは容認できんのだよ」


 鹿角を奪われ、浪岡が離反した場合起こるのは、津軽の南部氏勢力の孤立と、南部氏本国が直接脅威に晒される状態の現出だ。そしてそれによってもっとも被害が及ぶのは、石川と田子――石川高信の所領に他ならない。

 浪岡家の意志次第によって南部・石川の命運が握られる。そのような状況は、津軽郡代としては認められない――それが高信の判断だった。

「かと言って、我らとしても浪岡とは事を構えたくない」

「……国境を超えて軍勢を送り込んでおいて何を言う」

 高信は「いや全くだな」と大きく笑った。

「我らは保証が欲しいのだ。浪岡が我らに矛を向けないという保証がな」

「保証、だと?」

「それに一枚噛んでみないかね、河原様」

「……どういう事だ?」

「河原様に提案を持ってきたのだよ。なに、悪いようにはせんよ」


 高信が俺に頷く。

 俺は具信様の前に進み出る。

 具信はこちらをじっと見つめてきた。去年会った時に見た、静かで淡とした視線を思い出す。

「これを見てくださいませ」

 俺は袖から書付を取り出し、広げた。そこには署名も何もなく、ただ箇条書きに提案がそっけなく書かれている。

「……小僧、これがお前の言う溝城を豊かにする方策か?」

「はい。力不足ゆえ、我が父の力を借りる事になりましたが、これを容れてくだされば、溝城は豊かになる。少なくとも、そのきっかけを掴めると思います」

「……拝見する」

 具信が書付を手に取る。そこには、こう書かれている。



 ・南部の番城である藤崎城を修築 石川と河原御所の兵を常駐させる事

 ・藤崎から溝城を経て浪岡・河原御所までの街道を整備する事

 ・往古藤崎の大寺、奥法山興福寺の再興の事

 ・溝城領への稲作術および養蜂法の伝授の事

 ・牛を使った新製品とその製造法の伝授、および農耕技術開発の事



「……これが、我が領を豊かにする方法だと」

「はい」

「説明せよ」

 具信に命じられて語りだす。

「改めて。ここ最近、浪岡のご家中は安東殿と好を通じる向きが強いともっぱらの話。寺社の造営も安東殿との通路を整備するため。そうですな?」

「……ああそうだ」

 具信はその動きに異を唱えていたが、聞き入れられず逆に代官地を取り上げられ、境目争いで不利な裁定を下されるなど力を削がれるなど浪岡御所から直接圧迫され、家中でも孤立していた。その具信にとっての政治的な問題をまず解消しなければ、具信が暴発しかねない。

「我々南部としては少々面白くありません。だが具運殿は変わらず南部殿との友好を続けると明言されておるし、その心持を裏切るような真似は南部としてはしたくない。気に食わないからと言って浪岡家中の方針を無理に替えるなどというのも乱暴な話。そこでまず一条から三条があります」


 この五条は、自分が考えていた河原御所の救済方法を形にしていた。

「具信殿、藤崎は少々荒れております。安東殿の御世はよく繁盛していたそうですが、痛ましい事です」

 藤崎は平川と浅瀬石川の合流地点にあり、さらに少し下れば津軽一の大河である岩木川にも繋がり、かつ津軽の主要郡境が集まる場所に位置する、枢要の地だった。しかし、現在は放置されている。

 各勢力の境目にあるゆえに、逆に手をつけられずに置いておかれている土地、それが藤崎だ。

 そして、藤崎の隣領が浪岡具信の領地である溝城だ。浪岡に繋がる街道の中間地点に溝城があり、さらに浪岡城下には、そのすぐそばにある具信の居館・河原御所の館にも繋がっている。実のところ、藤崎から溝城を経由して浪岡まで、街道で一本で繋がっているのだ。


 高信が後を引き継ぐ。

「あそこには我らの番城もあるが、さほど整備しておらん。それに往古より営まれた大寺院・興福寺(こうふくじ)も今は退転して久しい。具信殿にはこのふたつを再興してほしいのだ。浪岡家中では今寺社の再興が進められておるのだろう? 具信殿が興福寺を整備しても不思議ではあるまい?」

 廃絶していた大寺――興福寺を再興し、街道を整備することによって、浪岡御所が進める街道整備の一角に食い込ませる。それによって、〝富のおこぼれ〟にありつけるようにする。脇街道がよりよく整備されていれば、人々にとっても選択肢が増える。

 道を整備するだけでは人は来ない。だから、人が来る仕掛けを作る。それが寺社の整備だ。


「ようは浪岡が行っていたことを、我らも共同でやるのですな。寺に行くための街道も整備すれば人も参詣に来よう。市や宿場ももっと整備せねばなりませんな。そして藤崎の番城には我らと具信殿の兵が詰めれば安全も確保できる。そうだ、石川から浪岡に運ぶ荷は藤崎と溝城を経由する様にも計らいましょうかな、そうすればずいぶんと賑々しくなりましょうな」


 人の流れを増やすことで、経済的に土地を盛んにする。落ちる銭が増えれば、溝城も豊かになるだろう。

 さらに、経済的な振興を図ると同時に、軍事的な意味もある。

 藤崎に兵を籠めれば、街道を通じて溝城を攻める事も、または溝城を〝救援〟することも可能だ。これはそのまま、浪岡御所に対するけん制になる。

 もし浪岡家が南部の敵に回った場合、具信がそれに協力すれば、藤崎―溝城―河原御所を経由して、浪岡城を直接強襲できることになる。溝城から浪岡まで、軍勢をさえぎれるような場所はほとんどなく、浪岡城に到達するまでは容易だ。これこそが『保証』だ。

 ちなみに言えば、逆もまたしかりだ。河原御所が浪岡に敵対した際に、石川が浪岡側に就くとなったら、溝城を直接攻撃できるようになる。

 浪岡(+安東)が敵対した場合に起きる状況――諸街道の封鎖と石川の孤立――それ自体を解決することは出来ないが、その代わり、河原御所という勢力を使って浪岡がそもそも南部に逆らえないようにする。

 わざわざ浪岡御所に約束したよりも多くの軍勢を引き連れて溝城まで来たのも、それを浪岡御所と河原御所、双方に示すためのものだ。


 これはすなわち、石川と浪岡大弼家の同盟だ。


 藤崎城を整備することを提案したのは鶴だが、さらに押し進めて兵をこめる事を提案したのは高信だ。藤崎は直轄領とはいえ、平時に居住する兵士の数は少ない。これを機に、高信は藤崎を浪岡に対する楔として機能するように再整備するつもりだ。

 石川高信は、津軽の安定を優先する。だからこそいままで浪岡家中にも手を付けなかった。

 だが、だからこそ浪岡に手を突っ込まざるを得ないのであれば、もっとも〝南部に良い形で〟津軽が安定するように、浪岡に介入して最大限の利益を得ようとしている。

 孤立しつつある浪岡大弼家をこちら側に取り込み、安東に傾く浪岡の抑えとする。経済的にも藤崎を再興し、その富を石川と南部に流し込む。

 津軽郡代としての力量だった。


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― 新着の感想 ―
飲んでくれるかな~
浪岡具運は自身の得が安東の得と重なる事をどこまで認識していたのか。南部の得と浪岡具信の得を重ねられた形だから、やり込められるのも仕方ないか。
よっしゃよっしゃ 南部の出来星兄弟,その力量を顕す
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