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第37話 報告と計画


 金浜から知らせーー楡喜三郎(にれきさぶろう)の御付きの護衛、権四郎(ごんしろう)の来訪に、俺は勢いよく戸に歩み寄り、すぱんと開ける。戸の横で座っていた金浜が驚いたようにこちらを見る。

 まずは深呼吸する。まだだ、思った情報が来たとは限らない。それに、望んだ情報とも限らない。

 いずれにしろ、楡の情報の内容いかんで行動の指針が決まる。落ち着いて接しなければ。

「すぐ行く」

 それから弘宗に振り向く。

「弘宗も来て。場合によっては仕事を頼むかもしれない」

 それだけ言い置いて、二人を置いていく勢いでさっそく相手が待つ庭先に出る。


 庭には、あの背の高い権四郎が立っていた。

「権四郎殿、久しいな」

「御曹子様、お久しゅうだぜ。おっと、お久しゅうございます」

 ざっくばらんな挨拶をして、金浜に睨まれて慌てて跪いて頭を下げる。さすがに身分差があるからね。

 金浜をなだめて、改めて権四郎の元に進む。

 権四郎は懐から書状を出して、恭しく俺の前に出す。

「我が主からの書状を持ってきたぜ」

「早かったね」

「旦那もずいぶん急いでたぜ。余人を介さず、かならずあんたに渡せと言われている」

 権四郎は金浜に目を向ける。この場面で本来受け取るべきは側近の金浜だが、俺は関係ないと頷く。

「いい、見せてくれ」

 権四郎から手ずから書状を受け取る。

 達筆なその書状には、時候の挨拶と共に、さっそく用件が数条、箇条書きに描かれていた。

 楡が鹿角にて方々の城を回った後、下国安東氏の本拠である檜山城、ついで能代湊に移動したことを記しており。

「――――!」



 花輪伯耆守(はなわほうきのかみ)居処に、大高筑前(おおたかちくぜん)出入りの事、城の用人の口に上がり候

 尾去備中(おさりびっちゅう)檜山城(ひやまじょう)下で見かけ候

 鹿角衆に売候武具の買い付け、能代商人より聞き候



(大当たりじゃねえか)

 震えと吐き気が起こる。

 予想、というか未来の知識をもとにした推測が当たったことに対しての喜びはない。書かれていることが、未来に起こる戦乱を証明してしまう内容だったのだ、喜べるはずがない。

 花輪伯耆守は鹿角四頭と呼ばれる鹿角衆における筆頭一族のひとつ・阿保(あぼ)氏でも威勢をもつ家であり、大高筑前は下国安東氏のいわば家老だ。そんな男たちが会合をしていたという。

 尾去備中も、その阿保氏の一流で有力な館主であり、檜山城は下国安東氏の本拠地だ。

 そして、その鹿角で今武具が売れている。南部氏を通すことなく、わざわざ準敵国から買い付けている、という点がやばい。


 今のところは戦争状態にないとはいえ、関係の悪い隣国の家老が出入りしているというだけで報告を上げなければならないというのに、それを秘密にしている時点で背反行為だ。尾去備中が檜山城下にいるのも怪しまれる行為だし、わざわざ秋田から武具を買っているのも疑ってくれというものなものだ。

 ひとつひとつならまだ言い逃れが出来るかもしれない。けれども三つ揃ったらアウトだ。

 楡喜三郎が虚偽を書いている可能性も無くはないが、未来の記憶と照合して多分無い。花輪伯耆守だけでなく、まず注目されることのない尾去備中の名前まで出ているのは大きい。

 南部領においてそれぞれの領主はかなり自立しており、鹿角衆だってその例に漏れないが、それでも盟主たる三戸に敵国との付き合いを報告しないのは、それだけで討伐の対象になりかねない。


 既にこの時期、鹿角衆が安東と好を通じているのは未来ですでに知られている。数年後に戦争が起きるからして、何らかの通交を行っていたのは予想されることだったので、そこが探れないか、というのは割と良い狙いだったと思うのだけれども、これほどピンポイントな情報を得られるとは思わなかったわ。

(楡殿、本当によくやってくれた)

 もし証拠が無いならないなりの方法を考えてはいたけど、これで親父殿を説得する手段が出来た。


「楡殿は今どこに?」

「今頃は船で上方に行ってるだろうぜ。こういう仕事は目当てが達せられたらさっさと逃げるのが吉なんでさ」

 権四郎はにやりと笑った。

「危険だったろう、楡殿にも、権四郎殿にも感謝だ。褒美も期待してくれていい」

「おうおう、御曹司様から感謝されるなんてありがてえことで」

 権四郎は皮肉そうに笑った。失礼な態度だが、明るい態度のおかげで嫌味にならない。


「鶴様、いったい?」

 不審そうな表情を浮かべた金浜に書状を渡す。文章を追った金浜の顔色が変わる。

「こ、これは! どういう事だ!」

 金浜は権四郎を詰問する。

「ええ、我が主、楡喜三郎が鹿角で商いをしている時に、どうにも怪しい噂を聞きまして」

 権四郎はすらすらと喋る。

「怪しい噂?」

「書状の通りでさ、鹿角衆のうちに、安東に通じている奴がいるってね」

 本当はこちらからその〝噂〟を提供したのだけれども、そこは伏せたまま権四郎は喋る。

「で、主が興味を持ちましてね、これを探って何かを掴めれば、南部にいい顔が出来るんじゃないかってね。幸い、俺たちには御曹子様という伝手もある。さすがに、ここまでヤバイものが掴まるなんて思ってもいなかったですがね」

 後段はまったくの本心、といった風情で権四郎が肩をすくめた。


「もちろん裏取りをしてくれて構いませんぜ。ですが、これは誓ってうちの旦那が見てきたものを書いたんだ。嘘偽りのない事だと誓約しますぜ。起請文を書いたっていい」

「……これが真であれば、あまりに由々しき事。すぐに報告を上げねばならん」

 金浜が厳しい表情で頷く。当然だ。この書状の内容いかんによっては、戦になる。

「そうだね。俺も思いついたことがある。ちょっと準備するから、金浜、弘宗、親父殿の所に行くぞ」

 さあ、親父殿を説得だ。




 高信は部屋で寒そうに火鉢を抱えていた。体格の良い彼がそれをしていると、まるでクマが丸まっているようで愛嬌がある。

「おう、いったいなんだ藪から棒に」

「重大事です」

 安穏とした高信の目が不機嫌そうにぐっと細まる。

「何があった、言え」

「さきほど、俺と懇意の商人より、このような書状が送られてきました」

 書状をそのまま差し出す。


 高信の目が書状に落とされ、それからゆっくりと見開かれる。

 焼けるような視線を書状に落とし、一文字一文字をじっくりと検分している。

「……おい、その商人とやら、本当に信における人間か? この内容、冗談では済まないぞ」

 声が震えている。書状の内容がどこまで信じていいのか、疑心が頭を駆け巡っているのだろう。

「はい、彼はでまかせを騙る人間ではありません、私も何度も商売で助けられ、気心の知れた者です」

 俺はそう言い切る。少なくとも今回の書状の内容は、仕事の依頼として出したものだ。そこで嘘をつくことは、彼ならありえない。

「…………くくくくはっはっはっはっはっはっはっ!」

 高信が冗談なほど大きな声で笑う。そこに含まれる感情はすさまじく攻撃的で、周りにいた者たちは一様に顔を引きつらせる。

 ひとしきり笑った高信は、急に静まった。ぐしゃぐしゃになった書状を放り出す。

「……舐めおって」

 周囲の者たちが黙り込む中、吹き出しそうになる怒りをようやく抑え込んだような声色を喉の奥から絞り出した。こめかみに血管が浮き上がっており、肩で息をするその様子は、高信が本気で興奮していることを見せつけた。


「鶴、よくぞ知らせた。お前の商人も、褒めてつかわす」

 平伏する。高信は大きくため息をついた。

「見落としておったわ。鹿角は近年悪い話も聞かず、土豪どもも静かで領内もつつがなく治まっておった。誤解だったな。この書状が真ならば、花輪だけでなく他の鹿角衆にも調略の手は伸びていよう。毛馬内(けまない)(ひでのり)はまさか大丈夫だろうが」


「……親父殿、鹿角が安東の領地になったら、南部は津軽を失います。津軽を失うという事は、この石川の地が存亡の淵に立たされるということです」

 言葉を切り、賢しらに言う息子を不審げに見る高信に、一言を付け足す。

「そして、その計画の一端に、恐らく浪岡の街道整備も含まれております」


 俺は部屋から持ってきた地図を広げる。津軽と秋田を繋ぐ大動脈と、鹿角が陥落した場合に何が起こるかを図事した地図は、見た目にもわかりやすい。

「お前が書いたのかこの地図」

 高信が目を丸くする。フリーハンドで適当に書いた地図だけれども、前世で正確な地図を見ていた人間が書いたものなので、この時代の地図より少しは正確かもしれない。

「はい。それはともかく、安東氏の鹿角計略に、浪岡の街道整備が織り込まれているのは確実かと思います」

 俺はゆっくりと安東の鹿角調略と、浪岡の街道整備が繋がった時の危険性を説明する。もとより事情を知っているので、高信の理解は早かった。


 地図をじっくりと見た高信は苦々しく舌打ちする。

「……お前ら、浪岡は安東が鹿角に調略を仕掛けている事を知っていると思うか?」

 高信は俺と金浜、そして弘宗にぎろりと視線を向ける。俺と金浜は弘宗に視線を向け、弘宗はひるみながらも正直に答える。

「……少なくとも、自分のような家臣たちにそのような話は流れてきてはいませんでした。御所様の回りからも、そのような話は聞こえてこなかったと思います。安東も、他領の計略を漏らすとは思いません」

「しかし、当主だけは事を知っている、ということはあり得るのではないか? これだけ事が繋がっておるのだ、無関係とも思えぬ」

 金浜が疑念をこぼす。高信はその疑問に答える。

「その当主の側にいる明子殿からこのような話は流れてきておらん。本当に、浪岡には鹿角の件は伝わっていないというのも十分あり得る」

 高信が首を振る。

「知っていても知らなくても、浪岡にとっては好機よ。安東に与すれば津軽で威勢を広げる絶好の機会、南部に与すれば大きな恩を売れる。実際に鹿角が安東に落とされたら、浪岡殿はそれを見逃さんだろうよ」


 高信は小姓と右筆を大声で呼ばわる。

「御家督にも連絡する。鹿角にはこちらからも忍びを送る。この書状の裏を取り、確たるものにせねばならん。場合によっては兵を動かす事にもなろう。下手に動けば鹿角のみならず秋田・津軽・糠部を巻き込んだ大戦さになる。そうならぬよう、慎重にやらねばならぬ」

 高信は弘宗をちらりと見て、苦い顔をする。

「まず優先すべきは鹿角だが、場合によっては浪岡とも刃を交える必要が出てくる。戦の準備も整えねばならんかもしれん」

 浪岡家中への介入。高信が津軽の安定を重んじるがゆえに避けてきた選択肢だ。具体的には街道の整備を止めさせたり、浪岡に改めて南部から離反しないように圧力をかける事になるのだろうが、相手の国に圧力をかければ、それだけで戦争の火種になりかねない。


「親父殿、浪岡の事で、俺に提案があります」

 俺は話に割り込む。高信がこちらを見る。

 これを言うために待っていたのだ。

 一人の男を助けるために、わざわざ芝居の真似事までしたのだ。絶対にねじ込まなければならない。

 そしてそれは、高信の願う津軽の安定にも適うはずだ。

「言ってみろ」

「浪岡の計画に、こちらも一枚噛むのです」

 高信と金浜の怪訝な顔が向けられて、俺はちょっと面白くなって笑みを浮かべた。

「これが上手くいけば、浪岡にくさびを打ち込めるかもしれません」


 それから、弘宗に顔を向ける。弘宗は強張った顔のままこちらを見る。

「なあ弘宗。さっき俺は君に言ったよな、『望んでいることがある』って」

「は、はい」

「俺に仕えてくれないかな、浪岡を裏切って」

 弘宗の目が丸くなる。

「断わってくれてもいいけど、その場合は申し訳ないけどしばらくの間軟禁させてもらう。ただ、もしそうしてくれるなら、一つ仕事を頼みたいんだ」

 困惑の表情を浮かべる弘宗が面白くて、俺はまた小さく声を出して笑ってしまった。


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>金浜が疑念をこぼす。高信はその疑問に答える。 「その当主の側にいる明子殿からこのような話は流れてきておらん。本当に、浪岡には鹿角の件は伝わっていないというのも十分あり得る」  高信が首を振る。 こ…
ルビありがとうございます読みやすくなりました。
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