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第20話 刈り入れ後のお仕事

お久しぶりです。

私生活がバタバタしてて中々書けずにいました。まだまだ途中なのですが、ひとまず投稿できる分だけでも投稿します。

永禄三年(一五六〇)九月二十日



 刈り入れが終わると、田んぼには()()――稲を円状に小屋ほどにも積み上げて乾燥させる。

 すっかり丸坊主になった田んぼに点々と置かれた()()は、乾燥機が普及した〝現代〟では見かけるのも少なくなったが、稲刈り後の風物詩と言えば長らくこれだった。

 乾燥の程度は米の品質にも関わってくる。よりしっかり乾燥させるのにも色んな方法があるのだけれども、今年は試す余裕はない。より乾燥するはざ掛け(田んぼに立てた支柱――はざ木に稲をつるしていく方式)するにもそのはざ木を準備するのにまた苦労するのが分かり切っているのでこれはおいおい。しっかり伸びた太めの木を調達するのも大変なんだよ。


 乾燥が終わったら後は脱穀だ。

 こき箸という道具で稲穂から籾をひたすらこそぎ落としていく。これもまた根気がいる作業で、数時間もひたすら稲をこそいでいると、体ががちがちになるし腕もしびれてくる。これも千歯こきか回転式脱穀機辺りを作らないとなぁ。

 大部分は籾のまま米俵に入れ、一部は杵で突いて脱穀する。


「少しだけ斑点米が多いですな」

 兵六が脱穀した後、籾摺りして玄米になった米を見ながら言う。

 折衷苗代で作った米とそれ以外の米を比べての事だ。

 見れば、脱穀した米の一部に、紫や黒の斑点が出ているものがある。虫が米を吸った痕だ。

「あぁ、折衷苗代のほうが出穂が早いからね、カメムシに狙われたかな。ちゃんと取るようにはしてたんだけど」


 カメムシは米作にとって天敵のひとつだ。

 夏場の出穂期にかけて、彼らはまだ固まり切っていない米の汁を吸ってしまう。そうするとこのように斑点が出来たり、場合によっては実らなくなってしまうこともある。

 折衷苗代の稲は他より出穂が早いため、繁殖期で増えたカメムシが先だって集まり餌食になったのだろう。

「今年はほどほどの気温だったから、カメムシも少なかったんだけどねぇ」

「カメムシも鶴様の米が美味しい美味しいってわかったんですよ」

 ヨシがくすくすと笑う。それならそれで嬉しいけど、気温がそこまで上がらなかったのにこれくらい斑点米が出ているとなると、気温が高くなりカメムシの発生数がさらに増える年になるともっと被害が増える。何か対策考えないといけないかもしれない。

 この時代、虫害対策は限られる。殺虫剤という便利なものは近代の科学の時代になってから発展してきたものだ。それでも方法が無いわけではない。


 そのことも織り込みながら、来年の計画を考える。

 一町もの田んぼを任されたのだ、まずはこれをきちんと育てる算段を立てなければならないし、そこを耕作する農家たちへの指導や指示も出さなければならない。

 一町、と一言にいうが、つまりは十反だ。今までの三倍以上の広さを育てなければならない。幸い、農家への口利きは兵六がある程度行ってくれるが、それでも来年は石川領の領主田の指導もしなければならないし、そのための資材も備えなければならない。費用も物も人も無限ではない。

 思案はあるのだが、それが実現できるかは、親父殿に相談してみないと。




 高信からの布告により、自分――石川鶴が領主田の農事の指導をする事、その指導に従うよう布告がなされた。

 突然の下命に農家が困惑する中、まず石川中の領主田を作る農家を訪問し、一軒一軒回って頭を下げることにした。石川領内の、できれば全部の家を回りたかったけれどなかなかそうはいかなかった。


 反応は様々だ。

 農家たちはやはり困惑しながらぽつぽつと話をしていった。

「石川様のお下知とはいえ、石川様が農事を事細かにご存知というわけではないでしょう? 農事は我らに任せてほしいものですが……」

 反発のほうが基本的には多い。子どもが指導する、しかもまだ一年しか結果を出していないから仕方ないといえば仕方ない。

「こんな若輩者にいきなり指導とか言われても困るだろうけど、ちょっとだけやってほしいことがあるだけなんだ。これで冷害にも多少は強くなるし、育ちも少しは良くなるんだよ」

 この世は良いものを押し付ければよい、というものではない。無理にやり方を変える必要はない事だけを強調し、その場で保温折衷苗代についての説明して、「今度説明会をするから聞くだけ聞いてみてよ」とだけ伝えて、食い物や酒、薬など、多少の餞別を置いて帰った。そうやって、何度も足を運んでは説明をした。

 無理強いはしないし、出来るほどの権力もまだない。そういう場合は、やりたい者をまず増やすことが大事だ。


 稲刈り後の祭りや、仕事が一段落したタイミングを見計らい、村々に顔を覗かせたり、何が無くても足を運ぶ。

 村の寺や、村の実力者の屋敷、時には田んぼのあぜ道で。そうやってまずは足しげく通って話をすることに専念し、時には大きめの説明会を開催する。その際には、出来るだけ農事に明るい兵六や、人当たりの良く話を聞いてくれる俊加殿を連れて行く。そうしないと――たとえ郡代の子という立場があっても――子供では話も聞いてもらえないことがある。




「保温折衷苗代のキモは、まずもって促成栽培によって田植え時期を早め、収量の増加と冷害に耐えうる苗を作ることにあります」

 他人に教える、というのは難しい。いや、簡単ならば先生や学者などという職業はそもそも生まれない。集まった農民たちを前に苗代を説明しながらそう思う。

 ここにいるのは、作期を前にして呼び出された、指導を受ける者たちだ。

 希望して保温折衷苗代を行う者、領主田の耕作人として指示されて習いに来た者など、その意欲には濃淡がある。


「そりゃあ、二十日も早くなったら助かるけど、本当に出来るのかい?」

「出来るし、去年出来た。天候によってはもう少し早くできるよ」

「油紙が必要になるっていうども、それも買わなきゃならねのか?」

「実施してくれる家には油紙をこちらから販売する。タダってわけにはいかないけど、ごく格安で卸すからそこは心配しないでほしい。あ、余った分は自由にしていいけど、使わずに他の用途に使っていたりしたら厳罰に処するんでそのつもりでいてほしい」

「正条植っていうのでそんなに草取りの手間が変わりますか?」

「それだけで草取りの手間が変わるわけじゃない。ただし草取りの道具と組み合わせる事で効率が飛躍的に上がる。除草機はこちらから貸し出すし、もし気に入ったら買い取ってもらってもいい。あ、腰切田とか田の種類によっては難しいものもあるから田の素性は教えてほしい」

 除草具として雁爪を数十個、それから中耕除草具と鎖式除草具も少ないながら準備した。雁爪はなるべく多くの農家に、中耕除草具と鎖式除草具はさらに希望者に貸し出して使ってもらうためだ。仕組みと道具は両方揃ってやらないと効果が出ない。


「俺は色んな方法を教えるけど、もちろん労働の手間や懐具合で実践できる方法は各々で限られると思う。なので、まずはこの保温折衷苗代と正条植をやってほしいんだ。それ以外の方法に関しては取り入れてもいいし自分の田に合わないと思ったら取り入れなくてもいい。各々で一番いい方法を目指してくれればそれでいいんだ」

 肥料を蒔くことは必要だけれども、大豆粕のように銭を費やして買わなければならない肥料もあるし、手間のかかる作業も増える。比較的簡単な塩水選だって、貧しい農民には塩代だって馬鹿にならないし、乾田化や明渠・暗渠の施工などに至ると労働負担は跳ね上がる。

 収量を上げるための方法は、一方で農家の負担になることだって多い。その負担で農家が破たんしてしまっては本末転倒なのだ。


 なので、まずは一番優先順位の高い保温折衷苗代を行ってもらい、それ以外は個々で取り入れたり取り入れなかったりしてもらえばいい。

「まずはそんなに大きくやらなくていい、田んぼの片隅に保温折衷苗代で育てた稲を植えてくれるだけでもいいんだ。ちょっとやる気があるなら田一枚分を折衷苗代と正条植にする。それくらいなら負担も少ないだろ?」

 そう言われると、『じゃあやってみるか……』となる者たちも少なからず出てくる。まず苗代の良さを知ってもらわない事には話が進まない。


 農家だけではなく、農家を指導する侍――知行主たちにも話を持っていく。むしろ立場的に彼らに受け入れられることも必須だ。

 そういう事を続けていると、中にはもっとくわしく話を聞いてくる者もいた。

「ほう、そうすれば作期を伸ばすことが出来るのですな……若様、もっと詳しくお聞かせいただきたいのですが」

 その一人に会った時、少し驚いた。その男は、先年の洪水の時に田を流されたあの見張りの侍だった。

 斎藤兵部兼慶というその男は、石川城から川を挟んだ対岸の岩舘という土地を耕作地としていた。一等地じゃねえか。


 斎藤はこちらににじり寄って話をせがんだ。

「先年の洪水のせいで、我らの家は田畑に手酷い被害を受け申した。昨年は何とか持ちましたが、それでも例年の半分程度。今年立て直さなければ、家も傾いて石川様へのご奉公もなりかねる有様なのです」

 深刻な事情を血走った眼で告白する。思ったよりも切羽詰まっていた。というか近づくな怖い。

 だが、気持ちは分かる。重い凶作が起これば、〝現代〟ですら立て直すのに三年かかると言われるのだ。この時代であれば一家離散の可能性だって十分にあるし、生きていくことすら大変なのだ。


「……そこまで真剣なら、俺の教えられることを出来るだけ教えるよ。その代わり、成功したら他の者たちにその技術を伝授する手伝いをしてほしい」

 ひとりで技術を伝授するのには限界がある。こういう時は賛同者・協力者を増やしていくのが絶対的に必要だ。

「俺は自分の技術の有効性を確信している。けど、やっぱり元服前の子どもだ。そんな奴の言葉より、斎藤殿のような方の言葉のほうがやっぱりみんな耳を傾けるんだよ」


「そのような事であれば構いませぬよ。拙者、これでもそこそこ慕われておる故」

 ニカッ、という擬音が似合いそうな笑顔を浮かべて斎藤は請け負った。

「若様のいう技術はとても興味はあります。それに……」

 斎藤は頭を掻いた。

「石川様から聞いております。若様が見た夢見によって五穀を蓄えられたと。拙者と家族や家人どもは、それで昨年をしのぐことが出来申した。その分の恩は、返さねばなりますまい」


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[一言] お帰りなさい(笑) 更新お待ちしておりました。 無理のない範囲で、次回もお待ちしてます。
[一言] 楽しみに待ってました
[一言] やっぱり乾田化されてないですか……。 馬産地とはいえ高いですからね。 千歯扱きや回転脱穀機は竹は生えてなくても砂鉄が採れるので何とかなるのですが……。
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