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第10話 買い物

 石川城に帰ってきて、まずは借りてきた銭を板蔵に収めてから、その足でね子さんに今回の報告をすることにした。


「あれまあ、本当に銭を借りてきたの」

 ね子さんは目を丸くしていた。

「絶対無理だと思っていたわ」

 ころころ笑うね子さん。頼んでみろと言って送り出しておいてそれはちょっと酷くない?

「だって、お前は子どもだもの、子どもの言う事を信じてくださる方が浪岡にもいたのねぇ」

 ね子さんは諭すように俺の頭をなでる。

「そういう人は得難い方ですよ、大事になさい」

 確かに。具信さんは気まぐれかもしれないが俺の言葉を見込んで銭を貸してくれた。これはしっかり恩を返さないといけない。


「ああそれと、田子様から書状とお荷物が届いておりますよ」

 ね子さんが書状を見せる。

「信直兄上から?!」

 不意打ちに心臓が跳ねる。きっとあの書状の返答だ。こんなに早く返答が返ってくるなんて思ってもみなかった。

 荷物は部屋の隅に置かれていた。それは、大人が二人がかりで抱えないといけなさそうなほど大きな木箱だ。

 持ち上げようとしてもずいぶん重い。運ぶのにさぞ難儀しただろう。

「なんだこれ……」

 箱を開け、目をむいた。


 そこには、百文ごとに紐綴りされた銭が束になって入っていたのだ。数えてみると、実に百(さし)(十貫文)。

「あらあら、これは確かに重いはずね」

「……この銭は、ひとまず蔵に置いておいてください」

 自分は書状を受け取り、ね子さんの場所を辞した後、自分の部屋に駆け込んでさっと書状を開いた。



  無沙汰をしていたところ、書状をお送りいただき大変嬉しく思います。お元気でしょうか。

  書状、拝見いたしました。津軽と同じく、田子の地も当年は大変な有様で巷では不安の声が上がっております。

  田子にも人売りが現れているようです。津軽と同じように人を買っているのでしょう。痛ましい末世と思います。


  あなたのお悩みに答える力を私は持ちませんが、貴方は知恵をお持ちです。その知恵があれば、例え所領を持っていなくても、やれることはたくさんあるはずです。

  私は貴方と約束した通り、力の及ぶ限りそれを助けます。

  貴方のやるべき事のためには、きっと費えが必要でありましょう。些少で申し訳ありませんが、銭を送ります。今はこれが精いっぱいですが、また何かあればご相談ください。

  これ以後は、あのような書状は送るべきではないでしょう。赤裸々に過ぎます。


  追伸 蜂蜜、有難くいただきました。周りの者たちに羨ましがられて何杯も配る始末です。良いものをありがとう。  


  八月一日

   木庭袋 鶴殿

    信直



「……兄上、ありがとう」

 手紙を高く持って、信直が向こうにいるつもりで頭を下げる。

 本当に、本当に得難い兄だ。

 そして、心に決めた。俺も、この兄を絶対に手助けしていくと。

「……やるぞ」

 口に出して、覚悟を決める。

 ここから、変えていってやる。

 はちみつを売って出来た銭と、具信さんから貸してもらった銭と信直から送られてきた銭。合わせて百数十貫ほど。これを元手にしてこの津軽の地を、変える。





 まず説得すべきは、金浜信門――自分の守役だ。

 屋敷の庭にいた金浜を見つけて、俺は単刀直入に言った。

「金浜。次の市で、子どもが売っていたら買いたい」

「鶴様……」

「これは慈悲じゃない」

 俺はもの問いたげな顔をした金浜に先んじて、彼を見上げた。

「これは、次の事業のための必要投資だ。そのために、人がいるんだ」

「……雇人なら大人でもよいでしょう」

「いや、ダメだ。頭の柔らかい子供でなければ駄目なんだ」

 買われるであろう子どもたちには、様々な事を教えなければならない。文字や算術だけではない、様々な稲の作成に関する知識を。

 そのためには、なるべく頭の柔らかい段階から知識を教えていった方が良い。


「これは必要なことなんだ」

 金浜は、折れた。

「……一人だけです。それ以上はまかりなりません」

「十分だ」

「それから、その者の世話は貴方がなさいませ。それから彼らを買うのも、貴方がなさいませ」

「文字と算術くらいは教えてもらう。それが必要だからだ」

「私は教えませんぞ」

「なら伝手くらいは教えろ。俺がその人を説得する」

「……分かりました」



 その次の三斎市にさっそく出向いた。

 護衛の武士のほか、金浜も一緒だ。なんだかんだで心配してくていれるらしい。

 市場を見渡し、そしてまた同じように急造の掘立屋根の下に、繋がれてうずくまる子供たちを見つける。

 見張りの男に歩み寄る。

「人を買いたい。頼めるか」

「ああ? ガキが何言って……」

 背の高い見張りの男は怪訝そうに首をかしげて、それからこちらの身なりやお付きの武士達に何事かを察して顔をしかめると、顎をしゃくった。

「……こっちに来な、身分のお高い方々がこんな所で目立っちゃ、俺らも迷惑なんだ」


 見張りの男は吹きさらしの掘立屋根の奥、そこだけ小屋状の一室になった場所に案内する。

 座り込んだ“売り物”たちの嫌悪の――それからすがるような視線を浴びながら進む。

「旦那、客ですぜ!」

 呼び声に出てきたのは、ひょろひょろとした糸目の老人だった。鬢は真っ白で、来ているものは豪華とは言い難く、パッと見はどこにでもいる男のように見える。

「おやまあ、お武士様みずから来られるたぁ、物好きだねぇ。まあ、中に入りなされ」

 小屋の中は床すらない。俺と金浜が中に入り、護衛の武士二人が小屋の入口に陣取る。

楡喜三郎(にれきさぶろう)という商人でございます。あんた様が人を買いたいと? 子どもなのに人を買うなんて、悪い癖がつきますよ」

 揶揄交じりの人買いの言葉。事情も何も知らなければまあそういう反応にもなるわな。


「必要があるから人を買うんだ。子供を一人買いたい」

「ほう」

 人買いがこちらを値踏みするようにジロジロとみる。

「……ずいぶんお若いが、どこのご家中の方で?」

「石川の者だ」

「ほっ!」

 金浜の返事に人買いが驚いたように笑う。なかなかの大所がわざわざ自分の所に来たのだ。

「よござんしょ、どんな子がいいか、希望はありますかな」


 希望。どきりとする。

 今ここで、自分は人を“選別”するのだ。

 息を吸って、言う。

「私と同じくらいの子供を。出来れば利発で丈夫な者がいい。あと根気があればいい」

「ふむ……おい権四郎、利助を連れてきな」

 老人は外の見張り――権四郎というらしい――に声をかける。へい、という返事がしてしばらく、一人の子供が小屋に連れてこられた。


 ぱっちりとした目をした、意志の強そうな男の子だ。飢えているのか、ずいぶんフラフラでやせ細っているが、気丈にこちらを見つめてくる。

 見張りの男は彼を乱暴に座らせる。

「うちで利発で丈夫な者というなら、この子でしょうか。利助と申します。年は十歳。生まれは出羽庄内でございます」

 出羽庄内――“現代”でいう山形だ。

「人買いというのは庄内まで買い付けに行くのか」

「庄内どころか、畿内まで行きますよ。船を使えば、そう遠い場所ではありませんからな」

 こともなげに楡は言う。

(そうか、なら、頼めるかもしれない)

 ふと思いついたことを頭の片隅にとどめ、話を戻す。


「文字書きと算術は出来るか?」

 糸目の男はふむ、と首をかしげた。

「文字書きは名前ならば書けます。算術は、足し引きくらいは出来ましょう」

「話は聞くほうか?」

「理解は早いですな。色々先回りして物を考えられる子です」

「なら、その者を買いたい」


 そう言った瞬間、少年――利助が俺に向けて大声を上げた。

「待ってくれ! ヨシも一緒に買ってくれ!」

「うるせえぞガキ」

 見張りの男が立ち上がりかけた少年を締め上げる。

「頼む、ヨシ一人になったら生きていけない、頼む!」

「だから黙れって」

 見張りに殴られても、少年は「頼む! 頼む!」と悲痛に叫ぶ。

「……楡殿、ヨシとは誰だ」

「こやつと同じ村で育った娘ですよ。利発なのですが、体が少々弱い娘です」

「……」

「ガキ、いい加減にしねえとお前の大好きな小娘をぶった斬るぞ」

「よせ」

 見張りを制して、俺は利助少年の前に立つ。


 少年はぎらぎらとした目を自分に向けてくる。年は今の自分と同じくらいだろうか。

(もし、転生する立場が違ったら)

 もし自分が武家の子ではなく、農家の子に転生していたら、彼は自分だったかもしれない。

 俺は問う。

「なあ利助殿、米を食いたいか?」

「ヨシと一緒でなければ、いらぬ!」

「そうか。なら、ヨシ殿とやらを一緒に買えば働いてくれるのか?」

「っ! ああ、働く! なんでも命じてくれ、ヨシの代わりに二人分、いや、十人分だって俺が働くから!」

「それは無理だ」

 反射的にそう返してしまう。利助はぎょっとする。断られると思ったのだろう、それでも食い下がる。

「出来る、いや、やってみせるから……」

 俺は首を横に振った。


 人ひとりが二人分働くことは無理をすれば出来るかもしれない。だが、ひとりが十人分働くことは不可能だ。無理をすれば、人は簡単に壊れる。

 人を十人並べてやっていた田植え仕事も、田植え機があれば一人でできる――田植え機が無い時代を知る“現代”の祖父は口癖のように言っていた。人力と機力の隔絶した差を、祖父は身に染みて知っていた。いや、農家なら大なり小なり誰でも知っていることだ。

 そして、人は田植え機にはなれない。


「なあ利助殿、君は俺と同じ子供で、大人並の仕事はできない。俺が君に求めているのは、そこじゃないんだ」

 利助は今度はきょとんとした。

「ひとは一人では十人力の働きなんてできない。だが、一人の力で十人力百人力の働きをするからくりを作る事は出来るんだ」

 人は田植え機にはなれない。

 だが、田植え機を発明する事は出来る。

「君にはそのからくりを学び、作ってもらう。その為の学問を学んでもらう」


 稲作というのは十年単位で研究開発そして普及が必要になってくる産業だ。それらは一朝一夕に出来る事ではない。

 今の自分にはそれを行う人がいない。

 だから他の者たちを巻き込む。彼の人生を全力で使わせてもらう。

「最初は面食らう事もあるだろうし、大変だぞ。それでも、俺についてこれると言うなら、そのヨシ殿とやらを買おう」

「……分かった! なんだってやってやる、だから頼む!」

 彼の立場ならそういうしかないだろう。俺は頷いた。

 俺は人買いに向き直る。

「そのヨシとやらも買おう」

 人買いは満面の笑みを浮かべた。


「承知しました。一人三貫文でどうでしょうか」

「買った」

 即決する。人買いはあら、と首をかしげた。

「良いのですか。こういうのはなんですが、一人はあまり使い物にならぬ小娘ですよ」

 それを分かっていて吹っかけてきたのだからこの人買いもいい性格をしている。

「かまわないですよ、ただ、少しだけサービスしてくれ」

「さ、さーびす?」

 あ、いかん。ついつい英語が。


「ちょっと色を付けろと言う事だ、紙はあるか?」

 俺は紙を一枚貰って、そこにさっさと文字を書きつけた。

「具体的には、ここに書かれたものが必要なんだ。今の俺には伝手が無くてな、代わりに探してほしいんだ」

 書付を取り出し見せる。人買いはちょっと不思議な顔をした。

「……これが必要なのですか。まあ、分かり申した。ただ、これは値は張りますぞ」

「もし見つけたら五十貫文を支払う。そこそこ割は良いだろう」

「さて、どうですかな……まあ、よろしいでしょう」

 と、楡はもったいぶって頷いてみせた。

「では、証文を作りますのでお待ちくださいませ」

「……と、いう事だ金浜。一人増えたが勘弁してくれ」

「……仕方ありませぬな」

 と、金浜は大きくため息をついた。




 利助は一人の小柄な女の子の手を引き、人買いの下から出てきた。彼女がヨシだろう。

「……貴方が私を買ったくださった方ですか? 此度はありがとうございます……」

 ヨシは少し怯えながらも、丁寧に挨拶をしてくる。猫のような、どことなく穏やかな雰囲気を持っている子だ。


 まず、利助とヨシをそのまま石川城に連れて行くことにする。体調が良くなく足元も少しおぼつかないヨシは御付きの武士に背負わせ、てこてこと歩いていく。二人は一行が石川城に入っていくのに、さすがに驚いた顔をしていた。

 到着してまずは飯を食わせる。あまり食わせてもらっていなかったのだろう、二人とも少々やせている。体が驚かぬように湯が多めの粥を少しずつ、ゆっくりと食わせ、体を休めさせる。

 それから充分に休憩を取ったら、医者に見せてそれから風呂に入れる。不潔は病気の元だ。

 緊張も、疲れもあったのだろう。二人はすぐに寝入ってしまった。

 二人ともあどけない顔だ。

「……今は二人だけ」

 二人しか買えなかった。けど、いつかは全員を買い取れるような、いや、そもそも人が売られないようなところを、作りたい。


「鶴様」

 一連の世話を終え、二人を寝かしつけた頃、金浜が声をかけてきた。

「ヨシという子、少々熱がありますな。流行り病ではなさそうですが」

「体が弱っていたようだからな、仕方ない。しばらくは養生させてやってくれ」

 金浜は袖から書状を取り出し差し出した。

「この子たちの手習いの師になりそうなものに書状を書きました。後はご自分で説得をしてきてください」

「悪いな金浜、手間を取らせる」

「あくまで紹介するだけです。きちんとこの者らの世話をなさいませ」

 不機嫌さを隠しもせずに言う。やれやれ、と俺は頭を掻く。


「それで、どこの人だ」

「川向いの山です」

「……川向いの山?」

「はい、石川の川向いの山、です」

「……マジかぁ……」

 思わず嘆息する。

 あそこに行くのかぁ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「おやまあ、お武士様みずから来られるたぁ、物好きだねぇ。まあ、中に入りなされ」 お武家様 では?
[一言] 機械式田植え機以前に手押し式田植え機というのがあったハズ。 何時だったかYouTubeで見たのは本当に簡単な作りだったので、作れるかもしれないですね。
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