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失踪(2)

 夕日は落ちて辺りも暗くなり、室内の魔法灯を点けるころ、爪楊枝(つまようじ)を口にさしたエレナが、ぬるま湯に浸かったような表情で部屋に入ってきた。ようやく受付嬢の登場だ。


「エレナ、こちらはリリー・バンドックさんだ。弟のフィンさんがパーティー内の仲間割れで失踪中らしい」


「あ、クラックですね」


 俺は眉間に(しわ)を寄せ、エレナを(にら)んだ。

 へいへいと手を広げると、おどけながら俺のデスクから聴聞書(ちょうもんしょ)を引っ張り出す。

 『クラック』は保安所で言うところの内輪もめを意味する。ギルド保安でナンバーワンのよくある依頼だ。

 ナンバーワンになるのには理由がある。ギルドメンバーはほとんどが元冒険者で、もともと一匹狼だった奴らが、力をあわせて難関なクエストに挑むわけだ。そこでよくある仲間割れ。

 互いの主義主張のぶつかり合い、もしくは報酬の不平不満。そうして最悪は殺し合いになる。こういった事件はギルド治安維持の観点で俺の仕事の範疇(はんちゅう)だ。


 誰がどういったことで悪事に手を染めたか調べ上げ、相応の罰を与えなければいけない。裁判所に引っ立てるのが御の字だが、従わない場合は強硬手段を選ぶこともある。正当防衛の状況証拠と裏付けがあれば、殺害することだってある。


 しかしながら、一般人の前で隠語(いんご)を使うのはいただけない。

 最近エレナの勤務態度も悪いし、あとでガツンと注意するか……。


「あの、フィンはもう百日近く帰ってきていないと思うんです。身内は弟だけで、父と母も早くに亡くなったものですから」リリーは上体を前のめりにして、俺を見上げた。「唯一の家族なんです! きっとどこかにいるって分かるんです! どうか探していただけないでしょうか……!」


 はやる気持ちを落ち着かせるためにも、俺は静かに(うなず)いて、エレナにパーティー『レジット』について調べるように指示した。


 リリーはそれに幾分(いくぶん)安堵(あんど)したのか、ティーカップを持ち上げて紅茶を一口含んだ。


「そ、それは……」


 俺は何気なく見た彼女の右手薬指に、見慣れた銀色の指輪を発見した。

 『二又のヒドラ』だ。


「これですか? ……えっと、恋人からもらったものですけど……?」


 見つめ返すリリーは、戸惑いながら答えた。

 ペアのリングは恋人同士が同じ指に装着することで、互いの位置がわかるマジックアイテムだ。何を隠そう、今まさに俺の指にも『二又のヒドラ』が未練たらしく巻き付いている。片割れのマイロンのリングは保安所に送り返されたというのに。


 マイロンとの思い出が鮮明にフラッシュバックして、せっかく修復した傷跡を二首の獰猛(どうもう)なヒドラが(えぐ)りだす。


 ――あれは、大道芸の旅団が(もよお)した夏の祭り。

 マロンちゃんと一緒に買った二又のヒドラを、青白い魔法灯の下で着けあった。

 真っ白な右手の薬指に輝く銀色のヒドラ。二つ頭のモンスターが、初心で無垢(むく)なマロンちゃんを汚すかのように指を締めつけている。

 俺の独占欲を満たし、あの祭りからずっと優越感に浸りながら生きてきた。

 でも……。もう……マロンちゃんは……別のヒドラの元へ……。


 パチーン!


 乾いた木材の割れる音が保安室いっぱいに広がる。目を開けると、エレナから平手打ちをくらっていた。


「おふぅ」あやうく左目が飛び出るところだ。


「ハーズさん。勤務中で依頼人の前ですよ。しっかりしてください」どうやらエレナにガツンと注意されたようだ。


「了解した……っ」


 俺はまた渋い顔にもどるが、左頬が痙攣(けいれん)していたのでリリーにどう見えたか分からない。


「とりあえず、依頼は承りました。調査は始めますが、フィンさんが失踪して長い期間が経っていますので……。受付のエレナに連絡先を伝えておいてください。何か分かれば連絡します」


 リリーは目を丸くしたまま、急いで聴聞書に連絡先を書くと、機敏な動作で保安室を去っていった。


 ああ、首が痛い。今日は厄日(やくび)だ。

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