落日の街(2)
大聖堂とギルドハウスのほぼ中間にエレナの借家はあった。
街道に面した綺麗なレンガの家で、窓も大きく玄関口が南側なので明るい。
資料室にほぼ一日籠ることもあるエレナの印象とかけ離れていた。
ドアをノックして待ってみるが何の反応もない。
エレナとハネンはギルドハウス封鎖と戒厳令により、自宅待機となったはずだった。
もう一度ノックをすると、内側から何かが割れる音と、悲鳴のような声が微かに聞こえた。
――まさかモンスターか? ドアを蹴り破るか?
脚を上げると、ドア口から施錠の外れる音がした。
「誰ですか? 今忙しいんで……あ」
相変わらずの寝癖で乱れた髪と青白い不健康そうな顔のエレナが出てきた。
「すまんな。どうしても調べてほしいことがあって」
エレナは目を見開いてドアの隙間を広げた。
「あ、ああーっ。ハーズさんちょうどいいところに! 入ってください!」
中に入ってすぐに気づいたが、エレナはパジャマのままだった。
サテン生地のシャツのボタンが上二つまで外れていて、小ぶりな胸の先端が今にも見えそうだ。上下とも薄い素材で、体のラインが透けて見える。
「その服はいったいなんだ⁉ もう昼間になるんだぞ?」
「いやぁ、着替えるのも面倒で。それより、こっちに来てください」
女性としての品位のなさは今に始まったことではないが、さすがに目のやり場に困る。
連れられて部屋に入ると、そこには白衣を着たハネンの姿があった。
いや、白衣を着たというよりも、着られていると言った方が正しい。裾が板床について左手の袖はだらんと下を向いている。右手の袖は何重にも折り込まれているせいで、まるで太い腕輪をしているように見えた。
「キャア! ハーズさんじゃないですか⁉」
ハネンはローズレッドの髪を手ぐしで整えると、左腕の白衣で顔を半分隠した。
「ハネン? ここで一体何をしているんだ?」
「何をしているって、そりゃないですよハーズさん」エレナは片眉を上げると、指を立てて横に振る。「『ウーラノスの眼』を直せって言ったのは、ハーズさんじゃありませんか?」
「しかしギルドハウスも封鎖されたから、しばらくは無理だと思っていたんだが」
「このエレナの執念をナメてもらっちゃこまりますねぇ……」
小悪党のように背を丸めて、せっかくの美形を歪める。背を屈めたせいで襟元から胸が丸見えだ。
余計なことをせずに酒場で座っているだけで男が寄ってきそうな顔なのに、どうしてこうも野暮ったいのだろうか。
ハネンは箱の上に立って、高めのテーブルに置いてある『ウーラノスの眼』を触っている。様々な道具と導線に繋がれた『ウーラノスの眼』は、矢じりの傷も無くなっていて今にも動きそうだった。
金属の線をたどっていくと、テーブルの中央には青緑の魔石が怪しく輝いている。
「オ、オイ! これは大坑道の魔石じゃないか⁉ ギルドに預けたはずだろ?」
「まあまあ……。ギルドに預けても宝の持ち腐れですよ。ハーズさん」
エレナはとぼけて軽く受け流す。
ハネンは目を丸くして驚いた。
「え、ギルドに許可をもらったんじゃないんですか……? エレナ先輩?」
「まあまあ。私たちも一時的にギルドから助手としての任も解かれているわけだし、申請はしているんだけどね、承認されていないというか。まあ、タイミングの問題かしらねぇ……」
犯罪者になるのではないかと、ハネンは木箱のうえで小さい体を凍らせている。
俺は長いため息をつく。
――まあ、魔石が魔物を引き付ける点が少し心配になるが、ほとんどの魔物はさきほど駆逐したので、今日明日で魔物がエレナの家を襲うことはないだろう。
魔物が一から生み出される心配はほぼない。いくら魔石が魔力の源といっても、莫大な魔力が必要なわけで、安定した環境で長い年月を要する。
「しょうがないな……。俺のマジックアイテムの修繕のために必要だということであれば、しばらくは目をつぶる」
二人とも俺のために頑張ってくれているのだ。
「いえ、もう完成していて、あとは微調整だけです」ハネンはドワーフの魂が乗り移ったのか、打って変わって飄々と専門家のように話し出す。「ハーズさん、復活した『ウーラノスの眼』、はめてみてください」
ハネンから受け取ると、以前より生き生きというか……生々しくなった義眼を装着する。
部屋の中が明るくなり、慣れ親しんだ感覚が戻ってきた。思わず笑みがこぼれる。
「……前より快適に感じる……いいね」
にやりとエレナが引きつった笑顔を作り、背を丸めてまた胡散臭い故買商になる。
「ふふふふ。魔力を充填したおかげで、前より強力になりましたよ……。魔力の残量から換算するに、以前より二倍増しになっております」
「本当に助かる……二人とも、ありがとう」
「ハーズさん普段無口だから、そう言ってもらえるとすごくうれしいです! その分だと、調整は不要ですね」
ハネンは照れくさそうに頭をかいた。
「ところで、エレナ、至急調べてほしいことがある。今朝、王国衛兵長のタノスから聞いたんだが、王宮に魔物が出現して王族が殺されたらしい」
エレナは俺の声色が変わったことに気付いて、目を合わせた。
「マイロンが、魔物に殺された……とタノスが言っていた」
「……まさか! ありえないでしょ」
「俺もそう思う。ただ、タノスが嘘をつく理由もない。俺はギルドマスターに直接聞いてみるが、エレナは他の情報筋を当たってくれないか?」
「り、了解しました……!」
俺は研究室のような部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「待って! ハーズさん」エレナが珍しく愛らしい可憐な顔になった。「どんな結果であれ、ハーズさんにはどうしようもないことだってあるんですから、それを忘れないでください」
「……分かった」
俺はギルドハウスに向かった。




