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受付のエレナ嬢

 マイロンの豪邸を出たその足で、ギルドの建屋に向かった。

 ギルドハウスは同じウエストリバーの街にある。といっても、ちょうど庶民と上流階級の生活圏がぶつかる街道に面していて、マイロンの屋敷のような豪勢なつくりではない。

 ウエストリバーの街は、先ず中央に王族が住む特別区がある。そこを中心にして、銀行や商業施設が王族を守るように(そび)える。同心円状に拡大し続ける街は、年輪のように層を厚くし、その中間層にギルドハウスがある。

 三階建てで、一階はギルドメンバーが依頼を請け負うホール兼受付事務所。二階は応接室や保安室、そして三階はギルドマスターの居住空間になっていた。

 

 今日も相変わらず、ギルドハウス内はむさ苦しい奴らで(にぎ)わっている。クエストボードが置いてあるロビー内を飼い主のいない狂犬どもがうろうろしていた。

 それを尻目に、関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて、二階にあがる。そして西日の当たる角部屋に入った。


 客用のソファーとテーブルが部屋の真ん中に置かれ、真っ赤な太陽が一番奥にある俺のデスクを照らしていた。

 血のように染まったオーク材の椅子を引いて、ゆっくりと腰かける。

 壁を背にして、誰もいない部屋全体を見渡した。


「エレナちゃーん」


 横にはもう一つ部屋があり、資料室兼エレナ嬢の部屋になっている。


「エレナちゃーん、いるのかなぁ」


 閉ざされているエレナの部屋に向かって、声を張り上げてみた。

 しばらくしてくぐもった声が聞こえると、ドアがゆっくりと開いてエレナ嬢が大きな欠伸(あくび)をしながら出てきた。これがうちの資料整理係兼受付嬢のエレナだ。

 黒のショートカットの側面に小山を作り、青い瞳は起きたばかりで(うる)んでいる。背筋を伸ばすと、俺と同じぐらいの背丈で、女性としては背の高い部類に入るだろう。

 受付嬢とは名ばかりで、実際は資料室に日夜(こも)り、マジックアイテムやらなんやらの研究をしている。そのせいか、肌は青白く低燃費で、食にも(うと)いのでスレンダーな体型だ。


「あ、おはようございます。ハーズさん」


「もう夕方だよ。……また研究をしているのかね」


「ええ。まあ、そんなところです」エレナはまったく蚊に刺されたほどもなく、悪気無い様子だ。「ところで、あのお嬢様の両親には会えたんですか?」


 マイロンのことを考えただけで、鉛で頭を撃たれたような衝撃が後頭部を襲う。

 頭を抱える俺に、嬉々とした表情で来客用の椅子を持って近づくエレナ。彼女の好奇心は一般人よりだいぶん(かたよ)っている。


 俺はマイロンの屋敷、ユーゼリエ家での一部始終を語った。


***


「えええーっ!! それで、二百枚の金貨を受け取らなかったんですかー!!」


「ちょっと! エレナちゃん! 声が大きい!」


 エレナに向かって人差し指を立てた。


「ばっっっかじゃないですか⁉ そんだけあったら、一年間、いえ二年間、部屋に籠って、テキトーな小説でも書いて暮らせますよ⁉」


 青い瞳をいからせて、黒髪を振り乱しながら俺の机を拳で叩いた。

 そんなエレナ嬢を見ていると、一般的な男の心情を代弁しているようで、一種の爽快感がある。俺の代わりに、一心不乱に小さい口から唾を飛ばしながら、真実を語ってくれるのだ。二十代の若いピチピチの子でも激昂するほど今日の俺の行動は意味不明だ。

 だがそれは第三者の一般論だ。なぜ、意味不明、と言われれば言われるほど俺はストイックな優越感に浸る。そしてマイロンは特別で、俺とマイロンの関係は他人には理解の及ばないところにあるのだ。


「取り返しに行きましょ! 私、ハーズの妻ですって言って慰謝料いしゃりょう取りますんで。その王族だか、皇族だか知らないですけど。今から行ってきますんで、住所教えてください!」


「まあまあ、落ち着いて……」


 俺は半笑いでごまかしながら、エレナを落ち着かせた。

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