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来訪者(4)

 牢馬車は特別区に近い警備隊の守衛舎に向かって進む。

 夜風が顔に当たると冷たく感じ、不自由な手でコートの襟を立てた。

 馬車の速度が上がり、でかっ鼻と背の高い男は振り落とされないように、しっかりと牢の格子を握って馬車に張り付いている。


「そんなに急がなくてもいいだろう。急ぐ理由があるのか」俺は御者台(ぎょしゃだい)の男に格子越しで話す。しかしずっとここまで無視され続けた。


 三人の男たちは一切会話をしない。

 急いでいるにしても、これは異常な状況だった。

 俺の経験上、身分を偽る奴は沈黙を好む。ボロが出るので不要なことはしないのだ。


「……お前たちはいったい何者だ? 警備兵じゃないな」


 俺は鎌をかけた。

 すると、馬車は大きく(かたむ)いて曲がる。車軸が(きし)み格子に体をぶつけた。

 

 無人の商店が並ぶ道を、ものすごい勢いで駆け抜けた。貴族が使う店の通りは夜になるとほとんど人影がない。俺は助けを求めるため声を張り上げた。たとえ人気がなくとも抵抗もせずじっとしていられない。

 不意に首筋から冷たい鉄の感触が伝わると、鉄球を打ち付けられたような衝撃と、弾けた音がして目の前が真っ暗になった。



 重い瞼を上げると、『禁術の縄』で両手両足とも椅子に縛られていた。

 頭をあげれば鋭い痛みが背骨まで走り抜けて、反射的に全身が震える。

 でかっ鼻が目の前で鉄の警棒を振って見せつけていた。どうやらあれで首の急所に電撃の魔法を送り込んだのだろう。


 物理的な道具と魔法を組み合わせる技は、十分な修練(しゅうれん)が必要だ。魔法単体では効力が薄い。よっぽどの魔力がなければ、物理的な剣で一刺しする方が、殺傷力は高いのだ。自分の得物(えもの)を見つけることは、長い経験が必要で容易いことではなかった。

 この三人とも手練(てだ)れであることは間違いないだろう。


 首を動かせる範囲で確認すると、どこかの地下室のように思えた。石壁の隅が少し水を含んで黒っぽく変色している。窓はなく、頭上にランプが吊られていた。

 三人の男たちは表情のない目で俺を見下ろした。


 怖気(おぞけ)が全身を襲う。

 ――こんなに追いつめられたのは、初めてじゃないか……。


『だからなんだって言うんだ? ギルド保安官が音を上げるって言うのか』


 ぐらぐらする頭の奥でガイドルのような声が聞こえた。


 俺は気を取り直した。とにかくいまは、足掻(あが)くしかない。怖れを見せてはだめだ、耐えるんだ。


「その王国警備兵の服、よくできているな。どこで(そろ)えたんだ? 俺も欲しいから教えてくれ」


 挑発すると無言の男がニヤリと、下卑(げび)た笑顔を作り、初めて口を開く。


「最近の依頼で、強力な魔石を手にしたでしょう」


 物腰が柔らかく反吐(へど)が出そうだった。

 魔石と聞いてすぐにクシーオ村の大坑道(だいこうどう)が思いついた。


「どの依頼だろうな、最近は忙しくて。助手に聞いたらすぐに分かるんだが……」


 右に居た長身の男が、俺の右頬を殴りつけた。

 大鐘を鳴らしたように、ぐわんぐわんと耳鳴りがして、回復していない頭痛が悪化する。


「時間稼ぎをしても無駄ですよ。この場所は、私達しか知らないんですから。……苦しみが長引くだけですよ?」正面の男は微動だにせず、言葉だけを発した。


「あー……いまので、ちょっと思い出したかもしれない。もう一発もらえると、完全に思い出すかも」


 また右から拳が飛んできた。

 かわしたつもりだったが、(あご)下が鋭い打撃に引っかかり、血の(しずく)が石床に飛び散る。

 さっきよりも怒りがこもった鋭いパンチになっていた。


 男たちは俺から必要な情報を手に入れれば殺すだろう。

 こいつらは殺しに慣れている――特に俺の正面にいるやつは、他人の命なんざ、なんとも思っていない。


『どんな惨い死に方だろうと、悪者の言いなりになるなんざ死んでも嫌だね』


 また空耳が聞こえ俺は小さく笑った。どうやって死のうが、信念を曲げさえしなければ本懐を遂げるのだ。結局のところ、どんな苦しみがあろうと、ずっと昔から目指していた場所に行きつく。


「それで、なんでお前たちは、魔石を追うんだ?」


「……質問しているのはこっちだ! いいかげんにしろ!」変貌した正面の男から足蹴りがくると、鳩尾(みぞおち)に入って胃の中の物が込み上げる。

 俺は激しくせき込んだ。


 その時、天井から小石が落ちた。

 逆上した男の顔が、今度は戸惑いの表情にさっと変わる。

 何かが(ゆが)むような音が、この部屋の天盤(てんばん)から響く。

 それは多大な圧力により、固い岩が粉砕される前の悲鳴だった。


 地下室の天井が割れて、砂礫(されき)が流れこんだ。と、同時に大きな影が上から落ちて来る。三人の男たちは顔を伏せて砂埃(すなぼこり)を払いながら、何が起きているのか手探りして前に進む。

 葉巻の煙のような細かい粒子が消える頃、俺の左目はギルドマスターの背中を捉えていた。


「まだ死んでないか?」ガイドルは振り向かずに背中で問う。


「早かったですね、もう少しで奴らが死ぬところでしたよ」


 ガイドルは鼻で笑った。

 正面の男は俊敏(しゅんびん)な動きでガイドルの脇の下に潜り込み逃げようとする。

 しかし一瞬で巨大な手のひらに首根っこを押さえつけられた。

 両手に銀色のガントレットを装着したガイドルは、岩を砕くほど強く、風のように速い。男は喉をつかまれて泡を吹くとあえなく気絶した。


 両側にいた二人の男たちは一つしかない鉄扉に駆け寄るが、奥からきたギルド保安官に取り押さえられた。


「しかし、よくここが分かりましたね……」


 縄を解かれながら、ガイドルに話しかけると、ガントレットを外し小指を立てた。


「こいつのお陰だ。いい助手じゃないか、お前のことをよく知ってる」


 小指には『二又のヒドラ』がはめてあった。マイロンの思い出と一緒に、俺の小指にも『二又のヒドラ』があった。


「まさか、ギルドマスターと結ばれるとは思っていませんでした」


「馬鹿やろう。駄弁(だべ)ってないで、さっさとこいつらをしょっぴくぞ」


 ガイドルはひょいと気絶した男を持ち上げた。

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